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35 新たな局面③

 俺のブリーフィングが終わるまで本部長代理と話し込んでいた課長とともに調布へ戻る。

 帰りの運転は俺。


「明日からとは急な話だな」

「そうすね」

「準備もあるだろう。今日は早退で良いぞ」

「そうすね」


 突然の海外派遣にいまいち頭がついてこない。


「しかしなー、折角育った部下をこうも簡単に持って行かれたらたまらんな」

「代わりの人員が来るんじゃ無いですか? 三人も」

「三人いたってお前らの代わりが務まるかね」


 ん?


「ら?」

「あ?」

「らって、誰です? 他に」

「あれ、聞いてなかったのか……」

「え?」


 口を滑らせた課長が、少し間を置く。


「久方だ」


 予想外の名前が出てきた。


「副長が? 移動ですか?」

「……辞めるんだと。もう、退職願は受け取った」

「え!?」


 菜三さんが、辞める?


「何で?」

「詳しくは知らん。聞いたが言わなかった。気になるなら本人に直接聞け」


 ……昨日、久方母が言っていた無理をしていると言う事と関係するのだろうか?

 それにしても、突然だ……。


「お前は、戻って来いよ」

「……ええ、そのつもりです」

「……この作戦な、失敗したら帰って来れないからな」


 御守庁の面子の問題か?


「大袈裟じゃ無いですか?」

「ロスアが大軍を入れないのは、封じ込めに失敗した、その先を考えてるからだろう」

「え?」

「少数部隊による作戦が失敗したと判断された後、妖魔に対し初めての核攻撃が行われる。

 その前に、空爆で一面焦土とするかも知れん」

「……」

「どちらにせよ、お前らを人身御供にする事で、御守庁、ひいてはこの国を武装化へ向かわせられる。死んで英雄だ」


 課長が恐ろしい未来を断言するように言った。

 あり得る話……。

 そう、思ってしまった。

 その後の結末はどうであれ、そう言う筋書きならばと、尻馬に乗る輩も多そうだ。


「だから、絶対に失敗するな。生きてちゃんと帰って来い」


 課長が窓の外を眺めながら言った。

 無論、死にに行くつもりは無い。

 しかし、事態は思うより深刻そうだ。


「課長、今日、二号車借りて良いですか?」

「構わんが、何をするんだ?」

「多摩センターに行きます」

「そうか。なら調布を下りた所で降ろせ。そのまま向かって良い」

「ありがとうございます」


 明日行けと言われた開発センター。

 しかし、今日行って装備を確認した方が良いだろう。

 必要なら夜中に調整が出来る。

 さらに、めぼしいものがあれば試作品も借り受けよう。こちらは余り期待していないが。

 取り敢えず今は出来る限りで万全の準備をしよう。


 ◆


 調布インターを下りた所で課長を下ろし、そのまま鶴川街道に入る。

 明日までにしなければならないことを思い浮かべ、優先順位を付ける。

 まずは、装備の確認。

 そして、装備の調整。

 最後は、残される妹たちと調布支部の面々の事。

 そう言えば、結局この二号車の妹ナビは組み上がらなかったな……。

 いや、それは帰ってくてからやる、そう、帰ってくるんだ。

 多摩川を越えながら、そう心に誓う。


 ◆


 技術開発局備品開発センター多摩分室で明日の装備確認を済ませ、そしていくつかの試作品をせしめる。

 中に、小型ドローンがあったのは僥倖だ。

 今晩中にユウをベースにしたシステムを入れてしまおう。

 おそらく派遣先でアリスとリアルタイムでコンタクトを取ることは難しい。

 であるならば、みこと直接連携させよう。

 名前はどうしようか……。

 『よーこ』。うん。それで良い。張り出した小型の二本のアンテナが丁度角のように見える。空飛ぶ羊の子。

 おっとりタイプ、居眠りグセ。そんな妹。呼ばせ方は……『おにぃ』で!

 よし、これなら今晩中に仮組み出来るぞ!


「よし、荷物装備品はこれで全部だな」


 本作成の携行装備品整備に関しての責任者である日中室長が満足気に頷く。


「ドローンだけ、このまま持って行って調整します」

「そうか。しかし、今日来てくれてよかった。明日は12時に調布飛行場に来てくれ」

「え? 成田じゃ無いんですか?」

「調布から、成田に飛ぶ」

「え?」


 そんな航路、通常は無い。


「それだけ、官邸も本気だということらしい」


 へー。


「岸田君。あちこちに思惑が有るが、結局やることは簡単だ。妖魔を倒して、そして無事に帰ってくる」

「はい」

「土産話、期待してるぞ」

「了解です!」


 こうやって、単純に送り出してくれる室長の優しさが有り難い。


「ついでに、ロスアの装備品も土産に幾つかくすねて来てくれ」

「それは、無理っす」


 前言撤回。

 とは言え、室長に心からの感謝を述べ、電話を一つ入れたのち、既に夕日の沈んだ多摩センターを後にした。


 ◆


「今晩わー」

「いらっしゃい。体調どう?」

「なんとか、大丈夫です」


 そういや、俺、病み上がりだった。

 バタバタしてすっかり忘れてた。


「まあ、取り敢えず上がって。ご飯出来てるから」

「お邪魔します」


 久しぶりの久方家。

 多摩センターを出る前に電話を入れ、迷惑とは思いつつ久方母に晩御飯をお願いした。

 これで最後になるかも、なんて事が頭をよぎった訳では無いが暫くまともな和食は食べれないだろうなと思ったら急に久方母の料理が食べたくなった。


「どうしたの? いきなり」


 菜三さんは勤務上がりで既に親父さんとビールを飲んでいた。

 懐かしいダイニングテーブルに座る。


「いや、課長から聞いた?」

「うん。海外派遣だって?」

「うん」

「あらあら、総司君が海外赴任?」


 久方母が俺の前にご飯茶碗を置く。

 昔、この家で使っていたもの。

 まだ、あったのか。


「ええ」

「何時から?」

「急なんですけど、明日からです」

「あら」

「当分うまい飯は食えなそうなので、最後に恵さんのご飯を食べておこうかと」

「あら、どれくらい行くの?」

「短くても三ヶ月って言われてます」

「そう。じゃ、たっぷり食べてね」

「いただきます」


 久方母が作った、料理が大皿でテーブルの上に並ぶ。

 噛み締めるようにその一つ一つを食べていく。


「総司君。無理せず、頑張れ」


 久方母の料理をあらたか腹に収めた後、久方父から短い激励をいただく。


「総司、ちょっと」


 そして、菜三さんに呼ばれる。

 彼女に付いて、二階の彼女の部屋へ。

 この部屋に入るのは何時以来だろうか……。


「急な話で皆びっくりしてたわ」

「だろうね。本人が一番驚いてると思うよ」

「……総司が帰ってくる頃、私はもうあそこにいないから」


 課長が言った通りか。


「どうして?」

「うーん、何でだろう。そんなにはっきりとした理由が有る訳じゃ無いんだよね」


 そう言って、菜三さんは、ベッドに座り考え込む。


「吉祥寺でさ、男連中の前に立って、奮闘したのよ。池の水被りながら」


 苦笑しながら、菜三さんが話し始めた。


「でさ、ボロボロになって、車に戻ったら、総司が寝てた」

「あー、お姫様のような顔で?」

「そう。でもその顔を見て、昔を思い出した。まだ、みつきちゃんがいた頃」


 十年以上前じゃ無いか。


「それで、その時思ったの。もう大丈夫。総司の姉は必要ないなって。

 そう思ったら、何で私は、男共を守ってるんだ? て、虚しくなった」


 アルコールでほのかに顔を赤らめたまま、菜三さんは続ける。


「だから! もう私は好きなことをするの! まずは海外旅行! 年末で高くなる前に!」


 こちらを見て、満面の笑みでそう言った。


「どこ行くの?」

「ヨーロッパー」

「何もやめること無いのに」

「いや、あの職場はヤバい」

「何が?」

「猫! アレといるとなんか、もう全てがどうでも良くなる! アレは、麻薬ね」


 意外な原因。ミーちゃん。


「ま、未婚女性のペットは色々マズイらしいからね」

「そんな年じゃない! ……多分。 でもあの猫といると、なんかそんな事どうでも良くなるの。不思議! でも、それはマズイのよ!」

「そっか。まあ、結婚して戻って来たらいいさ。そう言えば、今度一緒に海外に行く仲間が揃いも揃ってイケメン揃いなんだけど」

「何!? 確保して! あ、やっぱ良い。御守庁関係者は大体ヤバイから」

「そうなの?」

「そうよ。自覚しなさい」

「え、そこで俺を刺すの?」

「自覚しなさい」


 ◆


 その後、久方母に昨日預けた合鍵を引き続き預かってもらい、一週間に一度空気の入れ替えをお願いし、久方家を辞去した。

 詰所へ。

 連れていくみこの調整と、そして、よーこのセッティング。

 ここに残す、アリス達の調整。

 やることはまだまだ残されていた。

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