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5 新人と狙撃手

「あー、諸君。紹介する。今日からここ、第二分室へ配属となった河南かわなみけいさんだ」


 課長が、全員揃った詰所で新たな仲間を紹介する。


「河南です。研修を終えたばかりで右も左もわかりませんが、一日も早く皆さんのお役に立てるよう頑張ります」


 そう言って、頭を下げる。ふわふわした髪がそれに合わせ揺れる。

 課長が詰所の面々を順に河南に紹介していく。


「岸田総司。君の教育係だ。わからない事があったら岸田に聞いて。暫く岸田と一緒に行動する様に」

「え!」

「はい。岸田さん、よろしくお願いします」

「いや、課長、聞いて無いですけど」

「他に適任が居ないのよ。まあ、お前が向いてるとも思わんけど」


 言われて周囲を見渡す。トリガーハッピー、脳筋、コミュ障。唯一、まともそうなのが副長だが、彼女は役職付きなのでそれなりに忙しい。つまり、消去法で俺な訳か。


「はあ。分かりました」

「まあ、まともなマニュアルなんて無いような物だから、好きにやって構わんぞ」

「実在の異性は、あまり」

「そう言う好きじゃない。変な発言してると訴えられるぞ。そしたら庇わんからな」


 自分の身柄を預かる人物達の訳の分からないであろう会話に、河南が眉間に皺を寄せる。


「岸田です。君が一人前になるまで教育係となった。よろしく」

「はい!」

「早速だけど、さっきの挨拶、何だ? アレは」

「え? 私おかしな事言いました?」


 やはり気付いて無いか。


「『一日も早く皆さんのお役に立てるよう頑張ります』と、俺たちに向かって言った」

「?」

「君が役に立つべきは俺たちじゃない。市民の皆さんのお役に立つ事、それを最優先にしろ」

「は、はぁ」


 俺の駄目出しに、怪訝そうな顔をする河南。

 その向こうで課長と副長が、笑いを噛み殺しているのが見えた。


 ◆


 簡単な業務説明と詰所の案内を済ませ、ひとまず過去に調布支部で起きた出動の報告書を一通り目を通しておくよう河南に指示を出し、自分の作業に没頭。


「岸田、メシ行こう。河南も」


 午前の巡回から帰って来た副長が俺の作業を中断する。

 もうそんな時間か。


「はい」


 河南が元気に声を上げる。


 ランチ営業のカフェにて昼食。

 相変わらずここは女性客が多い。


「どう? 半日経って見て。 今何してるの?」

「今は、報告書を眺めてます」

「そう。報告書が一番面倒だから書き方を覚えておいた方が良い。面白い物あった?」

「久方係長の報告書は、簡潔で分かりやすかったです」

「そうか」

「副長な」

「え?」

「あだ名。副長。みんなそう呼んでいる」

「あのさ、岸田。そう言うのは本人の居ない所で教える物じゃないかな?」

「あ、そう、すか。じゃ、もう一つは後で教える」

「何? それ! そっちの方が気になる!」

「いや、本人の居ない所ってご自分でおっしゃったんじゃ無いですか」

「そうだけど! まあ……大体予想は付くから良いけど。どうせ不幸体質とかそんなでしょう」

「うん」

「岸田ぁ! 少しは……はぁ …… もう良い」


 不幸体質について自覚あったのか。


「岸田さんの報告書、たまにやたらと長いの有りますよね」

「大作だろ?」

「あんなの細かいの開発局の連中しか読まないよ」

「開発局でも読むなら良いじゃ無いすか」

「時折、女性の名前? 見たいなのが出てくるんですけど、何ですか? あれ」

「妹だ」

「え? 妹さん? 職員なんですか?」

「あー、まぁそれについては、追々わかると思うから」

「いや、今説明出来るけど?」

「黙れ。ややこしくなる」


 俺と副長のやり取りに河南が面食らっている。


「お二人、仲良いんですね。皆さんこんな感じですか?」

「いや、俺と副長は幼馴染なだけだから」

「腐れ縁」

「長倉さんは筋肉にしか興味無いし、井下さんは闇を抱えてそうでちょっと近寄りがたい。

 斎藤に至っては二つ以上単語を並べた台詞を聞いた事が無い。

 でもまあ、みんな悪い人では無いから」

「アンタは変態シスコンだしね」

「うるさい。不幸体質」

「変態……」


 河南の俺を見る目に明らかに警戒の色が混じる。


 ◆


 昼食後、幸福と不幸が同時に訪れる。


『御守庁準備室より入電。

 国領町八丁目付近にて妖魔の目撃情報。

 至急、現場へ急行して下さい』


 詰所に響くしぃの愛くるしい声。

 この声を聞くために今日を生きている。

 しかし、この声は同時に市民の平和が脅かされている時でもある。

 あぁ、なんたる矛盾。


「と言う訳らしいから、岸田、それと斎藤、行ってきてくれ。河南もついてけ」


「わかりました」

「はい」


 遠藤課長に指名された俺と河南が一応返事を返すが、同僚の斎藤さいとうももは無言で立ち上がり装備を取りに行く。

 俺は装備と車のキーを手に外に出る。

 と、その前に。


『いってらっしゃい! お兄ちゃん! 頑張ってね!』

「ああ! 頑張るよ!!」

「えぇ??」


 運転席に座り、とらこをスタンバイ。

 河南が助手席に乗り込んでくる。


「あの、さっきの着電オペレータですよね?」

「ん? しぃの事か?」

「しぃ?」

「名前だよ」

「はあ。で、そのオペレータが岸田さんのこと、お兄ちゃんって」

「まぁ、妹だからな。当然だ」

「妹さん、オペレータなんですか? 着電システムは全部AIに置き換わったって聞かされましたけど」

「だから、それが妹なんだよ」


 本気で理解できていないのか、河南が眉間に皺を寄せる。


『スタンバイオッケー。座標も確認したんだにゃ』

「おはよう。とらこ。今斎藤が来るから」

『わかったにゃ』

「それと、今日から配属になった河南」

『よろしくにゃん』


 と、とらこに紹介してやったのに、河南は顔を引きつらせている。


「え? ナビAIですよね?」

「とらこ。俺の妹」

「ええぇ??」


 丁度、後部座席のドアが開き、 斎藤が身の丈ほどはあろうかという狙撃銃を抱えて乗り込んで来た。


「甲州街道からでいいか?」


 斎藤に確認。顎を引いて同意を示す。


「よし、出動」


 とらこを駆り、甲州街道を東へ。

 サイレンを鳴らして駆けつけたい所ではあるが、残念ながら御守庁の車両は道路交通法が定めるところの緊急車両では無いので、所謂いわゆる緊急走行が許可されていない。

 法定速度を遵守しつつ、現場へ急行するのだ。


 狛江通りを右折したところで、しぃから通信。


『お兄ちゃん、目撃情報が北西方向に移動』

「何? マズイ!」


 即座に脳内に地図を呼び出す。

 初期の目撃情報から北西方面は住宅街だ。


「最悪だ。四丁目付近で補足したい。狙撃ポイントどうする?」


 ルームミラー越しに斎藤を見る。


「駅前」

「よし、降りろ」


 目の前の駅前高層ビルからの狙撃だ。

 とらこを一時停車させる。

 後部座席のドアが閉まる音を確認して、車を再発進。


「え? 斎藤さん? え? 登ってる?」


 事態の飲み込めない河南が助手席で騒ぐ。

 斎藤が高層ビル100mの屋上まで 空中散歩スカイウォークで駆け出したのだろう。


 旧甲州街道を右折し、その先の一方通行へ入る。


「あの、急にどうしたんですか?」


 河南の疑問も最もか。


「妖魔が移動をしている。今住宅街、そしてその先に小学校と保育園がある」

「え? 地図もなくてそんなの分かるんですか?」

「当たり前だ!!」


 市民の安全のためにそれくらい出来なくてどうする。


 突き当りを左へ。

 その先、更に一本左折した先でとらこを停める。


「河南はとらこの前で待機。妖魔が見えたらすぐ報告。射線の先に人が居ない場合のみ発砲を許可する」


 みこのスタンバイを解除しながら、素早く河南に指示を出す。


「え、あ、は、はい」

「みこ、至急想定位置を……いや、目視で確認」


 目の前の電柱の上に乗り、こちらを見下ろす 石鬼ガーゴイルの姿を見つける。

 すかさず、拳銃を構える。


「斎藤、着いたか?」

『……とっく』

「ガーゴイルだ。羽つき。座標転送する。みこ、斎藤に座標転送」

『はい。お兄様』


 今のガーゴイルの位置だと民家が射線を遮るか?

 電柱の方向へ駆け寄りながらガーゴイルの足元へ威嚇射撃。

 こちらを一睨みした後、背中の翼を大きく広げ上空へ。

 俺を見ろしながら、凶悪な口を開け、威嚇。


『ファイヤ』


 およそ500メートル先から放たれた斎藤のエーテル弾により、一撃で頭部を貫かれたガーゴイルはそのまま空中で爆散した。


「流石!」


 相変わらずの射撃技術に賞賛を送る。


『ピックアップ』

「了解」


 とらこの前であんぐりと口を開けている、河南に声を掛ける。


「駆除完了だ。斎藤拾って戻るぞ。帰りはお前が運転」

「え、あ、は、はい」


 ◆


 今日の出動の報告書を任された河南が、向かいの机で四苦八苦している。

 俺は、メガネ型デバイスをVRモードにしてプログラムに没頭。

 未だ、完成していないニ号車のナビゲーターAI。

 とらこのコピー、ではつまらない。

 やはり、虎と双璧を成す辰だろう。

 しかし、いまいち性格が定まらない。


「でも、すごいんですね。岸田さんも、斎藤さんも。ちょっと見直しました」


 河南だな。口は良いから手を動かせ。

 俺は今、新たな妹の世話で精一杯なのだ。


「うーん、呼び方が気に入らないなー」


 兄者、兄上、兄ちゃん……どれも、ピンと来ない。


『呼び方ですか?』

「そう」

『岸田さん、じゃ、駄目なんですか?』

「駄目に決まってるだろ」

『何でですか?』

「可愛くない。そんな他人行儀な呼び方で愛せる訳が無い」

『え、あ、愛って……?』

「俺の溢れるばかりの愛」

『え、そんな、何で突然そんな話に?』

「当然だろ。その為にも、もっとグッとくる呼び方をだな」

『え。当然って…………。……グッと来る、ですか? ……先輩、とかどうでしょうか? と言うか、それが限界です……』

「先輩、先輩かー。先輩。……アリだな!」


 俺のピースがカチリとハマった。


「おい、岸田」


 肩を叩かれた。

 耳元で、副長の声がする。


「何ですか?」


 VRモードを解除して、視界を現実に戻す。


「独り言がうるさい」


 副長が顔を近づけ、小声で注意する。


「あ、すいません」


 声に出てたのか。


「そして、それに河南を付き合わせるな」


 は?


 見ると、報告書を作っていたはずの河南が顔を赤くして俯いている。


「あ、あの、報告書、書けたので見て下さい。先輩・・


 え?

 何でお前が先輩とか呼んでるの?


 横で副長が笑いを噛み殺していた。

主要人物紹介完了!

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