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17 直帰!技術開発局

「お前、何だその顔?」


 開口一番、課長の台詞。


「すいません。私的な理由です」


 青くなった俺の口の横。

 原因は井下さんの『昔の仲間』の不器用な思いやり。


「私的、ねぇ……」


 課長が、視線を河南に向ける。

 河南は、少しきょとんとした顔をした後、大げさに顔の前で手をパタパタと振る。

 次いで、課長の視線は副長に転ずる。

 副長は小さく顔を横に振るのみ。


「……しばらく、外回りは無しな」

「了解です」


 たく、何を想像しているのだろうか。

 ウチの課長は。


 ◆


「岸田、そう言えば技局、顔出せないかって相談来てたな」

「ですね。断ろうかと思ってますが」

「行って来い。その顔じゃここに居てもやること無い」

「あー、そういう事なら顔出してきます。場合によっては、そのまま直帰で良いですよね?」

「構わんぞ。ついでに河南も連れてけ」

「え、何でですか?」

「行けばわかる。河南、技術開発局、初めてだろ?」

「はい!」

「じゃ、一度見てくると良い」

「了解です!」

「場合によっては岸田置いて帰って構わんから」

「は、はあ」


 いや、そんなに長居するつもりも無いんですけどね……。


 私服に着替え、調布駅から下り方面へ。

 目指すは多摩センター。


「先輩って、どうして開発局に呼ばれてるんですか?」


 電車内での河南の質問。

 昼を過ぎ、人もまばらな帝王多摩線。


「提案のフィードバックと、新装備調整のお願い、だそうだ」

「提案って、何ですか?」

「対妖魔局地戦闘最適化オペーレーターシステム、通称、みこ、の全職員への標準導入」

「え? みこって、先輩のメガネに住んでる娘ですよね?」

「そうだ」

「全職員への導入?」

「そ。そう言う提案をデバイス提供元の開発局から本部に提出するよう送りつけた」

「へー。じゃ、御守庁職員、全員メガネになるんですか?」

「まあ、そういうことになるかな」


 まあ、流石にオペレータAIの性格は開発局が調整入れるだろうけど。

 俺の以外は。

 俺のみこに触れるやつは何人たりとも許さん。

 顎に手を当て、しばし考える河南。


「私、メガネ似合わないんです。どうしましょう?」


 問題、そこ?


 ◆


 技術開発局。

 御守庁職員の装備開発、及び、国内に置ける妖魔の分析を一手に引き受ける御守庁きっての金食い虫。

 所属する職員数は決して多くはないが、庁内においてその影響力は大きい。

 その施設は全国各地に点在する。

 ここは、その一つ、御守庁技術開発局備品開発センター多摩分室。


『遠路はるばるようこそ。会議室、A3に入ってて下さい』


 受付に置かれた呼び出し用の内線電話。

 応答したのは、室長の日中ひなか久重ひさえ。多分、四十過ぎ。

 ガチャリと、施錠が外れる音がする。

 何度か来たことがある廊下を進み、A3とプレートが掲示され、ドアが開け放たれた会議室に入る。

 ややあって、日中室長が、ペットボトルのお茶を持ってやって来た。


「あ、しまった。もう一人か。ちょっと待って」


 河南の姿を認めると、そのままUターン。

 が、再度、Uターン。

 結局、その場で一回転。


「これ、飲んでて」


 と河南の前にお茶を置き、再び会議室から出ていく。

 そして、もう一本のお茶を手に慌ただしく戻って来る。

 後手に会議室のドアを締め、俺の前にお茶のペットボトルを置く。


「いやー、暑かっただろう。どうしたんだ、その顔」

「お気になさらずに。室長。こちら東京西支部第二分室に配属になった河南です。河南、御守庁技術開発局備品開発センター多摩分室、日中室長だ」


 噛まずに言えた!!

 長いんだよ。 御守庁技術開発局備品開発センター多摩分室。


「初めまして。調布支部の河南です」

「日中です。まあ、座って」

「「失礼します」」


 室長が、会議室に置かれたモニターの準備をする。


「で、早速なんだが、岸田くん、局地戦闘オペの提案書何だがね、ちょっと無理だ」

「え? 何か不備がありました?」

「うん」


 モニターに、俺の提案書が映し出される。


「提案書はね、よく出来てるよ。そこは問題ない。ただね、ちょっとこれ見てほしいんだ」


 モニターの画面上でパパパと俺の提案書が流され、複数のグラフと数値が表示される。


「送ってもらったプログラムを元にしたテスト版。それで三人ほど反応テストをしてみたんだ」


 画面に表示されてるのは、おそらくそのテストの結果であろう。


「内容は、VRでの模擬射撃。片方は目視による、本人の判断。もう片方は、それにオペを加えたもの」


 画面の右と左に、実験の結果とされるグラフが表示されている。

 そのグラフは、ほとんど差がない。


「有意と言える程の差は生じなかった」

「まさか」


 そんなはずは無い。

 俺も試して、その結果をレポートしてある。

 そこには、はっきりと反応差が現れていたのだから。


「まさか、って言われてもねぇ」

「うーん、テストの方法が悪いんじゃないですか?」

「同じ方式で、試してみるかい?」

「良いですよ」

「よし。そう言ってくれると思ったよ。いや、この結果を見ると、君のレポートの数値がにわかに信じられなくなってね」


 ◆


 VRルーム。

 十メートル四方の、白い壁に囲まれた空間。

 全方位から検証が可能なように、多数のカメラ他の計測装置がつけられている。

 そこのHMDヘッドマウントディスプレイを装着し、テストの準備に入る。


 これから行われるテストの内容は、至極単純な物。

 前後左右及び、頭上の計5カ所に妖魔が出現する。

 それを銃で撃つ。

 銃は、開発実験中の品であろう、マシンガンタイプ。

 平たく言うと、目標をセンターに入れてスイッチ、である

 それを、目視で行った場合、及び、まこがオペレーションした場合を計測。

 そうやって、目に見える数値で、まこの性能を検証するのである。

 なお、目視の場合は、出現方向より妖魔が声を発する。


『じゃ、始めるよ。初めはオペなしで』


 別室でモニタリングしている日中室長の声がスピーカー越しに届く。


「はい」


 HMDに映像が映し出される。


 前、左、右、上、前……。


 視覚と、妖魔の声を頼りに銃口を向け、引き金を引く。

 タタタタと、小気味の良い反応がある。

 これは、井下さんに与えちゃダメなヤツだ。


 右、上、左、上、前……。


『次は、オペ有りだ』


『はじめます』


 麗しい、みこの声が!


『前、上、右、左、左……』


 耳に届く、みこの声に従い、銃口を向ける。

 タタタタタタタタ……。


『はい。終了。結果はこっちで確認しよう』


 ◆


「ほら、有意差、出てるじゃないですか」


 今、俺が行った実験のグラフ。

 明らかにみこの声有りのほうが数値が良い。


「驚くほどの反応速度だね」

「これだけの差が出るなら有用だと思いますけど?」

「いや、なんとなくわかってきたよ」

「何がです?」

「これ、君しか効果がないんじゃないか?」

「は? どういう事です?」

「試した方が早い。河南君、すまないが同じ実験を受けてもらえないか?」

「はい! 大丈夫です」


 ◆


 モニター越しに、VRルームの河南を眺める。


「準備は良いかな?」

『大丈夫です!』

「じゃ、一回テストしよう」

『はい!』


 モニターの中の河南が、銃を前に、右に、左にと動かす。

 端から見てると、ちょっと間抜けですな。


「なんとなく、感覚はわかったかな?」

『バッチリです』

「じゃ、本番行こうか。まずはオペなし。自分の目と耳で判断してくれ」

『はい!』


 河南のテスト数値が、リアルタイムで表示される。

 目視の反応速度は、俺の数値と大差が無い。


「じゃ、次、オペ有りで行くよ」


 オペ有りの数値。

 ……先程の目視と、大差がない。

 会議室で見たグラフと同じだ。


「気付いてたか? 最後の三体、オペと視覚に差異を持たせて事に」

「ええ」


 目に見えた妖魔と、みこが告げる方向が違っていた。


「君は微塵も迷わずオペに従ったね」


 自分の目とみこの声なら、みこの声を優先するのは当然である。


「人と、プログラム。どちらが正確かは言うまでもないと思いますが」

「うん。私も同意見だ。でもね、それは少数意見みたいだよ」

「そうですか?」

「今回、実験した三人は、全員そこで大きくタイムを落としていた。その数値は、レポートには入れてないが」

「迷う、って事ですか?」

「そう。おそらく実戦であれば更に人に迷いを生じさせる要素が多い。君みたいにオペに全幅の信頼を寄せる事が出来る人間ばかりじゃないからね。これはちょっと、今の段階だと装備としては提案できないね。さて、彼女はどうかな?」


 室長が、モニタ越しに河南を注視する。

 別のモニタには河南が見ている映像と、音声が流れている。

 問題の、映像とオペが食い違う場面。

 映像は、前面に妖魔。そしてオペは左を指示。


 河南は迷うこと無く前を撃ち抜いた。


「ほう。彼女は躊躇せず自分の目を選んだね」

「あいつ……」

「まぁ、どっちが正解でもないからな。迷いがない分、優秀な子だよ」


 ◆


「どうでしたか?」


 モニタールームに戻ってきた河南に実験結果を見せる。


「あれ? どっちも変わりません? ちょっとみこちゃんの方が良いですかね?」

「みたいだな」

「つまり、岸田君しか使えないシステムと言う訳だ」

「と言うか、先輩の耳が良いだけ何じゃないですか?」

「は?」

「試しに、私がオペ役やってみていいですか?」

「ほう、それは面白いな」

「えー」

「何で嫌そうなんですか?」

「それに何の意味が?」

「いや、単純に聴神経の影響であるなら、限定されるが何人かは使える人が居るかもしれない。ぜひ実験しよう」


 ◆


 再び、VRルーム。


『じゃ、先ほどと同じ要領で』

『先輩、手、抜かないでくださいね?』

「そんな事しないよ」


 目視と、河南の声に従い妖魔を撃つ。

 タタタタタタタタ……。

 マシンガン、良いな。早く正式採用して欲しい。

 それよりも結果は?


 ◆


「ちょっとー、失礼じゃないですか!?」

「全然差が出なかったねぇ」


 目視、河南、どちらもほぼ同じ数値。


「不思議」


 素直な感想。

 いや、断じて手を抜いた訳ではない。


「それにさ、岸田君。最後、彼女の声無視して、見えたものを撃ってたよ」

「え!?」

「そうか、本人も気付いてなかったか」

「失礼過ぎませんか!?」

「いや、わざとじゃないんだが……」

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