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38 そして

 プロペラ機が完全に停止した後、ゆっくり機内から下りる。

 凝り固まった体をほぐす様に、大きくひと伸び。


「んーーー!」


 大きく息を吐く。

 やっと、帰って来た!

 半年ぶりの調布!


 ◆


 はい。

 またこのパターンです!

 いや、イケメン達が奮闘する場面はまあそれなりに需要はありそうだと思うので、いずれ語る機会があるかもしれ無いし、無いかも知れない。

 このお話は調布支部のお話なのですよ。

 という訳で、いきなり半年の月日が流れます!


 ◆


 行きと同じ様に、成田から調布飛行機まで送ってもらう。

 眼下に桜が咲き誇る東京を眺めながら。

 結局、海外派遣は三カ月どころか倍の半年もかかってしまった訳だ。


 もう、日は沈みかけている。

 急いでタクシーを捕まえ、家に向かう。

 一人では無い。同行人が一緒だ。

 河南はまだ俺の家にいるのだろうか。

 運悪く、当直かも知れない。

 連絡を全然入れていない。

 激しい戦いののちに、俺のスマホは破壊された。

 取り敢えず、家に行こう。

 出来れば河南を連れ出したいが、会えなければ仕方ない。

 同行人には、タイムリミットがある。


 ◆


 いきなり家の鍵を開けて入るのはまずいだろう。

 元は、というか今もだが、俺の家とはいえ、ここ半年は河南が一人で住んでいる筈。

 合鍵で忍び込んだ詰所の二の舞は避けたい。

 エントランスで部屋番号を入力し、応答を待つ。


『はい』


 河南だ。


「……俺だけ『先輩!』


 向こうからはモニター越しに俺の姿が確認出来る。食い気味の反応。

 そして中からしか開けられないエントランスの自動ドアが開く。


 そのドアをくぐり、家の前へインターホンを押そうとした時、中から鍵の開く音がする。

 その音に合わせ同行人のナターリヤが、俺の腰にしがみつく。


「先輩!……っ!?」


 大声で勢い良くドアを開けた河南。

 その顔に浮かぶ笑顔が、俺にしがみつくナターリヤを確認し、そして、凍りつく。

 河南がドアを閉めようとする気配を察し、ナターリアを振りほどき、後ろにいる通訳兼お付きの人に託す。

 ドアが閉められる前に辛うじて体を滑り込ませ、なんとか俺だけ玄関の中へ。

 三和土で、その顔に不満をたっぷりと滲ませた河南と向き合う。

 さて、ではここから河南の長文台詞をノーカットでお聞きいただこう。


「ちょっと!

 一体どういう事なんですか!

 半年ですよ? 半年!

 もう帰ってこないかと思ったんですよ!

 全然ッ連絡も無いし。

 課長に聞いても『よくわからん』しか言わないし。

 ひょっとしたらもう死んでるんじゃ無いかって何度も思いましたよ。

 でも、少し前に、みんな無事だった。もうすぐ帰国するだろうって言われて、帰ってくるのを今か今かと待ってた訳ですよ!

 他の人達は、もっと前に帰国してますよね?

 なんで先輩だけ遅いんですか!

 もう、先輩はこの家に戻らないのかもしれないって、本気で考えてたんですよ!

 わかります? この家で、先輩の家で、そんな事考えてた私の気持ち!

 で、さっきインターホンが鳴って、モニターの中に先輩の顔があって、先輩の声がして、一瞬、頭真っ白になって。

 でも、その後、やっと帰ってきた。

 やっと会える。

 そう思って玄関開けたんですよ!

 それで、なんで!

 なんで、玄関先に立ってる先輩が、子連れなんですか!?

 やっと帰ってきて、帰って来ていきなり子連れとか、何してんですか! 訳わかんないです!

 しかも、金髪の女の子って。

 軽く事案じゃないですか!

 いえ、先輩が変態なのは知ってます。

 重々承知してます。

 でも、最後の一線は超えない、そう言う常識は持ってるとそう思ってました!

 そう思ってたのに!

 金髪の女の子!

 あどけない、金髪の女の子!

 ロリ! 変態!! 犯罪者ぁ!!!

 しかも、後ろにも綺麗な女の人がいましたよね?

 金髪の。

 金髪の美人。

 金髪のスレンダーな知的な美人!

 あの人はなんですか?

 恋人ですか?

 まさか、妻ですか?

 現地妻?

 いや、もう連れてきてるから現地じゃない。

 それはもう、正式な妻。

 正妻じゃないですか!

 ここで待ってた私が馬鹿みたいじゃないですか!

 え?

 私が悪いんですか?

 私が馬鹿なんですか?

 ちょっと!

 なんで笑ってるんですか!

 なんか言ってくださいよ!

 ちゃんと説明してくださいよ!!」


「ただいま」


「ぶぁかぁ……おがえりなざぃいぃ……」


 泣き崩れる河南。

 まさかこんな事になろうとは。

 両手で顔を覆い嗚咽を漏らす河南。

 困った……。

 とりあえず、その頭にポンと軽く手を乗せてみる。


「触んな゛ぁぁ!」


 すぐさま弾かれる。

 痛ぇ。


「河南」

「……」

「えーっと、連絡しなかったのは申し訳無い」

「……」

「外の二人は、お前が思うような人じゃない」

「あ゛……?」


 しゃがみこんだまま顔を上げる河南。

 涙でぐしゃぐしゃである。


「道々説明するが、ちょっと出かけるぞ」

「ふぇ?」

「お前を迎えに来たんだ」

「ぇ……?」

「だから、顔を洗って準備をして欲しい。あんまり時間が無いんだ」

「ぁ、はい……」


 ひとまず立ち上がる河南。

 とりあえず、泣き止んだ。


「河南」

「……はい」

「待っててくれてありがとう」

「ぜんぱいぃぃぃ」


 抱き付いて再び嗚咽を漏らす河南。

 だから、時間無いんだって。


 ◆


 河南を引き剥がし、顔を洗わせる。

 40秒で支度しろと言って、大して多くない荷物を下ろし玄関から外に出る。

 玄関の前でとても気まずそうにしている二人組に苦笑いを返す。


 ややあって、メガネとマスクをした河南が出て来る。


「何だ、それ」

「泣いたせいでメイク落ちたんです」

「暗いからわかんないだろ」


 外は既に日が落ちている。


「花粉も飛んでるんです。気にしないで下さい」

「そうか。えっと改めて紹介する。ミニエストル共和国の来賓、ナターリヤ・フロロフと、そのお付きの方、ウェンディ・エステス。

 イヨー ザヴート ケイ・カワナミ」


「ミニャ ザヴート ナターリヤ」


 金髪の少女、ナターリヤが自己紹介しながら河南に握手の手を差し出す。

 その顔は、無表情で不機嫌そうだが。


「え、アイム、ケイ・カワナミ」


 ナターリアの手を握り返しながら、英語で答える河南。

 ウェンディが、耳元で通訳をする。


「ヴィ リュビーマヤ?」


 ナターリアがロスア語で河南に疑問をぶつける。


「ニィエート」


 それに、俺が否定を返す。


「アナタは、ソージのコイビトですか?」


 しかし、ウェンディが河南にそれを通訳してしまう。


「……イエス!」


 ナターリアの手を握ったまま、勝ち誇った顔をする河南。

 イエスじゃねーよ!


「もう行くぞ。ウェンディ、ナターリアとはぐれるな」


 俺はマンションの廊下を歩き出した。

 すぐにナターリアが追いかけて来て俺の手を掴む。

 チラリとナターリアの顔を見ると、河南に勝ち誇った様な顔を向けていた。


 ◆


 既に夜の町は、しかし、すごい人出で手を繋いだちびっこが潰されないか少し心配になる。


「どこ行くんですか?」


 隣を歩く河南から質問。


「野川。桜のライトアップ。二人は桜を見た事無いし、ちょうど良いから」

「あ、なるほど」

「お前も、見た事無いだろ?」

「無いです」

「せっかくだから、一緒に行こうかなと思って」

「先輩!」

「ウェンディ。ナターリアが潰されそうだ。抱っこ出来ないか?」


 河南に飛びつかれる前に後ろを振り返る。

 ウェンディがナターリアに話し掛ける。

 しかし、ナターリアは俺から離れない。

 ウェンディが諦めた様に首を横に振る。

 仕方ない。

 その場にしゃがんでナターリアをおんぶする。


「ウェンディ、チクるなよ?」

「ダイジョウブです」


 こんなとこ、この子の父親に知られたら命が無い。


 ◆


 野川。

 川幅5メートル程のその小さな川の両岸は、歩道になっていて、散歩やジョギングのコースになっている。

 そして、そこは桜並木があり、毎年この季節には見事な桜景色になる。

 そんな、桜景色がたった一日だけ、地元企業の計らいによって、数時間だけライトアップされる。

 その距離およそ二百メートル程。

 それを見ようと、道幅三メートル程の歩道には芋洗いの様に人が溢れかえっていた。


「クラスィーヴァヤ!」


 そんな人混みなどお構いなしにナターリアが俺の頭上で歓喜の声を上げる。


「クラスィー、ヴァヤ?」


 河南が、ウェンディに言葉を教わっている。


 懐かしい日本の景色。

 半年ぶり見るそれを、俺も人混みの中をゆっくりと歩きながら楽しんだ。


 ◆


 ライトアップされた短い区間を往復。

 人混みに揉まれながらではあったが初めて見た三人は満足した様だ。


「さて、そろそろ時間だな」


 時計はもうすぐ八時になる。

 約束した待ち合わせ場所は国領の駅前。

 桜を見て帰る人波に合わせ、そちらに向かう。


 駅のロータリーには既に黒塗りの外車が止まっていて、その横に黒いスーツのガタイの良い外国人が立っている。

 すげー異様な雰囲気。

 ナターリアを下し、青いナンバープレートを付けたその車まで手を引いてエスコート。

 黒服が静かに後部座席のドアを開ける。

 グズられたらどうしようかと思っていたがナターリアは案外すんなりと後部座席に乗り込んだ。


「ダ スヴィダーニャ」


 ドアが閉まる前に、河南がウェンディに教えてもらった言葉をかける。

 静かにドアが閉まる。


「ありがとうございまシタ」


 そう言ってウェンディが反対側のドアから車に乗る。


 黒服が運転席に乗り、エンジンがかかる。

 静かに、パワーウインドウが開いて、ナターリアが顔を出す。


「ヤーリュブリュー ティビャー!」


 そう、ナターリアが大声で叫ぶと同時に車は発進した。

 去り行く車に、小さく手を振り見送る俺と河南。


「最後、何て言ったんですか?」


 車が見えなくなってから、河南が尋ねる。


「さあな」

「あの子、結局何者なんですか?」

「ミニエストル共和国の大統領の娘さん」

「え!? 超VIPじゃ無いですか!」

「そうだな。まあ、もう会う事も無いだろう」

「一体向こうで何があったんですか?」

「それより、ラーメン食おう!」

「は?」

「ラーメン! やっと日本食が食える!」

「いや、ラーメンは日本食じゃ無いですよ」

「うるせ。嫌なら帰れ」

「行きますー!」


 俺は駅前のラーメン屋に向かう。

 相変わらず行列が出来ている。


 ◆


 派遣されたミニエストル共和国で救い出した大統領の娘。

 何やかんやあって、ロスアの大使館で保護されつつ日本と国交を樹立する為にウェンディと共に微力ではあるが政府に働きかけを行う。

 そう言う事で日本へやって来た訳だ。

 たまたま来日の今日が野川のライトアップと重なったので、少し、本当に少し時間を貰ってそれを案内した。

 小さい体で苦労して来たのだから、それ位いいだろう、と。

 そして、出来る事ならばこの国を気に入ってもらいたい、と。

 約束の二時間が過ぎ、彼女は車に乗り港区のロスア大使館へと向かって行った。


「なるほど。そうだったんですね」


 ラーメンを食べ、そして、家に戻り改めて河南に説明。

 余り人の前でして良い話でも無いのでラーメン屋では、もっぱら河南が語る調布支部に起きた小さな事件を聞いていた。


「そう。流石にあんなに取り乱すとは思わなかった」

「だって、仕方ないじゃ無いですか……」


 帰り買い込んだ日本酒を飲みながら、改めて家の中を眺める。

 見える範囲で余り変化はないか?

 小物と食器が少し増えたくらいか。

 でも、何だろう。以前とは雰囲気が全然違う気がする。


「先輩、他にどんな事があったんですか?」

「んー、そうだな……割と最初っからトラブル続きだったぞ。例えば……」


 懐かしい家で、そう言えば初めて他人と夜を明かす。


 波乱に満ちた半年間の終わり。

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