表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マーガレットの花のように  作者: 長岡更紗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/22

第12話 恨めしい視線

 気乗りがしないな。


 心の中でボヤきながら、アクセルはセンター地区にある士官学校時代の教官カールの、家の前に来ていた。

 彼の家の隣はクルーゼ家。同じ騎士隊長のリゼットの家がある。

 彼女にカールへの説得を頼めばいいものを……と思ったが、イオスがそうすることはないだろう。彼らと良好な関係を築いているリゼットに、少しでも居心地の悪い思いをさせたくないと考えているに違いない。そしてそれは、アクセルも同様にそう思っている。

 アクセルは教官の家の前に来ると、走り寄ってくるディランを撫でた。ディランとは、この家で飼われている柴犬だ。アクセルはこの犬に好かれている。


「どうしたの、ディラン……あら」


 庭に通じるガラス戸から教官の奥方が顔を出し、アクセルの顔を確認した。


「アクセルじゃない。久しぶりね。どうぞ、中に入って」


 それだけ言うと彼女は一度引っ込んで、今度は玄関の扉を開けてくれた。


「ディラン、また今度な」


 全然遊び足らないと言わんばかりのディランを置いて、アクセルは玄関を跨いだ。


「アンナ殿、久しぶりだ。カールは帰っているか?」

「まだだけど、もうすぐ帰ってくるはずよ。晩御飯、食べて行くでしょう?」

「すまない、お願いする」


 士官学校で武芸教諭をしているカールの家には、学生時分に何度も訪れた。彼の妻であるアンナと、手合わせをしてもらったことも何度かある。

 アンナはかつて、カールの上司だったと言うだけあって、その剣さばきは常人とは思えぬほどだった。今ならばカールと対峙しても引けを取らない自信があるが、このアンナと言う人物には未だ勝てる気がしない。


「あ、アクセル!」

「アクセルだー!」


 カールとアンナの子ども、ロイドとアイリスが二階から降りてきて纏わりつく。アクセルは動物だけではなく、子どもにも何故か好かれる。


「ロイド、アイリス。久しぶりだな」

「アクセル、剣の稽古をつけてほしいんだけど」

「えー! そんなことよりお話聞かせてよ! いいでしょう!?」


 両手を引っ張られて困ったアクセルは、また今度なと苦く笑った。今日の目的を達成しないことには、気持ちを割く余裕はない。


「ただいまー。ん? アクセル、来てたのか。どうした?」


 剣の実技があったのか、カールは汗だくで帰ってきていた。最近、聞き込みばかりしているアクセルよりも、遥かに運動量は多そうだ。あちー、と言いながらタオルで汗をガシガシと拭きまくっている。


「ご飯できたわよ。さあ、みんな座って」


 言われるまま席に着き、皆で食事を取る。何用かと聞かれたが、食事中にする話ではないからと断って後にした。

 やがて楽しい食事が終わると、子どもたちは二階に戻り、大人にはワインとチーズが出される。


「で、どうした?」

「アンナ殿もこちらに。一緒に聞いてもらいたい」


 むしろ、用があるのはアンナの方なのだ。アンナは何事かと言いたげな表情で、カールの隣に座った。アクセルは二人と対峙する。上手く説得できるだろうか。


「イースト地区で起こっている、婦女暴行事件についてなんだが……」


 アクセルはまずそこから説明した。その事件解決のために、先ずは堕胎できると言いふらし、詐欺を働いている雷の魔術師を捕まえると言うこと。そいつを捕まえるための囮捜査としてアンナに協力を仰ぎたい旨を伝えた。


「んーなの、駄目に決まってんじゃねーか!」

「私は構わないわよ」


 二人が同時に言葉を発する。アクセルの予想通りの回答である。


「何言ってんだ! だめだ! だめに決まってんだろ!」

「どうして? このままじゃ何の罪もない女の子が、ずっと襲われ続けることになるわ」

「アンナを危険な目に遭わせられっかよ! 囮捜査は、剣も持てねーんだぞ!」

「大丈夫よ、短剣は仕込んで行くから。それならいいでしょう」


 むぐ、とカールは言葉を詰まらせる。短剣でも彼女は十分に強いと言うことを、彼は誰よりもわかっているからだろう。


「……けどよ、万一ってことがあんじゃねーか」

「ないわよ」

「ちげーよ。ほら、その、あれだ」


 カールは口を尖らせて少し顔を赤らめている。


「なぁに?」

「その……こ、子どもがいて、本当に堕胎されちまったらどうすんだ!」


 アンナはキョトンとカールを見ていた。夫婦間のことだ。何も言わずに見守ろうと、アクセルはその姿を眺める。


「今、お腹の中にはいない……と思うわ」

「思うじゃーいるかもわかんねーだろーが!」

「そうだけど、雷の魔術師に、堕ろす力なんてないんでしょう?」


 アンナがアクセルを横目に見る。アクセルは一応首肯するも、付け足した。


「そういう話だが、検証できることではないので、実際にはわからない」

「ほらな! ぜってー駄目だ!」


 カールは鬼の首を取ったかのように、勝ち誇って言った。しかし、そこはかつての上司である。彼女はさも当たり前の様に、次の提案を示した。


「避妊すればいいじゃない」

「……へ?」


 カールの顔が歪む。


「確実にお腹に子供がいないと判れば済むことでしょう。少し時間をもらうことになるけど、それでいいなら引き受けるわよ」


 げっ、と顔を青くさせたのは、もちろんカールだ。彼は慌てて撤回させようとする。


「駄目だ駄目だ駄目だ! それって、一ヶ月近くなんもできねーってことじゃねーか!」

「そうだけど、これなら問題はないはずよ」

「問題あるね! 俺がイヤだ!」

「イヤだって……」

「イヤダイヤダイヤダイヤダ!」


 まるで駄々っ子だ。あの鬼教官が、丸っきり子どもに見える。その時、ヒヤリと空気が凍った。


「いい加減にしろ、カール。お前らしくもない。犯罪者を、このままのさばらせるつもりか?」


 ギラッとアンナの眼光が鋭く光る。その眼で見られたカールは、言葉を詰まらせた後で息を吐いた。


「……わぁったよ」


 しゅん、と肩を落とすカール。見ていて可哀想になったが仕方あるまい。奴らを叩くには、アンナという女性がどうしても必要なのだ。

 かくして、囮捜査は一ヶ月後に決まった。その間に、暴行事件の方の捜査もできるだけ進めておかなければ。そう思いながら彼らの家を後にする。カールの恨めしそうな視線が背中を刺して、痛かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ