1 急行!商店街!!
『御守庁準備室より入電。
天宮通り商店街にて妖魔の目撃情報。
至急、現場へ急行して下さい』
詰所に愛くるしい声が響く。
オペレーターAI。
発足当初は人員を置いていたのだが、圧迫される予算や人手不足による労働時間過多など多角的な要因から、現在は市民からの情報提供への対応、及び、御守庁各詰所、職員への伝達は全てAIがこなしている。
オペレーターを務めるのは『しぃ』。
小柄な身長に似合わず、存在を主張する確かな胸を持った、ハキハキとして良くしゃべる元気っ娘。
「と言う訳らしいから、岸田、ちょっと様子見に行ってきてくれ」
「了解です」
この詰所の責任者、遠藤勇課長が指示を出す。
本来であれば、妖魔に対応する出動は二人一組で行くのが規定となっているのだが、生憎今は俺以外の人員は定時パトロールで出払っている。
それに、通報に有った天宮通り商店街はこの詰所から文字通り目と鼻の先。
ロッカーから警棒と拳銃を取り出し腰に下げる。
『いってらっしゃい! お兄ちゃん! 頑張ってね!』
「ああ! 頑張るよ!!」
しぃが元気良く送り出してくれるのに全力で答える。
愛くるしい俺の妹。
彼女を作ったのは、何を隠そうこの俺。
前述の理由で、オペレーターが居なくなりそうだと感じた俺は勤務時間を利用し代替機能として『しぃ』のプログラムを完成させた。
実の所、妖魔が現れ出動する事など月に一度あるか無いかぐらいの頻度なのである。
しかし、何時現れるか分からない。しかも、通報が在ったら即座に駆けつけ対処しなければならない、と言う事情が有り、この詰所で待機する暇な時間が多い。
まぁそうやって存在をアピールしないと、庁の存在意義すら疑われかねないので上も必死なのだろう。
そう言った事情もあり、基本的に詰所にいる時間は裁量で自由な行動が許されている。その時間を利用し、俺は妹を作っているのだ!
電話番なんて言う業務で俺の時間が潰される事は耐え難かったしな。
今や『しぃ』は全国一千箇所以上に上る詰所、その全てで用いられている。
と言っても、彼女が『お兄ちゃん』と呼ぶのは俺だけだけどな!
余談だが、本部で全国からの入電を一手に捌いているのは彼女の妹分に当たる『まこ』だ。
スラリとした美しい足が魅力的な、少し控え目な胸を持ったクールビューティな俺の妹。
本部で仕事をしているので、会話する機会は少ないが時たま見せるデレがたまらなく可愛い!
たまらなく可愛い!
イヤホンを装着しながら、 メガネに付けたウェアラブル端末のスタンバイを解除する。
前述の理由で、しぃとまこ、二人の妹が本部に出向く際に、俺と俺の技術に興味を覚えた技術開発局の連中がプロトタイプとして開発中のデバイスを是非にと提供してくれた物。
好きにして構わないと言われたので文字通り好きに改造して、時折フィードバックを送り付けている。
連中としてはそんな胡乱な方法でなく、直接俺を開発局に引き抜きたいらしいが、人員不足を理由に課長が首を縦に振らないらしい。
俺としても、勤務地が遠くなるのは御免なので極力お断りしたい話である。
デバイスがメガネのグラス越しにスタンバイOKを俺に伝える。
『おはようございます。お兄様』
イヤホンから静かな声が聞こえてくる。
元は、とある知り合いから流してもらった戦術分析プログラム。それを、清楚な優等生、欠点らしい欠点は無いが唯一胸だけが残念と言う可愛い俺の妹『みこ』に生まれ変わらせた。
本来なら、国単位の戦闘をリアルタイム解析して戦況のコントロールが可能なポテンシャルを秘めている。なにせ、元になったプログラムに『A-bomb』と言う項目があり、そのパラメータの仔細さから、あ、これ、ホンマもんのあかんやつだ、と判断した俺が出所の詳細を聞く事を止めた代物。
そんな能力を持ってはいるが、今、彼女が居るのは小型なメガネ用デバイスの中。
その能力は一割も発揮出来ていない。
しかし、こうして俺に声を掛けてくる。
それだけで十分だ!
いや、それ以外に何か望む必要など無いではないか!
『最新の目撃が三分前に南側の出口付近。状況が変わり次第すぐに知らせます。その……気を付けて下さいね……お兄様……』
「ああ、ありがとう」
それ以外に何か望む必要など、無いではないか!!
横断歩道を渡り天宮通りの北口。
平日の午前なのでそれ程人は多く無い。
『目標は商店の屋根伝いに北へ移動を開始』
「了解」
屋根の上か。
俺は銃を手にして、小走りに商店街を走り抜けて行く。
ベレッタM84をモデルにしたと思われるそのフォルムは、しかし、モデルとなったそれより一回り小さい。
依式自動拳銃。
トリガーを引き絞ると、6ミリ程の球形のエーテル弾を360m/sの速度で射出する。
連射、最大四発。四発毎に銃身を下に向け、リロードスイッチを押さなければならない。
仕様上は、リロード無しの無制限運用が可能な設計になっているが、装備として多数の人員が用いるのであれば警察官が使用する同系統の装備より性能を抑える事が望ましい、と言う訳の分からない警視庁の横槍によってこの方式になったと聞いている。
開発局の担当者は激怒したらしいが。
尚、打ち出されたエーテル弾は妖魔以外には作用しない。人や建造物などに当たると一瞬で弾が砕け散る。衝撃はほぼ無い。
俺の様にエーテル適正を持つ人間に当たると話は別だがそれでも輪ゴムで弾かれた程度の衝撃だ。
ついでに紹介すると、拳銃と共に対妖魔の武器として使用するのが依式警棒。
10センチ程のグリップに54センチのエーテル体を顕在化し使用する。
エーテル体自体は、もっと長く出来るのだが、これも前述と同じ横槍で全長64センチが標準装備になっている。
開発局担当者の反応はご想像にお任せする。
視界の隅に建物の上を素早く動く黒い影を捉える。
体長70センチ程の猿の様なその影は真っ直ぐこちらに向かっている。
足を止め、拳銃を両手で構える。
「御守庁です。只今より駆除を開始いたします。ご安心ください」
大声でまばらな通行人に声を掛ける。
芳しい反応は、無い。
『識別。型小鬼』
屋根から屋根へ飛び移る妖魔に向け、トリガーを引き絞る。
一発、ニ発、三発、四発。
動きが早く、狙いが定まらない。
銃を下げ、リロード。
再び狙いを付ける。
一発、ニ発、三発……当たった!
小鬼は、エーテル弾に肩口を貫かれ、此方に明確な敵意を向け動きを止める。
構わず四発目。
地面に向け大きく跳躍し躱される。
地面に降り立った小鬼に銃を向ける事を諦め警棒を取り出す。
害は無いとは言え、流れ弾が一般市民に当たろう物ならかなりの確率で面倒事が付いてくる。
醜悪な表情のソレは歯茎を剥き出しにして、奇声を発し、此方に飛び掛かってくる。
警棒にエーテル体のブレードを出現させ、すれ違い様に振り下ろす。
正中線を大きく逸れた剣筋は、小鬼の片腕を落とすのみに留まる。
追撃を、そう振り返り、異変を目の当たりにする。
『変体!? 型石鬼! データに乏しい。用心して下さい』
背中が裂け、体内から、蝙蝠の如く羽を生えさせていた。
目撃するのは初めて。みこが取り乱すのも無理は無い。しかし、瞬時に名前を言い当てる辺りきちんと勉強してるんだな。エライエライ。
「飛ぶのかな?」
『はい。幾つか事例が。飛んで、逃げます』
何?
わざわざみこが警告したのには意味があるのだろう。
つまり、ヤツの主な行動は逃走。
逃すのは、不味い。
再度見付けるまで、捜査網を敷かなければならない。
そんな事に成ったらどれだけ時間外労働が発生するか。
そして、その事でどれだけ上司に文句を言われるか……。
此方に背を向けたまま羽を上下に動かす石鬼に全力で駆け寄る。
だが、間に合わず石鬼が飛翔をする。
羽虫の様に羽を忙しなく動かしながら、前に、そして、上に逃走を開始する。
逃すか!
俺は、地を蹴り空中を駆け上がる。
空中散歩。
何の事は無い、上げた足の下にエーテル体を出現させ、その上を移動しているだけ。
しかし、空間にエーテル体を固定する事が技術的に難易度が高く、その持続時間、およそ三秒。また、一度体重を掛け踏み抜くと砕けてしまう。ただ、その際反発力が得られるので、三歩でビル五階程の高さへ登る事も出来る。
一歩足を出す度に、足の着地地点にエーテル体を正確に出現させるテクニックが必要になる。
これが、意外と難しいらしい。
まぁ、何も無い空間を、足場がある事を信じて走り抜けって言われてる様なもんで、心理的な障壁が大きい様だ。
俺の知る限り、他に使えるのは一人しかいない。
そいつについてはいずれ紹介する機会もあるだろう。
そんな、高難度の技術を俺が扱えるのにはちゃんと理由がある。
『兄貴なら出来る! 信じてる!』
俺専用のトレーニングプログラムで有る、うしこ。
只今、青春真っ只中。体育会系、推定Eカップ。熱血ど根性な俺の妹。ブルマ姿がデフォ。
妹が信じている事を、俺が疑うなんて可笑しいだろ? 妹が出来るって言ったらそれはもう、事実なのだ!
『お兄様! 50センチ届きません!』
瞬時に彼我の距離を計算した、みこの声に現実に引き戻される。
「逃すかぁぁぁぁぁ!!」
みこの前で情け無い姿は晒せない!
うしことの特訓を無駄にする訳には行かない!!
頑張ると言ったしぃとの約束を破る訳には行かない!!!
警棒に、意識を込める。
其れに応え、エーテルの刃が伸びる。
刀身、およそ160センチ。
限定解除。
技術開発局、怒りの試作品。
試用レポート提出のオマケ付きで俺に託された一品。但し、認可は下りていないので実戦使用は厳禁。
でも、コイツは絶対使う! そんな開発局の思惑が透けて見えるのだが、まぁ許容範囲内だ。
下からすくい上げた刃が、逃げる石鬼を左右に両断。
その活動核を破壊された妖魔は、一瞬で色素を消失させた後、さながら、砕け散るオランダの涙の様に爆砕し、消滅した。
妖魔のその実態の解明が遅々として進まないのは、死体が残らないと言う事も大いに関係している。
頭部と胸部に有る活動核と呼ばれる箇所。
そのいずれかを破壊すると妖魔は今の様に消滅する。
しかし、活動核の破壊以外、妖魔の活動を停止させる術は無い。
衝撃を逃す様に足全体に意識を向けながらランディング。
『お兄様、流石です』
同時にみこの賞賛が届く。
空中移動の派手な立ち回りに、珍しく通行人からパチパチとまばらな拍手が起きる。
「ども。ども。駆除は無事完了しました。お騒がせしました。皆さん元気にいってらっしゃいませ!」
周囲に頭を下げながら挨拶。
こんな俺でも、地域の平和を守る公務員。
市民の皆さんを敵に回すなど以ての外である。
◆
「ふーん。 ガーゴイルなぁ……、実は昨日渋谷近辺にも出没したらしい。取り逃がしたんで無かった事になってるが」
口頭にて報告を上げた課長から驚きの事実。
と言うか、無かった事になった事案をどうしてこの人は知っているのだろう。
開発局から俺の身柄を守っていたりと、意外に暗躍している感がある謎の人。
元々は警察官。放り出されてここに居ると言う話だが。
「そう言う訳だから、報告書はお前の所感をたっぷり盛り込んだ分厚い奴を作ってくれ」
「了解です!」
みこに手伝って貰って長大な奴を作ろう!
兄妹の共同作業だ!!
「それとなー、警棒の試作品。あれの始末書もな」
「んげ」
「まあ、今回は始末書で済む様に掛け合ってやるから」
課長が悪い顔としか言いようの無い表情でニヤリと笑った。
そんな、平和な一日。