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閑話1 坂下りょう

「何か、スッキリした顔してない?」


 久しぶりに会った坂下の第一声である。


 ◆


 休暇初日。

 忙しさを言い訳に途中で放り投げてあった親父の遺品整理を終わらせ、家族四人で暮らしていた3LDKのマンションは見える範囲では俺の物だけになった。

 元々荷物の少なかった親父の部屋はすっかり空っぽになり、丸々一部屋が空いてしまった。

 がらんとしてしまった家の中で、万が一このままエーテル障害が回復せず、御守庁を追い出される様な事態になったらここを貸しに出して幾らかの家賃を生活費の足しにしようか、などとぼんやり考えてながら適当に昼飯を済ませいるところに坂下から連絡があった。

 夕食に付き合う事となり、わざわざ三軒茶屋まで足を運ぶ事となる。


 ◆


「今日から長期休暇だからな」


 それ以外思い当たらないのでそう答える。


「あ、そうなの? よく休めたわね。こんな時に」

「同僚の皆には申し訳無いけどね。エーテル障害って奴でさ。働こうにも働けないんだ」

「へー。一昨日の事件で?」


 歩き出しながら質問を投げかける坂下。

 店は既に決めているようだ。


 ◆


 焼き鳥屋の個室。

 とりあえず、ビール。

 一働きもしていない日に飲むビールは格別だ!


「どうだった? 吉祥寺。すごかった?」


 一口飲んだ後、質問を繰り出す坂下。

 吉祥寺、アウトブレイクの事だ。


「俺、動物園にいたからよくわかんないんだよね。世田谷は行かなかったの?」


 いや、応援要請には応えたと聞いたけど。


「それなんだけど、聞いてくれる?」

「ああ」

「私達、何してたと思う?」

「現場に居たんじゃないのか?」

「待機。一般人が撮影した映像をネットで眺めたわよ」

「あー、まあ、管轄外だからな」

「くっだらない。

 応援要請は来てたのよ? でも、こっちに流れてきたら大変だーとか、東京西の応援を軽く受けるわけに行かないーとかそんな事ばっかり」

「大変だな」

「それで、いよいよヤバそうだってなって本部からも要請が来て、いざ行こうとしたら既に道は大渋滞。

 やっと現場についたらほとんど終わってたの!」

「それは……」

「ホント、つまんない」


 ビールを呷りながら吐き捨てる坂下。


「大体、技局の試作品! 何よアレ」

「スタングレネード弾?」

「そう!」

「何って?」


 何が気に入らないのか。


「飛んでる妖魔がショックでボトボト落ちてくるのよ?」

「蚊取り線香みたいなもんか?」

「それで、地面に落ちて動かくなった妖魔を始末していくの」

「うわ、それは面倒だな」

「つまんないでしょ?」


 まあ、楽しくはないかなぁ。


「岸田君は動物園か。じゃ、一人で活躍してたのって岸田くんの事だったのか」


 恨めしそうな顔をする、坂下。

 そこに空になったビールの代わりに日本酒が運ばれてくる。


「技局の新兵器か。見たかったな」


 動物園の話はマズイ。

 特に坂下には刺激的過ぎる。


「何であんなつまんない物作っちゃうかな。

 もっと、こう、派手にドンパチ出来るもの開発しなさいよね。そう思うでしょ?」


 いや、実用性が大事なんじゃないかなー。


「色々作っては居るみたいだけどな。ブーツとか」


 あ……。

 しまった。


「ブーツ?」

「ブーツ」

「何それ?」

「踏むんだって」

「え?」

「妖魔を踏んで攻撃するらしい」

「へー」


 しばし考える坂下。


「良いわね。それ」

「いやいやいや」

「こんな風に?」


 そう言って坂下は、俺の足を軽く踏む。

 はい。

 なんとなく皆さんお気づきかと思いますが、目の前で日本酒を飲む、坂下りょう、割とSです。

 いや、他に比較対象がいないからどの辺までがSで、どこからがドSかわから無いですけどね。


「止めろ」


 足を引っ込める。

 微かに、挑発的な笑みを浮かべる坂下。

 怖い。


「そう言えば、後輩ちゃん元気?」


 え?

 何で、この流れで河南出すの?


「元気だよ。教育係も無事終了」

「あ、そう。

 良いわよね。あの娘」

「え?」

「盾の影でちっちゃくなって丸まってる姿とか」


 おい。


「なんて言うか、小動物みたいで。かわいがってあげたい感じ」


 どう言う意味ですか?

 いや、聞かぬが花……。


「私も調布に行こうかしら」


 残念!

 君が来る頃には河南はもう居ません。


「変態ばっかりだぞ」


 いや、目の前の女も中々に変態だけど。


「別に気にしないわよ?」


 いやいや、ややこしくなるから止めて。

 キャラが、混線する。


「岸田君さぁ」

「ん?」

「なんか、感じ変わった」

「何が?」

「程よく虐めたい感じになった」


 怖い。


「何かさ、前までは、闇を抱えてる感じだったのに、今はすっかり子羊みたい」

「うえぇぇ?」


 子羊……?


「いやいや、何も変わってないからな?

 生憎、虐められるのは趣味じゃないし」

「あらそう? 楽しいよ?」


 いやいやいや。

 新しい世界を開ける気は無いのです。

 そんな、挑発するような笑みを向けても駄目です。


「すいませーん、日本酒おかわり」

「あ、俺も」


 今日は、酔って逃げよう。

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