26 取得!有給休暇!
「エーテル障害!?」
開き直った俺の明るい報告に目の下に隈を作った課長はこめかみを抑える。
◆
今朝早く、報告の為に急遽、立川にある東京西支部司令室に呼び出された俺と副長は詰所による事なく、立川へ直行。
昨日より、断続的に続いていたらしい対策会議にて事件を口頭報告。
「なんか、めっちゃ妖魔がいるんで、無我夢中で退治しました」と適当に報告した俺に、単独行動は控えるべしと、杓子定規以上の言葉は無かった。
その後は、睡魔と戦いながら会議の様子を眺める無為な時間を過ごす。
まあ、事件鎮静後から、現在に至るまで日本各地の妖魔発見通報が皆無であると言う嬉しい報告もあったが。
分析部のデータサイエンティスト君は、断ずる事は出来ないが当面妖魔の出現は無いのでないか、とも言っていた。
結局、副長に続き、俺も睡魔の猛攻に耐え切れなくなった後、都合何時間続いたのか聞く事も躊躇われる対策会議は一旦終了となった。
解散後、既に昼近くとなっていたので帰りがてら昼食を食べる運びとなる。
吉祥寺支部が先導する中、五日市街道沿いにあるイタリアン料理の店に入る。
「あー、疲れた。何でこう、無駄な事がお好きなのかしら」
「それが彼らの仕事だからね」
「全部無駄と言う訳ではないでしょう。それに、重要なのは、互いに話し合った上、落とし所を見つけたと言う事実では無いですか?」
「そんな事実は、半月後には無かった事になるのよ」
心の底から嫌そうな顔をして毒を吐く美人、吉祥寺支部伊藤課長。
疲れた顔で同意する調布支部遠藤課長。
そんな二人をたしなめるのは、爽やかな顔をしたイケメン、吉祥寺支部の鈴本樹三郎係長だ。
店に入ってから、メニューを開き、水を注ぎ、と周囲に対し圧倒的な気配りを見せる。
絶対モテるだろうな。
甲斐甲斐しく動くその様を見ながらそう思った。
結局、食べ終わるまで三人は終始そんな感じであった。
あんな、気配りイケメンならさぞや、と思い、調布へ向かう帰りの車中で副長にそれとなく水を向けてみたのだが。
「あの人、岸田と同じ空気を感じる。ちょっと無いな」
との事。
俺、あんなに回りに気配り出来ないし物腰も柔らかく無い。
似てると言われ向こうが迷惑だろうな。
「一歩下がって上司を立てる。あれこそ部下の鏡だ」
そう課長がボヤいた一言に、しかし部下二人は沈黙を決め込んだ。
そんな感じで、この先絡むかわからないキャラを掘り下げつつ、調布支部に着。
そして装備の点検をした後、冒頭に戻るである。
◆
「ええ。どうもその様です。装備兵器一切が反応しません」
エーテル障害。
未だその原因は定かで無いが、エーテルが使えなくなる現象である。
極度のエーテル使い過ぎを原因とする説が一般的ではあるものの、はっきりと断定されていないのは偏にその道の専門家がいない所為に他ならない。
警棒も、拳銃も、もちろん試作品の針も全てが無反応。
思い当たるのは、昨日の動物園での無茶。
「久方、井下はどうだー?」
俺と同じく昨日エーテルを大量消費した二人に声をかける課長。
「問題ありません」
「同じく」
背中越しに頼もしい同僚の返事。
「そうか。
で、どうする」
俺の肩越しに同僚に向けていた視線を再び俺に転じ問いかける。
「いやー、どうもこうも仕事にならないので暫く休暇を頂こうと思います」
「まぁ、仕方無いな……。明日からか?」
「そうですね」
「期間は……わからんよな」
「そうですね。取り敢えず二週間。回復しなければまた連絡します」
エーテル障害が回復する為の目安、と言うのは存在しない。
事例が少ない事もあるが、最短で三日から、二年経っても回復せず、と言う報告まで様々である。
配属されてからこれまで、一度も使ってない有給休暇がたんまりとあるのだ。
ここで思い切って使うのも悪く無い。
「二週間か……。長いな。まあ暫く妖魔の出現は無いだろうと言う言葉を信じるか」
「ありがとうございます」
「どっか行くのか?」
「いきなり何で、何も決めてませんが、箱根に行こうかなと思ってます」
その言葉に、何かを感じ取った課長の目が険しくなる。
「戻って来るんだろうな?」
「そのつもりですが」
箱根。
御守庁の研修センターがあり、技術開発局の責任者が現在そこに身を寄せている。
研修センターに開発局の責任者が居るのは、後進の育成に心血を注いでいるなどと言う微笑ましい理由などでは決して無い。
その研修センターに、技術開発局局長の研究室が併設されているからである。
研修センター自体は、天然温泉を備えた宿泊施設となっており、御守庁関係者であれば、個人、団体問わず利用が可能。朝夕二食付きで、何と一泊2,500円!
これも偏に、皆様の税金のお陰である。
いや、正直、こう言う金の使い方してるから世間から風当たりが強いんだと思うけど、その恩恵にあやかろうと言う身からは何も言えないのである。
「まあ良い。俺は今日はもう帰るから、昨日の報告書と休暇届け、出しておけ。
それより長くなるなら改めて連絡しろ」
「了解です」
敬礼をして、席に戻る。
「ったく、気合いが足んねーんだよ。とっとと直して戻って来い」
井下さんから彼なりの温かいお言葉。
「はあ。人員のやりくりを考えると頭が痛い」
副長がボヤく。
すいませんね。苦労を掛けて。
温泉饅頭でも買ってきますよ。
ひとまず、報告書の作成に取り掛かる。
「そうだ。河南の新人教育の報告書、アレも今日中に纏めておいて」
「あ、はい」
そうか。
何時まで伸びるかわからないが休暇が明ける頃には既に異動しているか。
最後の手向けに一割増しぐらいに褒めて書いておこうか、と、今は無人である向かいの席に目をやりながら思う。
長い様で短かった三ヶ月の終わり。




