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37 出立

 翌日。

 河南に電話で起こされる。

 夜勤明けの河南に道すがらコンビニでパンとコーヒーを買ってくるようにお願いして、その間に顔を洗う。


「おはようございます。はいこれ。朝御飯です」

「ああ。ありがと」

「上がって良いですか?」

「ああ」


 ダイニングテーブルでパンをかじる俺を横目に河南が家の中をあちこち観察してまわる。

 パタパタと他人のスリッパの音がする。


「ベランダにトランクルームがついてるが、そこは家族の品が押し込まれてる。開けないで欲しい」

「了解です」


「そっちが俺の部屋。向かいの部屋はもう何も置いて無い。好きに使って良い」

「おお。クローゼット広いですね」


「何かあったら向かいに恵さんがいるから」

「了解です!」

「もし、出て行くなら恵さんに鍵預けてくれ。伝えておくから」

「はい! 大丈夫です! 帰って来るまで待ってます!」


 そんな感じで一通り家の中を説明。

 自分で水を向けたのだが、いまいち河南がここに住むと言う実感が湧かない。


「で、これが鍵な」


 三本ある家の鍵の内、一つを河南に渡す。

 もう一つは、引き続き恵さんに持っていてもらおう。


「へへへへー」


 鍵を受け取り、嬉しそうな河南。


「お前、洗濯出来る?」

「出来ます!」

「昨日着てた物とか、お願いして良い?」

「任せて下さい! 洗濯機の使い方教えて下さい!」


 そんなこんなでいつの間にか時間が過ぎ、時間は11時前。

 あ、やべ。

 そろそろ行かなきゃ。


「河南、そろそろ時間だ。詰所にも寄るから俺行くわ」

「はい、行ってらっしゃい。ちゃんと帰って来て下さい」


 玄関で真面目な顔でそんな事を言う。


「う、うん。行ってきます」


 送り出されると言う事自体慣れていないので、戸惑いながら家を出る。

 そのまま向かいの久方家へ。

 恵さんに挨拶。


「今から出発? 気を付けてね」

「はい。それでですね、家を貸しに出す事にしまして」

「あら。あれ? ひょっとして、この前の彼女?」


 恵さんがニヤリとしながら言う。


「えっと、彼女なんですが、彼女じゃ無いです。

 調布支部の同僚です。何かあったらお願いします」

「わかりました。可愛い息子の彼女ですもんね」

「いえ、彼女じゃ無いです」

「ちゃんと帰って来ないとね」

「はあ、じゃ行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 一礼をして、久方家を後にする。


 調布支部の詰所へ。


 ◆


「おはようございます」

「ん、来たのか」


 いたのは課長だけだった。

 みんな巡回の時間だ。


「ええ。一応挨拶に。このまま調布飛行場に向かいます」


 言いながら、自分の机でみこのセットアップの確認。

 問題無い。


「アリス、みんなをよろしく」

『はい、お気を付けて。兄様』


 一応ロッカーを見て忘れ物が無いか確認。

 て言うか、ロッカーこのままで良いのかね?

 机もだが。


「課長、荷物、このままで良いですか?」

「帰って来るつもりならそのままで良い」

「じゃ、このままにしておきます」

「ああ」


 さて、行きますか。


『行ってらっしゃい! お兄ちゃん! 頑張って!」

「うん。しぃも留守の間、よろしくな!」

『うん!』


 愛くるしい声に心底癒される。


 詰所の外までわざわざ課長が付いてくる。

 そこに丁度巡回から一号車と二号車が戻ってくる。


「お、出発か! 気合い入れて行って来い!」


 二号車の助手席から下りた井下さん。


「頑張れ! 無茶はするなよ。言っても君はするだろうけど」


 二号車の運転席から下りた長倉さん。


 とらこの助手席から下りた斎藤が親指を立てて見せる。


「久方、飛行場までおくってやれ」


 課長がとらこの運転席から下りた副長に声をかける。


「了解。岸田、乗れ」

「はい。では皆さん、行ってきます!」


 敬礼をして、とらこの助手席に乗り込む。

 思えば、調布支部発足当時のメンバー。

 そして、その中で俺が一番初めに離脱する事になろうとは。

 そんな感傷を助手席のシートに押し付け、シートベルトを締める。

 静かに走り出す一号車、とらこ。


 ◆


「ウチに河南が住み付く事になった」


 何となく、報告。


「へー! 住み付くって言い方が気になるけど、それは良かった」

「良かったのかね」

「うん。良かったんだよ。帰ってくる場所と理由が出来たじゃない!」


 自分の事の様に嬉しそうな菜三さん。


「そう言うもんかな。実感が全然湧かない」

「絶対帰って来ないとね」

「うん。それは、そうなんだけど。うん」


 調布飛行場着。

 既にターミナルビルの前に日中室長の姿がある。


「総司」


 助手席から下り、ターミナルビルへ向かう俺の後ろから菜三さんが声をかける。


「行ってらっしゃい」


 とらこの運転席のドアを開け寄りかかり、笑顔で送り出す菜三さんは今までで一番カッコ良く見えた。


 ◆


 プロペラ機に乗り込み、成田へ。

 通常ならあり得ない飛行ルート。

 同行するのは日中室長。


 プロペラ機が、滑走を始める。

 駐車場にいる菜三さんが見える。

 機体が、重力を振り切り上昇する。


 窓の向こうの空にユウの姿が見えた。


 行ってきます!

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