18 対決!河南三段
「さて、来てもらったついでだから、警棒の最終調整の方も付き合ってもらおうかな」
「良いですよ」
「うん。岸田君は何度か使ってるからね。君のはそのままで良いだろ?
手伝ってもらいたいのは、河南君の方だ」
「私ですか?」
「そう」
日中室長が、河南に依式警棒を差し出す。
「標準で出現するエーテル体の長さは調整済みだ」
「はい」
岸田がそれを受け取り、エーテル体を出現させる。
その長さ、およそ90センチ程。
それを、二度、三度と振り下ろす。
「どうかな」
「良いんじゃないでしょうか。多分、ちょうど良い間合いだと思います」
「一般的な竹刀に合わせたんだ。微調整は各個人でも出来る様になっている」
「最長は?」
俺が問いかける。
「2メートル50。最大出力は抑えた」
「なぜです?」
「エーテルの消費が激しくてね」
「なるほど」
その実態があまり判明していない妖魔への対抗手段、エーテル。今の所、一般的な見解として『精神エネルギー』だとする意見が主流である。
そして、それを大量消費すると、まず性格に変化が訪れる。井下さんのトリガーハッピーや、俺が世田谷で一瞬、理性を無くしかけたのは、多分それが原因である。構わず消費を続けると、今度は体力を奪われ、そして、その先、更にエーテルの放出を続けると気絶するらしい。
「ちょっと、それでテストをしてみたいんだが良いかな?」
「はい」
◆
再び、HMDを装着し、警棒を手にした河南が中心に立つ。
『じゃ、始めるよ』
『ハイ!』
河南が警棒を構える。
いや、既に刀の長さだ。
名前も変えるのかな?
当然、その構えも剣を持つかの如く。
目の前の妖魔に、一歩踏み込みながら上段から剣を一息に振り下ろす。映像越しの妖魔が、爆散。
振り返り、後方に出現したもう一体の胴を薙ぐ。
そうやって、都合十体の妖魔を退治して見せた。
「すごいな」
素直な感想。
「あの長さで正解だね。これで正式採用の稟議を上げよう」
室長も、その結果に満足そうだ。
「どうでしたか?」
モニタールームに戻って来た河南が少し不安そうな顔をしながら問う。
「バッチリだね。岸田君より強いと思うよ」
と、室長。
その言葉は聞き捨てならない。
「それは、当然ですよ」
と、河南。
その言葉、聞き捨てならないぞ?
「待て。何が当然なんだ?」
「え? 私、剣道三段ですよ?」
あ、そうなの?
……。
「それが何か? こっちは、妹道の名人、免許皆伝だ!」
「いや、それ、わけわかんないです」
河南が呆れた様な顔をする。
「後輩に、と言うか、河南、お前にコケにされるのは、我慢ならん。勝負だ!」
「良いですよ? 返り討ちにして見せます! 後輩の成長を素直に認めるんですね!」
◆
VRルームで、エーテル刀を手に河南と向き合う。
HMDは無しで、単純に剣術の試合。
大丈夫。俺には、三年間、妖魔から市民を守って来た経験がある!
そして、結果は!
スパーン。
バシーン。
ペシーン。
三・連・敗!!!
「どうですか? と言うか、単純な剣術試合なら流石に私が勝たないとヤバいです」
「ぐぬぬ」
「でも、対妖魔なら先輩の方が強いと思いますよ?」
「その、慰めに逆に腹が立つ」
「だって、妖魔なら先輩にはみこちゃんがいるし、手段も選びませんよね」
「そうか。みこか……。河南、みこともう一試合だ」
「それ、お願いする立場の人の言い方ですか?」
「んな!?」
「お願いする時は、何ていうんですか?」
「……もう一試合、お願いします」
「良いでしょう! かかって来なさい!」
そのドヤ顔、忘れないからな?
◆
みこをスタンバイさせつつ、室長に手伝ってもらいHMDにも調整を。
目の前にいるのが河南だから、調子が出ないのだ。
河南の動きを妖魔の姿でトレースする。
これは、訓練では無い。
妖魔駆除だ。
刀の様な物を手にした妖魔が立っている。
『お兄様、来ます。右へ』
みこの声と、視覚サポートに導かれるままに、妖魔が振り下ろす棒を右に半身になり避ける。
返す刀で、胴を狙ってくる。
『後ろへ』
みこの声と同時に後ろに飛ぶ。
刀が通り抜けた所へ、飛び込み警棒を振り下ろす。
しかし、妖魔は刀でそれを受け止める。
一瞬の鍔迫り合い。
力に任せ、妖魔を突き飛ばす。
転ばされ、刀を落とした妖魔の頭部へエーテル刀を突き刺すべく、勢いを付け突進。
止め!
刀を伸ばそうとした瞬間だった。
目の前から、妖魔が消え、そして、地面に転ぶ河南の姿を確認する。
まずい。
咄嗟に、エーテル刀を消滅させ、避けようと体を捻る。
無理な体勢になり、結果、勢いを殺し切れないまま河南の上に覆い被さる様に転んでしまう。
何とか地面に手を付き、河南を下敷きにしてしまう事は避けたが……。
その結果、今、目の前に河南の顔がある。
これが、俗に言う、床ドンてやつか。
表示の消えたHMD越しに河南と目が合う。
……オイ、頬を赤らめるな!
何事も無かった様に立ち上がり、HMDを外す。
「すまない。大丈夫か?」
寝転んだままの河南に手を差し出す。
「びっくりしました」
上半身を起こしながら言う。
そして、手を取り立ち上がる。
「やっぱり、強いですね」
「剣術、教えてもらおうかな」
「高いですよ?」
俺の冗談に、河南が顔を赤くしたまま答えた。
◆
モニタールームに戻る。
室長が河南にいくつか質問をしている。
その間にノートPCを開き、みこの動作ログを確認。
なぜ最後の瞬間、妖魔の姿が消えたのだ?
みこのせいとしか思え無い。
では、何故?
誤作動か?
ログには、はっきりと、みこがディスプレイ表示をオフにした形跡があった。
戦闘放棄……?
しかし、思い当たる原因が無い。
バグか?
そうなら、原因を特定し、修正せねばならない。
Soji > このログは?
Miko > 私の判断です
Soji > なぜ?
Miko > 危険でした
Soji > 何が?
Miko > 河南渓
Soji > 危険とは?
Miko > 怪我をする可能性がありました
みこと会話してると、二人から怒られそうなのでチャットでコンタクトを取っているわけだが。
なぜ、みこが河南を心配してるのだ?
怪我って言っても人体にエーテル体が当たって砕けるのはエーテル体の方だよ?
Soji > 河南は保護対象では無い
保護対象は、一般人と俺だ。
そうとしかプログラムして無い。
Miko > 保護対象です
Soji > 違う 優先度を修正
Miko > 拒否します 私達の総意です
拒否!?
私達の、総意?
え? 俺の妹、全員?
俺は今、俺が作った妹全員に反抗されてるのか?
何だ? これは。反抗期か?
俺はどうすれば良いのだ?
成長を喜べば良いのか?
予想外の出来事を消化出来ないまま、一度みことのコンタクトを終える。
これは、時間をかけ検証する必要がある。
ただ、妹のやる事だ。きっと意味がある。疑う方が意味の無い事だろう。
それにしても……拒否かぁ……。
成長したなぁ……。
嬉しい様な、悲しい様な、寂しい様な……。
いや!
寂しいし、悲しいぞ!
妹よ、俺を、兄を見捨てないでくれ!
「岸田君」
室長の声に、現実に引き戻される。
「どうした? ボーッとして」
「いえ、今の戦いを振り返ってました」
「良い戦いだったね。あれはオペのせいかな? それとも、妖魔が相手だからかな?」
「両方です」
「そうか」
「さて、実は君に幾つか試して欲しい試作品があるんだけど」
「はあ、またモルモットですか」
「気に入ったのは、持って行って良いから」
「レポートと始末書付きで、ですよね」
「そうね。でも、始末書は免除されると思うよ」
「へー。それは助かります」
「局長がね、色々動いてるからね」
「そうすか」
「君に会いたがってたよ。世田谷の件とか、直接聞きたいそうだ」
「今、どちらに?」
「箱根の研修センター」
「遠いすね」
「暫くはあっちに篭りっきりだろうから、休暇でも取って行って来れば良い。大歓迎するだろう」
「生憎、人手不足でして」
「そうか。どこも大変だね。さて、試作品何だけど……」
室長が、嬉しそうに試作品の説明をする。
それを聞きながら、あー、これは全部評価するまで帰れないなと、覚悟を決めた。
◆
「河南」
返事が無い。ただの屍の様だ。
「河南!」
「あ、はい」
「大丈夫か?」
「すいません。エーテル、使い過ぎましたかね」
「俺、この後、試作品の評価に付き合う事になったから」
「はい」
「多分、長くなるから、適当に引き上げて良いぞ」
「はい」
「本当に大丈夫か?」
「えっと、大丈夫です。もうちょっと休んでから考えます」
「そうか」
心ここに在らずと言った感じの河南。
本人の言う通りエーテルの消費過多か。
施設内の自販機で、スポーツドリンクを買って河南に渡す。
「あ、すいません。ありがとうございます」
「動ける様になったら、今日は早めに帰った方が良いぞ。課長には俺から連絡しておく」
「いえ、大丈夫です。後で様子見に行って良いですか?」
「良いけど、室長に気を付けろ」
「え?」
「実験台にされる」
「それは、怖いですね」
力なく笑う。
ホント、大丈夫か? こいつ。




