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31 人型の脅威

タイプ水魔ルカルサ人型ヒューマノイドです』


 みこが静かに解析の結果を伝える。

 人型。ついに、ここ調布にも現れたか……。


 ◆


 本日は、長倉さんと体力作り。

 週二日程度は、一緒に体を動かすようにしている。

 と言っても多摩川河川敷をランニングしてストレッチする程度だが。

 一応はパトロールも兼ねたれっきとした勤務であるので市民の皆さんは勘違いなさらぬよう。

 まあ、長倉さんは趣味みたいなものだが。

 来年の二月には、都内を42.195km駆け抜けるらしいので今からトレーニングに余念が無い。

 おそらくその日、俺は警備に駆り出されるであろうから、沿道から彼をそっと応援する、そんなシーンも有るかも知れないな、などと前を走る長倉さんの後ろ姿を見ながら思う。


 その、長倉さんがゆっくりとペースを落とす。


「はあ、はあ……」


 息を整えながら、何とか追いつく。


「ふう、はあ、どう、したん、ですか?」


 中腰で俯きながら尋ねる。


「あれ、見てごらん」


 長倉さんが、川の方を指差す。

 その、指の先にあるのは二ヶ領上河原堰。

 上流から流れて来た川の水が、ひときわ深くその水量を湛えている。

 そして、その水の上にそれは居た。

 二本足で立つ青い人影。

 細く、しかし、少し凹凸のある女性的なシルエット。


タイプ水魔ルカルサ人型ヒューマノイドです』


 静かに流れるみこの解析。

 人型。

 世界各地で数例の目撃情報、そして、嘘のような被害状況がついて回る妖魔達。

 我々が普段駆除している、小鬼ゴブリン石鬼ガーゴイルを下級と位置付け、今目の前にいる人型を中級、そうランク付ける学説も存在する。では、上級は何なのだ? と言う当然の疑問。その学者曰く、未だ目撃されていない、神話に語られる悪魔、悪神、そう言う類が上級もしくはその上の存在であろうとの事。

 目撃していない上位種の存在を示唆するその学説は、しかし、何故か一定の支持を集めている。

 さて、話を目の前の妖魔にもどす。

 タイプ水魔ルカルサ

 過去、世界で報告例は一件のみ。

 しかし、一夜にして湖畔の小さな村の住人全員を湖の底に引き込んだと言う逸話が残っている。

 ただし、それを目撃した者はいない。

 北欧の小さな国での出来事。

 ある日、村から忽然と多数の住人が消えた。

 警察、軍隊が捜索を行い、一体の妖魔を発見。妖魔は軍隊により迅速に駆除され、そして、程なくして妖魔がいた湖の中から無数の遺体が見つかった。

 どうやって、たった一体の妖魔が三百人近い人間を湖の底に引きずり込んだのか。

 その答えを知る者は、この世に存在しない。


「あれが、村人を消し去ったって話だったよね」


 長倉さんが確かめるように呟く。


「そう言う話ですね」

「どうやったんだろうね」

「どうやったんでしょうね」


 水の上に立つ、その幻想的なその姿を眺めながら川岸でそんな会話をする。


「少し、観察するか」

「そうですね。その間に応援呼びます」


 妖魔の情報は貴重だ。

 特に目撃例の少ない人型は。

 ひょっとしたら、ここで何かを明らかする事でこの先の被害が少なくなる可能性もある。

 幸い、水の上の人影は、こちらに気付いてはいる様だが、すぐに襲いかかってくる様子は無い。


「しぃ」


 詰所に連絡。


『何? お兄ちゃん』

「妖魔に遭遇。人型。斎藤を現場に寄越してくれ。ユウも、飛び立たせて。それと川向こうにも一報入れた方が良いな」

『わかった!』

「みこ、しぃに座標を転送、あと、アリスとリンクして出来る限り分析」

『はい。お兄様』

「アリス、聞いた通りだ。危険な兆候を察知したら教えてくれ」

『はい。兄様』


 応援はこれで良い。じきにユウもここに着くだろう。


「それにしても、引き締まった良い体をしているね」


 長倉さんが、水魔を見ながらそんな感想を漏らす。

 ……その発想は無かった!

 いや、確かに細い引き締まった体に見えるんだが、水の中で活動するには皮下脂肪少な過ぎるんじゃ無いか?

 でも、ま、相手は人間で無いのでそもそも体内に脂肪が有るのか怪しいが。

 いや、全身真っ青の鱗の様な物に覆われた異形を、こうも冷静にその肉付きを分析する事になろうとは。

 うーん、胸部はもう少し脂肪付いてても良いんじゃ無いですかね?


「水の抵抗を少なくするためですかね」


 一応、話を合わせる。


「無駄の一切ない身体だ。

 それにしても、どうやって水の上に立っているんだろうな」


 アメンボみたいに足の裏に秘密が有るのか?


「出来る事なら教えてもらいたい」

「そうですね」


 ニンジャとして外国人に大ウケだ。

 長倉さんは、妖魔を前にしても自分を崩さない冷静な人である。

 ズレている、と一般的には言うらしいが。

 その妖魔がゆっくりとこちらに近寄る気配を見せ、滑る様に水の上を移動を始める。


「しかし、良い身体をしている」

「そっすか」


 つるっペタだけどな。


 長倉さんが、一歩、川へ歩み寄る。

 釣られて俺も。

 上空からユウのモーター音が聞こえる。


『お兄様!』


 みこの声。

 気付くと、川まで後十数歩のところに立っていた。

 ……いつの間に?


「長倉さん!」


 俺の前にいた彼はもう既に川岸ギリギリ。


「長倉さん!!」


 再度呼び掛けるが、反応無し。

 拳銃を取り出し、彼の後頭部に狙いをつけ一発。


「イテッ!」


 コンクリートで護岸された川岸の淵、ギリギリでその歩みを止める。

 俺はそのまま、妖魔に銃口を向け引き金を引き絞る。

 発射されたエーテル弾が淡く光りながら水上の妖魔に迫る。

 しかし、その弾は標的を撃ち抜く事無く射線を曲げ妖魔の後方へ消えて行った。

 弾が、曲げられた?


「まずいぞ」


 長倉さんが後ろを振り返り、そして、狼狽しながら言う。

 釣られて振り返る。

 そこには、河川敷を散歩していたであろう人々が視線の定まらぬ表情でこちら、いや、川に向かって歩いて来ている。

 川の上の妖魔は、小さく腕を広げ口を開け体を揺らせている。

 まるで、歌う様に。


「これが、村人を消し去った正体か……」

「早めに始末しましょう」


 とは言え、どうする?

 おそらく弾は当たらない。

 しかし、長倉さんが横でお構いなしに拳銃を撃ち放つ。

 しかし、そのことごとくが妖魔へ当たる事無く空へ消えて行く。


「当たらないな」


 引き金を弾きながら、そう呟く長倉さん。


「いえ、そのまま注意を惹き付けて下さい。

 下から回ります」


 妖魔が立っている川面。

 それは、そこより十メートル程下流で急激に下に落ちる。

 川全体を横切る取水堰、その高低差4メートル程。

 その下からであれば気付かれずに背後に回れるかも知れない。

 躊躇している時間は無い。


「わかった。気をつけて。川に落ちても助けには行かないから」

「了解です」


 それを合図に俺達は二手に分かれる。

 長倉さんは、妖魔の注意を惹き付けつつ徐々に上流の方へ。

 俺は、一気に下流へ走る。


「アリス、妖魔の後ろに回る。ユウの映像を元に指示を。みこ、よろしく」

『『ハイ』』


 アリスとみこの声が届く。

 アリスの指示を、みこが翻訳。

 今の所、演算能力も考慮に入れると、それがリアルタイム分析の最適解の様だ。

 川岸から空中散歩で一気に水上へ。

 瀑布の下を水を被りながら駆け抜ける。


『お兄様、次で上に。その後Uターンです』


 みこの指示に従い四メートル上方、堰の上へ一気に飛び出す。

 そのまま180度方向転換。妖魔の後ろ姿を視界に捉える。

 このまま、背後から両断。

 警棒にエーテルの刃を出現させ距離を詰める。

 しかし、こちらの気配に気付いた妖魔が振り返る。


「チィ!」


 右手を伸ばし、そしてさらに警棒の刃を伸ばす。

 狙いは妖魔の頭。一息に貫く!

 淡く光る刃は、しかし、見えない何かに阻まれ妖魔に届く直前にその勢いが止まる。

 盾、か!?

 その直後、こちらに向き直った妖魔の体を背後からエーテルの弾丸が貫いて行く。

 そして、それと別の角度から頭部を撃ち抜く一撃。

 一瞬の後、爆散する妖魔の体。

 妖魔に刃を止められていた俺は妖魔の消滅と共に姿勢を崩すが、そこは、俺! なんとか足を動かし、空中で姿勢を持ち直す。

 そこへ、爆破の衝撃が大量の川の水を打ち上げ、それが、俺を飲み込む……。

 もう足元に足場を出し続ける余裕などあろうはずも無く、そのまま川の中へ落下した。


 ◆


 必死に水を掻き分け、堰にしがみつく。

 こちらに満面の笑みでサムズアップする長倉さんと、妖魔の催眠から解放されたであろう野次馬の姿が川岸に並んでいるのが目に入る。

 堰をスライダーの様にして下流へ転がり落ち水流の少なくなった川を歩いてなんとか川岸へ。

 そこで、止めの一撃を打ち込んだであろう斎藤からタオルを手渡される。

 長倉さんが満足そうに一言。


「囮役、お見事。それで間近で見たあいつの体はどうだった?」


 俺は、疲れ果てて川岸に座り込む。

 体? そんなのゆっくり見てる暇無かったですけど。


 ◆


 こんなずぶ濡れのままとらこの中に入る訳には行かないと、一人歩いて帰る事を選択。

 流石に十月の風は、濡れた体には少々肌寒い。

 目撃例数例の人型妖魔。そして、川へのダイブ。

 菜三さんを笑う事が出来ない不幸体質。

 いや、実は彼女の不幸体質は俺に起因しているのかもな。

 そんな事を考えながら、ずぶ濡れのまま市内を歩く。

 秋晴れの空の下、すれ違う人達の視線が痛い。

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