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第7話 レリア達の恋煩い

 アクセルとはそれから、何度も会った。

 会うたびキスを迫られ、レリアもまた拒むことなく受け入れてしまう。

 このことはロベナーにはバレていない。そしてまた、アクセルにも夫がいることは気付かれていない。

 今日もカッポカッポと軽やかな音が二人の間に流れている。


「大分、上達してきたな」

「サニちゃんが優秀ですから」


 会うたびサニユリウスに魅せられ、お願いして乗馬を教えてもらったのだ。まだ数えるほどしか乗っていないが、楽しくって仕方ない。

 サニユリウスを取られたアクセルは、シルバーロイツという白馬に跨っている。今のアクセルはまさに、白馬の王子様だ。


「来週辺り、乗馬の練習も兼ねてアルバンまで行ってみないか?」

「そんなに遠くに? 私の腕で、日帰りできるかしら」

「ああ。だから、できれば……その、泊まりがけで」


 泊まりで。アクセルと、一泊旅行。行きたい。とても行きたい。

 しかし、二十代半ばである男女……本当はレリアは三十代だが、そんな二人が泊まりで旅行など、何もなく済むはずがないではないか。

 それだけは駄目だ。もうすでに手遅れかもしれないが、これ以上深い関係になってはいけない。

 第一お泊まりなど、さすがのロベナーも許してくれないだろう。

 レリアの気持ちを察するかの様にサニユリウスはゆっくりと停止し、それに合わせてシルバーロイツも止まった。アクセルが地に足をつけ、レリアもまた同じく馬から降りる。

 サニユリウスの隣で俯いているレリアに、アクセルは近付く。


「あの、私……」

「嫌か?」

「嫌ではないんですが、ロベ……父が外泊など、許してくれるはずがありません」

「では許してくれたら、行ってくれるな?」

「そりゃ、もちろん……その、行きたいですわ」


 二人で旅行する意味を考えて、レリアは頬を染めた。どうせ実現しはしない、夢だ。少しだけ夢に浸ってみたい。


「クララック卿を説得してみよう。俺はどうしても、レリアと旅行したい」

「アクセル様……」

「心配するな」


 そして、幾度目かわからぬキスを交わした。アクセルに抱き寄せられるだけで、胸が締め付けられるように鳴き、キスをされるたびに脳が痺れる。


 好きなのだ。どうしようもなく、恋をしてしまっていた。


 クララック存続のために、十六歳で結婚したレリアにとって、それは初恋だった。

 夫は悪い人ではない。しかし、血塗られた歴史のある家に婿に来るというのには、思惑があっただろう。おそらく、貴族の家督が欲しかっただけに違いない。

 事実、彼は貴族になった途端、商売を広げた。貴族でないとできない交渉、取引、一般には規制されているものが、貴族には優遇されることが多いからだ。

 ロベナーが嫌いなわけではない。むしろ、好きだ。でも明らかにアクセルに対する感情とは異なっていた。


 その日、アクセルはクララックの家までレリアを送ってくれることとなる。そしてロベナーに直接言ってくれた。レリアと乗馬の練習に、アルバンまで行きたい、と。日帰りでは夜中になってしまい、危険なのでアルバンの街で泊まるつもりだ、と。

 それを聞いた時、ロベナーはかなり面食らっているようだった。一瞬険しい顔をした後、すぐに営業用スマイルに切り替えて言った。


「ええ、是非お願いします。仕事が忙しく、どこにも旅行などしたことがないものでして。世間知らずでご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」


 と、深々と頭を下げていた。

 一体ロベナーは、何を考えているというのだろうか。妻が浮気をするとは考えないのだろうか。そこまでレリアを信用してくれているのか、はたまたアクセルの方に信用があるのか。それとも他になんらかの思惑があるのか。

 しかし、それを聞く気は起こらなかった。藪を突くような真似はしない方がいい。


 アトリエに行こうとすると、「お母様」不意に呼びかけられ、レリアは振り返る。そこには息子のクロードが立っていた。


「どうしたの? クロード」

「その……少しお話が。僕の部屋に来て頂いても?」

「ええ、構わないわよ」


 クロードの部屋に入ると、彼は部屋に鍵を掛ける。扉の向こうに誰の気配もないことを確認してから、話し始めた。


「なぁに?」

「あの、レリアのことなんですが、好きな男がいるようです」

「え!?」


 クロードが言うレリアとは、娘の方のレリアである。一瞬自分のことを言われた気がしてドキッとしたが、すぐに笑みを見せた。


「あら、知らなかったわ。相手は、どこのどなた?」

「ヨハナ家のラファエル様です」

「まぁ、そんな高貴な方を?」

「今レリアは、恋の病で臥せってます。お母様の方から、何か声を掛けてあげてもらえませんか?」

「わかったわ。わざわざありがとう。クロードは姉思いのいい子ね」


 愛する息子を抱き締めると、クロードは照れ臭そうにレリアから離れた。


「それと、お父様のことなんですが……」

「ロベナー? どうかしたの?」

「その……」


 クロードは言いにくそうに口籠った。何の話かまったく予測できずに、ただクロードの次の言葉を待つ。


「あの……やっぱり、いいです」


 しかし、クロードは言葉にはせず、俯いた。


「ロベナーと喧嘩でもしたの?」

「違います」

「じゃあ、何?」

「…………」


 懊悩するクロードを見て、レリアは眉を寄せた。


「ちゃんと言ってご覧なさい。誰にも言ったりしないわよ?」

「……いえ、確信が持ててからにします」

「そう……じゃあ、いいのね?」

「はい、すみません」


 一体何を言いたかったのか気になったが、無理やり聞き出すのもよくないだろう。レリアがクロードが話してくれるのを待つことにして、娘の部屋へと向かった。


「レリア? 入るわよ」


 軽くノックをするも返事がなく、仕方なくレリアは娘の部屋へと足を踏み入れた。

 中では娘のレリアが、ベッドで塞ぎ込んでいる。


「お母様……」

「クロードに聞いたわ。好きな人ができたんですって?」


 その問いに、娘レリアは首肯した。


「そう。恋をするなんて、素敵なことじゃない。どうして塞ぎ込んでるの?」

「だって、私があの方と結婚なんて、できやしないもの」

「どうして?」

「私がクララックだから」


 その答えに、レリアは黙した。レリア自身も、結婚には苦労をするだろうと思っていたことがあったからだ。

 特にレリアは一人っ子で、婿を探さなければいけなかったため、余計に大変だった。だからロベナーからの申し出があった時、レリアの両親は喜んで彼を迎え入れたのだ。

 しかし娘のレリアは状況が違う。クロードという跡継ぎがいるので、嫁に行くだけならそう苦労はないはずである。


「……クララックでも、皆結婚してきているわ」

「でも、お祖母様たちが惨殺されて、まだその犯人も捕まっていないのよ? レリアと名が付くものは、皆四十歳までに亡くなっている……誰がそんな娘を嫁にもらってくれるかしら」


 四十歳というと、あと七年しかないのだなと考える。自分は一体どういう死に方をするのだろうか。レリアの両親は強盗に入られ、その際に惨殺された。祖母は病気、曽祖母は自殺、その前は焼死、処刑、事故、虐殺、様々だ。


「そんなの気にしちゃ駄目よ。今まではそうでも、これからは違うかもしれないじゃないの」

「そうだとしても、世間にそう思われていることが問題なのよ。誰もクララックの女を嫁にもらおうなんて、思ってなんかくれないわ。特に私には家督を継ぐ弟がいるから、何の利用価値もないし……」


 そう言われるとそうかもしれない。ロベナーも、入り婿でなければ、結婚などしてくれなかったに違いない。


「ねぇ、レリア。お父様に相談してみてもいいかしら? ロベナーなら、お近付きになる機会を作ってくれるわ。その後、どう頑張るかはあなた次第だけど」


 娘レリアは、しばらく考えた後、こくりと頭を前に垂れた。

 自分にやれることは少ないが、できる限り応援はしたい。娘レリアが想い人と結婚できるようにと、レリアは切に願った。


「じゃあね。あまり思い詰めずにゆっくり寝なさい」

「はい」


 レリアが娘の部屋を出ようとした時、彼女の机の上に置かれている本が目に入る。そしてそれを手に取ると娘に向き直った。


「ねぇ、ちょっとこの本を借りても構わないかしら?」


 娘の首肯を確認してから、レリアはそれを持って出た。自室に入ると、すぐにその本を開いてみる。


「ま、ま、ま……マーガレット、あった」


 それは花言葉の本だ。調べてみようと思いつつ、放ったらかしになっていたものである。


「マーガレットの花言葉……恋を占う、心に秘めた愛、貞節、誠実……」


 アクセルが求める、アクセルの理想がそこには記載されていた。確かに誠実な彼には、貞節を求めるのは当然かもしれない。

 彼はまっすぐで、曲がったことが大嫌いだ。おそらく、騎士の中では一番クリーンな人間だろう。

 レリアはその本をパタンと閉じて、隅へと追いやった。

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