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36 新たな局面④

 二号車をからドローンを下ろし、詰所のインターホンを鳴らす。

 ややあって、中から河南が顔を出す。


「お帰りなさい、こんばんは」

「よう」

「遅かったですね。準備、大変ですか?」

「急な話だからなー」


 詰所の中に入りながらそんな会話。

 俺が二号車を乗り回しているのでここに戻る事は予想済みだったであろう河南は、流石にくつろぎの部屋着姿では無く、きちんと制服を着用していた。


「まだ色々とやる事あるから悪いけど暫く居るつもりだ。気にせずくつろいでて良いぞ」

「はあ。体調、大丈夫ですか?」

「そんな事言ってる場合じゃ無くなったからな」

「何するんですか?」

「新装備のセットアップと妹の調整」


 俺は自席に座りVRモードでプログラムを始める。


 ◆


「起きろ、よーこ。……おい、よーこ」


 あれ?


「よーこ?」


 反応が無い。


「よーこ、朝だぞ?」

『ん……』


 反応アリ!


「よーこ、朝だ。起きろ」

『んー、おはよー、おにぃ』

「おはよう」


 ドローンが小さなモーター音を響かせ始める。

 ……可愛い。可愛いんだが、これは兵器としては完全に調整をミスってるぞ?

 いや、そう言う風に設定したんだけど、実際試すと想像以上に寝覚めが悪い!


「よーこ、一回休んでいいぞ」

『うにゅ。おやすみー』


 モーター音が止まる。

 再調整。


「よーこ、おはよう」

『ん、おにぃ?』


 返事と共にモーター音が響く。


「そう。起きる時間だ」

『ふぁーい』


 ドローンが室内を上昇する。

 起動制御、問題無し。


「さ、よーこ。あそこにミーちゃんと言う猫がいる」

『猫ちゃーん!』

「追いかけて遊んで来て良いぞ。ただ捕まらないようにな」

『わーい』


 カメラでミーちゃんを捉え、そしてそちらへ向け飛行を開始するよーこ。

 カメラ制御、物体認識、飛行制御、問題無し。


「みこ、よーこのカメラとコネクト」

『はい。お兄様』


 メガネによーこのカメラが捉えたミーちゃんの姿が映る。

 映像接続、問題無し。


「よし。おっけ」


 カメラ酔いする前に接続を切り、ミーちゃんとじゃれ合うよーこを確認する。

 必死に飛びかかるミーちゃんを急上昇で躱すよーこ。

 そんな様子を暫く観察。

 運動性能、行動判断、問題無し。


「よーこ、完璧だ!」

『うにゅー? 終わりー?』

「そう」

『じゃーねるー』


 よーこは元いた位置まで戻り、モーターを停止させる。

 これで完成!

 新たな妹!

 三度の飯より眠るのが好き! ちょっとおっとりした天然少女『よーこ』。まだ成長中ですか? Cカップ。

 キャラクター、問題無し!!


「まじまじと見てると、本当気持ち悪いですね」


 黙って一連の様子を眺めていた河南がジト目で言った。


「それと、ミーちゃんをいじめないで下さい」


 いや、ミーちゃんも楽しそうだったよ?

 おもちゃを取り上げられたのが不満なのか鳴き声を上げるミーちゃんを、なだめるように河南が撫でる。


「終わりですか?」

「いや、まだ残ってる」


 俺の返答に天を仰いだ後、溜息を吐く。


「私、シャワー浴びるんで、覗かないで下さいね!」

「覗かねーよ!」


 バカにすんな!

 これからアリスとイチャイチャタイムだ。

 そっちこそ邪魔するなよ!


 ◆


 アリス達の根底にある思考パターンを変更する。

 調布支部職員を保護対象としての優先度を上げる。

 俺がいなくても彼女達がこの詰所を守るように。

 更に、みこにアリスの判断プログラムを一部移植し、戦局分析を強化。

 そして、最適化。再構築。

 これが終わるのにはまだ時間がかかる。

 一度帰って明日取りに来た方が良いだろう。


 時計は既に12時を超えていた。

 長く、息を吐く。


「終わりですか?」


 部屋着に着替え漫画を読んでいた河南から声がかかる。


「ひとまず」

「そうですか。お茶、淹れたら飲みますか?」

「ああ」

「ちょっと待ってて下さい」


 河南が給湯室へ向かう。

 電気ケトルのスイッチを入れる音、程なくしてお湯が沸く音。

 ややあって、河南がティーポットとカップを持ってやって来る。


「はい。カモミールティーです」


 お、おう。

 何か、女子力高そうなの出てきたぞ?


「本当に行くんですね」

「ん、ああ」

「何処に行くんですか?」

「なんとか共和国。東欧の方」

「へー。気を付けて下さいね」

「ああ。ちゃんと生きて帰って来るよ」

「え?」

「ん?」

「そんなに危険なんですか?」

「え?」

「普通、無事に帰って来るって言いません? 生死の危険がある事を自覚しているからそんな返事になるんですよ……」


 急に河南が泣きそうな顔をする。


「いや、大丈夫だろう。一人じゃ無いし。仲間が三人いる。みんなイケメンだ」


 イケメンだから安全と言う理屈は無いのだが、それくらいしか彼らを知らないから仕方ない。

 お茶を一口啜る。


「逆に大変な時に離脱して、調布のみんなには申し訳ないと思ってるよ」

「大変な時?」


 副長が辞める事はまだ知らされて無いだろう。


「北海道」


 それでなくても、妖魔による人死が出たばかりだ。


「あ、あれ。違ったそうですよ」

「え?」

「警察の検死から被害者を襲ったのは熊だと判明しました」

「熊!?」

「はい。そして、現場付近で捕獲されたヒグマの胃袋から人体の一部らしい物が見つかったそうです。まだ断定はされてませんが、犯人は妖魔でなく熊です」

「うぇ」


 不幸な被害者には申し訳ないが、良かったのか? これは。


「そうなのか」

「午後にはそう言う報道出てましたよ」

「あ、そう……」

「何で、まあ、明日からは平常運転です。先輩以外は」

「そうかー」

「そうです。それより荷物とか詰めなくて良いんですか?」

「向こうで使う荷物一切が支給された」

「へー。至れり尽くせりですね」


 荷物以外にも色々背負わされてるからな。

 勝手な思惑とか。

 ま、そいつは邪魔になったら遠慮なく投げ捨てるから良いんだが。


「いつ、帰って来るんですか?」

「さあ? 取り敢えず、三カ月はかかるらしい」

「ちゃんと、帰って来て下さい」

「当たり前だろ」

「三カ月か……長いですね」

「あっという間だよ」

「そうですか?」

「ああ」


 お茶を啜る。


「あ!」


 そして、忘れていた事を思い出した。


「どうしたんですか!?」


 思わず大声が出たらしい。

 河南が大袈裟に聞き返してくる。


「いや、林檎、冷蔵庫に入れたままだ……」

「……そんな事で大きな声出さないで下さい。多分もう食べれないと思います」

「だよな」

「そう言えば、あの家どうするんですか?」

「いや、どうもしない。貸しに出す暇も無いし片付いても無いし。

 住むか?」


 副長が居なくなって、三人入る。

 暫くバタバタするだろう。

 近くに住んで居て悪い事は無い。


「嫌ですよ。12万も払えません」

「あーあれか。いや、家賃ゼロでも良いぞ。どうせ収入のアテなんか無いんだから」

「え?」

「あ、いや、光熱費で月二万。どうだ?」

「いや、どうだって言われても……。何か裏がありそうです。それか、アレですか?

 ここで、俺の帰りを待ってて欲しい的な」


 自分で言って顔を真っ赤にする河南。


「それ、死亡フラグじゃないか?」

「ですよね。そんな訳ないですよね」

「クリーニングもしてないし、荷物も置きっぱなし。それでも良いなら寝泊まりしてて良い。光熱費の支払先も変える暇無いからまとめて月二万で振り込んでおいてくれれば良い」

「うーん、好条件ですけど……」

「あーその代わり人は連れ込むな。男とイチャイチャするなら外でしてくれ」

「……先輩って、ホント訳わかんないです。何でそう言う発想になるのか」

「お前だってうら若き女子だろ?」

「はい、それ以上はセクハラで訴えます」

「へいへい」

「他に条件ありますか?」

「うーん、俺の部屋は漁るな」

「中二日記とか隠してありますか!?」

「ねーよ」

「他は?」

「うーん、家の物は勝手に使っても良いけど予備の布団は無い。食器も無い」

「それは買えば良いです。他は?」

「そんなもんかね」

「猫飼って良いですか?」

「ダメ。犬も」

「ですよね」

「一応三カ月後には帰ってくる予定」

「帰って来ても、そのまま住んでても良いんですよね?」


 え?


「良いですね。じゃ契約成立と言う事で。明日出発何時ですか?」

「えと、12時」

「じゃ、夜勤明けにお邪魔します!」

「あ、ああ」

「更に細かい話はお家で! 他に条件あったら考えておいて下さい!」

「あ、うん」


 あれ?

 何か、俺は今ハンドルを切り間違えたか?


「先輩、お茶のお代わり要りますか?」

「いや、そろそろ帰る事にするよ」


 ◆


 いやいや、前向きに考えよう。

 河南が家にいる。

 俺が死ぬと、あいつがこの家にタダで住み付く事になる。

 それは、ムカつくよな? 死ぬ訳には行かない理由が出来た!

 よし、前向き!


 風呂に浸かりながらそう結論付けた。

 そう言えば風呂も暫く入れないのかな……?

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