8 スタジアムを守れ!
「は? それは……そんな。……は? いえ、それには及びません。うちには優秀な連中が揃ってますから。はい。では現地で」
誰かと携帯で話していた課長が、通話を切ると同時に立ち上がった。
「全員聞け!
妖魔の目撃情報があった。
これより、調布支部の全能力を使い駆除を行う!」
顔に力を込めた課長の異様な雰囲気。
そして、支部の全能力などという初めての事態。
困惑する我々を余所に課長が続ける。
「妖魔の目撃があったのは、味の友スタジアムだ!」
味の友スタジアム。
サッカークラブ、AC東京がホームタウンとしている五万人収容の陸上競技場兼用球技スタジアム。
リーグ戦を折り返し、現在首位の埼玉レッドを追う我らが、AC東京は現在勝ち点7差の三位! まさにここが正念場!!
と、予め謝らせて貰う。今回、こんなテンションで進んで行く。すまん。
さて、話を戻そう。
首位、レッドをホームで迎えるこの一戦。悲願のリーグ制覇に向け、何が何でも落とす事が出来無い試合!
プレミアから復帰したFW。
代表を支える守護神。
突然開花した若きトップ下。
五輪代表十番の継承者。
ベテランの安定感が光る最終ライン。
そして、それらへタクトを振るイタリアン人監督。
今年ダメなら、もう無理。
おそらく、誰もがそう思っているはずだ。
当然、スタジアムは満員になるだろう。
五万人が妖魔の脅威に晒される可能性があるのだ!
更に、試合中に妖魔乱入なんて無用のトラブルは何としてでも避けたい!
勝ち点を、何としても勝ち点3を!!
「負ける訳には行きませんね!」
長倉さんが、立ち上がりながら硬く拳を握り締める。
「そうだ! これよりスタジアム内に対策本部を設置する! あらん限りの装備を持って移動だ!」
「「「はい!」」」
◆
「しぃ、暫く留守にするけどよろしく」
『頑張ってね。お兄ちゃん! なるべく早く帰って来てね』
「うん。行ってきます」
『行ってらっしゃい!』
しぃに詰所の留守を任せ、とらこにユウを積み込む。
運転席は河南。
後部座席に副長。
俺は助手席に身を沈め、この先の作戦に備えアリスをチューニング。
「あのー、何でみんなテンション高いんですか?」
ハンドルを握りながら、河南が素直な疑問を口にする。
「今夜が山だからだ」
まさに天王山。
「意味わかんないです」
「まぁ、それが普通の反応だよね。河南は、出身どこだっけ?」
「埼玉ですけど」
「何!?」
「え、何でそんなに驚くんですか?」
「お前は、今から敵だ」
「え? 何ですか? それ」
「岸田、落ち着け。この反応、河南は赤じゃ無い」
「赤とか、敵とか、一体何なんですかー?」
河南の絶叫が車内に木霊する。
多分、これが世の中一般的な反応なんだろうな。
◆
「なるほど。そんな試合があるんですね」
副長が河南に現状を説明。
「それにしても、五万人を六人で警備って無茶じゃ無いですか?」
「相手は妖魔一匹だ」
「まあ、それはそうですけど。だったら何で全員で出動してるんですか?」
ちなみに井下さんは当直明けでお休み。
「みんな、行きたくて仕方ないんだよ」
副長が、正直に言ってしまった。
◆
スタジアム内の会議室を借り、作戦本部を設営。
時刻は13時。
途中で買ったコンビニ弁当を食べながら作戦会議。
スタジアム側の警備担当者も同席。
「本日11時、スタジアムのスタッフが南門付近にて、妖魔を目撃。その報告から、型・子鬼もしくは、犬神と推測される。
しかし、その後の目撃情報は皆無。
スタジアムの周囲に沿って警備員が配置されている事から、外への逃走は無いものと思われる」
副長が、立ち上がりプロジェクター投射されたスタジアムの概略図の一点を指しながら状況説明。
「皆も知っての通り、本スタジアムにて午後19時より、AC東京対埼玉レッドの試合開始される。
敷地内の屋台村が営業を開始するのが一時間後の14時。
スタジアム内部への観客の入場が始まるのが17時。
予想される動員数はおよそ五万。
人で溢れる中での妖魔捜索、駆除となる」
「あのー、応援とか呼ばないんですか?」
河南が、おずおずと質問する。
「応援は無い。本日は、我々だけでの駆除となる。もちろん、スタジアム警備の皆さんにはご協力を頂くが」
質問に答えたのは遠藤課長だった。
どこも、他所で出現した妖魔の駆除に人手を割けるほどの余裕なんて無いのだろう。
「代表戦の時は出現してもいないのに警護に駆り出すくせに……」
長倉さんが、悔しそうにつぶやく。
「これは余談であるが、埼玉支部から応援の申し出があった」
「「「な!!」」」
俺と副長と長倉さんが同時に声を上げる。
斎藤も珍しく、眉を跳ね上げている。
「当然、丁重にお断りした」
「当たり前です! 東京の底力、見せつけてやる!」
長倉さんに意見には、残念ながら全面的に同意だ。
市民の平和の為には、応援は欲しい。
だが、今日敵である埼玉の力を借りるわけには行かないのだ!
向こうもきっとそれを見越しても申し出だろう。
大人しく、勝ち点0のままお帰りいただく!
「そんな訳だ。大変な一日になると思うが、観戦に来た皆さん、そして何より選手たちのために少しでも早く妖魔を駆除するように」
「「「はい」」」
「では、配置を説明する。
今より、15時まではスタジアム外を私、長倉、岸田、河南の四名が巡回警護。
岸田は飛田給方面から北ゲートまで。
長倉は北ゲート周辺から、アミダバイタルフィールド付近まで。
私と河南は人出が予想される屋台村周辺。
斎藤は二階席にてスタジアム内を警戒。狙撃ポイントは任せる。
15時以降、スタジアムの周囲に入場の待機列が出来る。まぁ、既にコアサポは集まってるけど。
問題は、待機列が二箇所。
ホームチームとアウェーチームに別れる事。
つまり、誰かがアウェー側に行かないといけない」
俺と長倉さんが、息を飲む。
一瞬、会議室に緊張が走る。
「これは、埼玉出身である河南、貴女に任せる」
「はい!」
元気に返事をした河南に、俺と長倉さん、そして課長の鋭い、いや、敵意のこもった視線が突き刺さる。
「え、何でみんな睨むんですか?」
「気にしないで良い。貴女が悪い訳では無い。
続ける。ホーム側待機列前方は長倉、後方周辺は私。
岸田は引き続き飛田給方面からコンコース上を警戒」
「「了解」」
「17時以降は、スタジアム内二名、外二名としたいが、人員配置は観客の状況次第で流動的にしたい。
今決めてしまって身動き取れなくなっても仕方が無いので。
なお、試合開始三十分前まで、スタジアム上空のドローン飛行が許可された。
そして、監視カメラ映像への接続も申請が下りた。
岸田、そっちの方は準備を任せる」
「了解」
ユウの飛行ルートの計算、監視カメラのチェック、それら全てをリアルタイムでアリスが処理する。
今、アリスのリソースには全く余裕が無い。
話しかけても、無視されてしまう……。ちょっと悲しい。
ユウもバッテリー消費がギリギリの計算。
こちらも話す余裕が無い……。ちょっと悲しい。
「斎藤は人が入ってきたら邪魔にならないよう移動。ただし、極力スタジアム内すべてをカバーできる位置にいてほしい」
言われた斎藤は軽く顎を引く。
会議室のドアがノックされたのは丁度その時だった。
「どうぞ」
課長が立ち上がりながらドアに声をかける。
ロマンスグレーのスーツ姿の人物がドアを開けて入ってきた。
課長、そして副長、河南が敬礼をしている。
ん。誰だ?
「ご苦労様です。岩蔵本部長代理」
課長が毅然とした声で言う。
本部長代理……上から数えた方が早い役職。
そんなお偉いさんがわざわざどうして?
「いや、気にしなくて良い。作戦会議中だろ? 続けて」
「いえ、もう終わりましたので。
そういう訳だ。各位、気を引き締めていけ!」
「「「はい」」」
いつも以上に気合のこもった課長の激。
そしてそれに答える三人の声も熱気を帯びる。
河南だけは、ついてこれない様だが。