20 黄昏時のモノレール
モニタールームに戻ると河南が待っていた。
「お疲れ様でした」
スポーツドリンクを差し出す河南。
「ありがとう。て言うか、まだ居たのか」
「居ましたよ。試作品、見てました」
「変なのばっかりだったろ?」
「えっと、個性的でしたね」
一瞬、室長の方を見た後、オブラートに包んで返答をする。
「何か、気になるのはあったかな?」
室長が、新たな獲物を見つけたと言う気配を隠そうともしない。
「室長、巻き込まないでください。彼女は、変態では無いのです」
「そうか……。それは残念だ」
「何ていうか、先輩がここに呼ばれている理由がわかった気がします」
「そうかそうか。今度局長も紹介しよう!」
何故か、嬉しそうな室長。
この変態どもをまとめ上げる変態。鍋嶌直正技術開発局局長。
いずれ紹介する機会もあるだろう。
「では、そろそろ引き上げます」
「ああ、今日はわざわざありがとう。また、いつでも遊びに来てくれ。何なら机も用意しておくよ」
「いやいや、今のところそういう予定は無いです」
「何なら河南君もどうだい?」
「え、私ですか?」
「ああ、歓迎するよ。君は何かと改造し甲斐がありそうだ」
とてもアウトな事を言う変態室長。
「さ、帰ろう。五体満足なうちに」
「は、はい」
これ以上、河南を怖がらせても何の得も無い。
◆
御守庁技術開発局備品開発センター多摩分室を辞去し、多摩センターの駅へ向かう。
もうすぐ日が沈み、黄昏がすっぽりと町を包むだろう。
電灯のつき始めた坂道を駅に向かう。
「もう、こんな時間か」
「課長の言った通りでしたね」
「そんなつもり無かったんだけどなー。何か食べていくか」
「はい!」
とりあえず、駅まで行けば何か食べるところはある。
何があるかは知らないが。
その辺、河南に任せたら適当に店選んでくれたりしないだろうか。
「先輩、来た時に気になったんですけど、あれ、何ですか?」
駅まで戻ったところで河南が、上を指さす。
「多摩のモノレール」
「モノレール。どこまで行くんですか?」
「立川のもうちょっと北あたりだったかな」
「そうなんですか」
「あんまり乗ったこと無いな。動物園の横通って、確か、高幡不動まで行くはず。帝王線の」
「乗りません?」
「え、良いけど何で?」
「ちょっと、楽しそうです」
◆
急遽、河南の願いでモノレールに。
日が落ち、明かりがともった多摩の町を下に見ながらモノレールは進む。
その景色を、静かに見つめる河南。
さっきもらったペットボトルに口をつける。
この先、トンネルに入って、そして動物園の入り口が見えるはずだ。
子供の頃の記憶。
十分強の時間。
静かに、ゆっくりとモノレールは進む。
記憶通り、モノレールがトンネルを抜け、そして、左に動物園の入場門が見える。
「動物園……。パンダ、いますか?」
「いなかったと思う」
「そうですよね。あれは上野でした」
「ライオンがいたかな」
「へー。ライオンか。先輩と同じですね」
「え?」
「ライオンの群れって、一頭のオスがハーレム作ってるらしいですよ。それで狩りをするのはメスの役目らしいです」
「俺、そんなの作ってないけど?」
「先輩と妹ちゃんたち」
「いやいやいや、ハーレムではないだろ。それに俺は妹を守る方だ」
河南が小さく笑う。
「ホント、先輩って変な人ですよね」
モノレールが高幡不動に到着した。
◆
モノレールと帝王線を繋ぐ駅ビル。
その中の一軒のラーメン屋で晩飯。
デートでも無い同僚同士ならこんなもんだろう。
「聞いて良いですか?」
「ん?」
「その顔、どうしたんですか?」
みんな聞いてくるな。
「殴られた」
「誰にですか?」
「お蕎麦屋さん」
「お蕎麦屋さん?」
「お蕎麦屋さん」
「まさか、食い逃げ? そんなにお金無いんですか? 先輩」
「違う!」
「じゃ、なんでですか?」
「……ビール掛けたから」
「お蕎麦屋さんに?」
「客に」
「何でそんな事したんですか?」
「つい、カッとなってやった。今は反省している」
「反省しているんですね?」
「してるよ」
「なら良いです」
いや、何で上から目線何だい?
「先輩、教育係なんですからちゃんとお手本になって下さい」
「それも、もう終わりだろうな」
「え、そうなんですか?」
「もうすぐ三カ月だ。もう一人前だろ。でなきゃ困る」
「そうですか」
そう。
もう、夏も終わる。
「引越し先、決まったのか?」
「まだです。吉祥寺にしようかと思ったんですけど、ちょっと高いですね」
また、吉祥寺か。
一体あの街に何があるんだ?
「吉祥寺ね」
「あれ? 不満そうですね」
「いや、別に」
「嫌いなんですか? 吉祥寺」
「吉祥寺、マジ最高ッス、って東堂が言ってたから最高なんじゃないかな」
「え、あの人吉祥寺に住んでたんですか?」
「らしいぞ」
「何だろう。吉祥寺のイメージが少し変わりました」
「何でだよ、東堂にも吉祥寺にも失礼じゃないか」
困らせるつもりは無かったが、結果的に困惑させてしまったみたいで、その様子に笑いながら言う。
「先輩が言い出したんじゃないですか」
河南もつられて笑う。
ちょうどそこにラーメンが運ばれて来た。
◆
帝王線、高幡不動駅上り線のホーム。
ちょうど入ってきた、特急電車に飛び乗る。
俺は調布まで。河南は、終点の新宿まで。
「しかし、山でしたね」
河南がさっきまでいた街の感想を洩らす。
「確かに」
「調布も似たようなものですけど」
笑いながら職場を評価する。
「ここまでじゃ無いだろう」
「まあ、ここまでじゃ無いですけど、田んぼあるんですよ? 東京ですか? て感じじゃ無いですか」
「牛もいるしな」
謎の田舎自慢。
いや、自慢になるものでも無いのだが。
「多摩センター。あの辺さ、たぬき合戦の映画、あれの舞台らしいぞ」
開発の進むニュータウン。
もう、過去の話だが。
「へー、そうなんですか。まだ、いるんですかね? たぬき」
「いるんじゃないか?」
電車が、次の駅へ止まりドアが開く。
「あれ? 今の……」
「どうした?」
電車が再び動き出す。
「発車ベルが、カントリー……」
「あれも、今の所が舞台らしい」
「へー。聖地ってヤツですね」
「そう」
「調布は何か無いんですか?」
「妖怪の聖地だろ」
「妖怪? 赤い猫ですか?」
「そっちじゃ無いよ。良く知ってるな」
「いとこに教えてもらいました」
「調布は正統派妖怪」
「正統派って何ですか?」
「水城先生だよ」
「あ、そっか。いろいろ置いてありますもんね」
詰所の目の前の天宮通り商店街には、キャラクターの像が置かれているし、詰所がその一角を間借りしている布多天神宮は物語の主人公が住んでいる所らしい。
謎の調布自慢。
「妖怪の聖地に着きましたよ」
「ああ。お疲れ」
「お疲れ様でした」
電車を降りてそのまま改札を抜ける。
妖怪が出迎えてくれる商店街を抜け、詰所に戻る。
「お疲れさまでーす」
「あれ? 戻ったのか」
詰所には課長だけが残っていた。
本日の夜勤は課長である。
「はい。開発局から試作品渡されたので、置いてきます。ついでに、そのデータの確認。河南は連絡した通り帰しました」
「わかった。ご苦労さん」
俺は自分の机で、開発局員から送られて来ていた試作品のデータを確認する。
少しのつもりが、いつの間にか日付が変わっていた。流石に課長が迷惑そうにしているので辞去する事にした。




