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6 越えられぬ境界線

『御守庁準備室より入電。

 入間町一丁目付近にて妖魔の目撃情報。

 至急、現場へ急行して下さい』


「と言うわけだ。岸田、河南行ってきてくれ』

「はい!」


 遠藤課長の要請に元気に応答する河南。


「はぁ……了解です」

「揉め事、起こすなよ」


 気乗りしない俺に課長の注意で更にテンションが下がる。

 小さな溜息を吐きながら俺も立ち上がる。


『いってらっしゃい。お兄ちゃん。気を付けてね!』

「うん。ありがとう。行っています」


 愛くるしい声に励まされながら、装備を手に外に出る。

 既に、河南がとらこをスタンバイさせていた。


「お前、助手席」

「え、運転しますよ」

「出動の時はもう少し道覚えてから」

「……分かりました」


 とらこを駆って甲州街道を東進。


『兄さん』


 とらこのスピーカーから珍しい声が飛び込んでくる。

 まこ。本部で入電を捌いている俺の妹だ。


「どうした。急に。久しぶりだな」

『お久しぶりです。先程本部から調布支部に出動要請入っていると思います。兄さん、向かってますよね?」

「ああ」

『そう、ですよね』

「世田谷も?」

『そうです。世田谷支部にも出動要請が行ってます』

「そっか。まぁ予想は出来てた。それでわざわざ知らせてくれたのか。ありがとう」

『それだけじゃないです』

「どうした?」

『当該エリアからの入電数が、少し多いのです。ひょっとしたら複数同時出現の可能性もあるかもしれません。アリスには既にデータをリンクしています』

「それは一大事だ。ありがとう。まこ」

『礼には及びません。くれぐれも気をつけて下さい。……それと、たまには会いに来てくださいね』


 そう言ってまこは通信を切った。

 まこのお陰でちょっとやる気が出てきた。

 と言うか、妹たちが頑張っているのに兄がこんな体たらくでどうする!

 気合を入れろ!!


「と言うことらしい」


 河南は助手席で地図を眺めながら聞いていた。


「えっと、世田谷支部の人たちも来るから合同で駆除に当たるんですね?」

「違う」

「え?」

「俺達の役目は、邪魔をしない事」

「へ?」

「通報のあった入間町は世田谷区との境に当たる。世田谷区は当然、世田谷支部の管轄だ。地図に境界線が書いてあるだろ? いいか? 一歩も向こうに踏み込むなよ? 向こうに向かって発砲なんてもっての外だ」

「なんですか? それは」

ルールだ」

「え、でも、市民の安全優先ですよね?」

「管区を超えて活動しては成らない。研修で習わなかったか?」

「相手管区の要請がある場合はその限りでない、と」

「要請があればな。だが、そんなものは絶対に無い。だから、絶対に世田谷に踏み込むな」

「踏み込むと、どうなるんです?」

「上の上の、さらに上からネチネチと言われる」

「先輩……ひょっとして」

「課長に二度目は無いと釘を刺されてるよ」


 縄張り争い、権力争い……そんなくだらないことで蒸し暑く、加齢臭の立ち込める会議室に呼ばれ、半日を無駄にした事を思い出し俺は顔を顰めた。

 ……あ、説教は本部だ。

 次、呼び出されたらまこに会いにいけるな。


「……先輩、ニヤついてますよ」


 ◆


 入間町着。


「河南、ちょっとあそこのスーパーの駐車場に車停めてきてくれ。ちゃんと店の人に断り入れるんだぞ」


 道幅の狭い住宅街。路駐していたら迷惑極まりない。


「先輩は?」

「俺は、辺りを調べつつ、世田谷さんに挨拶してくる」

「一緒に行きます。置いて行かないで下さい」

「何で?」

「多分、迷子になります」

「それもそうか」


 住宅が立ち並び、細い路地が入り組む一角。

 慣れていない河南の言い分も最もだ。

 俺はそのままとらこをスーパーの駐車場に入れ、河南に挨拶に行かせつつ、ハッチバックを開ける。


 最新の目撃のアップデートが無い。

 調布こちら側には入ってきていないと言うことだろう。


 荷台からポリカーボネート製のライオットシールドを出しつつ、アリスに連絡。


「アリス」

『はい。兄様』

「えっと、状況はどう?」

『すいません。目撃情報は全て世田谷側に集まっています。だた、可能性が捨てきれない事象があり追加検証中です』

「なにそれ?」

『可能な限り早く断定出来るよう頑張ります』

「あ、うん」


 うん?

 アリスは何をしてるんだ?


「お待たせしました」

「結局、目撃情報は世田谷の方らしい」

「そうですか」


 盾を見て怪訝そうな顔をする河南。


「流れ弾に気を付けろ」


 予想外の注意と共に手渡された盾に、顔を引きつらせた。


 とりあえず、一番近くの区境へ。

 ま、こちらは『市』なので市境とも言えるんだけど。そこはちょっと、無駄に見栄を張ってみた。

 フェンスに囲まれたとある企業の社宅の庭が見える。

 高い木が何本も生えている。

 その中に、俺たちと同じ制服を来た連中の姿が見える。

 皆、上を見上げているところを見ると妖魔は木の上か。


「ご苦労様です! 調布支部です。勉強をさせてもらいに来ました」


 努めて明るく挨拶。

 中年の親父がこちら一瞥して、また顔を上に向ける。


「やな感じですね」


 河南が、笑顔を貼り付けたままボソリと言った。


 そんな中から、一人こちらに近付いて来る人物。


「久しぶりね、岸田君」

「久しぶり。調布相手に油売ってたら怒られるぞ?」

「そんな事言っても、全然見つからないのよね。木の中に隠れたらしいんだけど」

「こんだけ人がガサガサやってたら出て来そうだけどな」

「そうよね」

「あのー……」


 呑気に話し始めた俺達に、置いてけぼりになっていた河南が口を挟む。


「あ、初めまして。世田谷支部の坂下さかもとりょうです」

「調布支部に先月配属された、河南渓です。先輩とお知り合いですか?」

「先輩? 岸田君、そんな風に呼ばせてるの?」

「違う。こいつが勝手に呼んでるのだけだ」

「なんか、不潔ー」

「何でだよ」

「あのー……」

「ああ、悪い。高校の同級生だ。今は、職場のせいで犬猿の仲」

「あら? 調布が世田谷と同等みたいな言い方ね」

「あー、すいません。相手にもされてませんでしたね」

「ふふ、冗談よ。じゃね」


 そう言って坂下は、再び捜索に戻って言った。


「……仲良いんですね」

「付き合ってたから」

「え!?」

「ふふ、冗談よ」


 坂下の口調を真似してみたのたが、汚物でも見るような顔を返された。

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