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16 休日の呼び出し

『兄貴、ペース落ちてるぞ』


 うしこの叱咤が飛ぶ。

 本日は、休日。

 とは言え、体が資本の仕事である。

 体力作りのため、ランニング。

 それを監督するのは熱血の妹、第二話以来の登場。うしこだ。

 でもね、言うほど、ペース落ちてない気がするんです。

 うしこのペースに合わせると、サブスリーすら狙わされかねない。

 ちょっと、熱血成分多すぎたか?


『しっかりしろ! 兄貴』


 クソ。

 耳元で激励する妹に逆らえる訳ないじゃないか!

 うしこの為に少し、ペースを上げる。


 そうやって、一時間ほど体を動かし、そしてクールダウン。

 たまには、銭湯でも行くかなーなんて、完全にオフモードの時に電話が鳴る。


『先輩! 大変です!』


 興奮気味の河南。


「どうした? 仕事中だろ?」

『今移動中です! 深台寺、深台寺来てください!』

「は?」


 それだけ言って一方的に電話が切れた。

 よもや、緊急事態か?

 俺は、クールダウンしていた深台寺城趾から、目と鼻の先である深台寺へ急いで向かった。


 深台寺。

 門前周辺に、多数の蕎麦屋が軒を連ねる市内で数少ない観光名所である。

 周囲に植物園があり、湧水に恵まれ、今なお緑豊かな趣を残している。


 で、その深台寺に到着したわけだが、当然、河南たちより早く着いた。

 たまにはと、境内でお参り。

 世界平和を祈願する。


 そんな事をしながらブラブラしているところに見覚えのある電気自動車到着。

 河南と斎藤が車から下りてきた。


「どうした? 何事だ?」

「先輩、早いですね」

「たまたま近くに居たからな」

「実は、今日ここで撮影があって、その警護を任されました!」


 ……。


「それで?」

「やってくるのはなんと、『しきものがかり』です!」

「しきものがかり?」

「え? なんで疑問符付いてるんですか?」


 場所取りを命じられた新入社員か?


「ミュージシャンですよ。曲が調布駅の発車ベルになってるじゃないですか!」

「へー。で、何が大変なんだ?」


 なんだろう。

 とてもどうでも良いことに巻き込まれている気がする。


「これから、ここでテレビ撮影があるんです。ドラマ主題歌のロケ地をめぐる的な企画らしいです」

「うん」

「私と斎藤さんは、その警護です」

「うん」

「先輩、写真撮って下さい!」

「うん、うん?」

「出来れば、私達としきものがかりのメンバーが一緒に収まるくらいに」

「何でだよ。自分たちで撮れよ」

「勤務中ですよ!? そんな公私混同は……出来ません!」

「いやいやいや、お断りですよ。何が悲しくてそんな盗撮みたいな真似を」

「お願いします! 女の子二人のお願いです!」

「え、斎藤も?」


 必死に頷く斎藤。

 これは、珍しいものを見た。


「……上手く撮れたら今度飯おごれよ」


 ◆


 安請け合いをしてみたものの、テレビ撮影の最中は写真が撮れるほど近づけない。取り巻きの人や機材も多い。

 多分、アレだろうという三人組を遠くからスマホでカシャカシャ。

 あの二人が写真欲しいと言うなら、男の方だろうなと決めつけ、三人組のうち、男性二人を中心に写真に収める。

 何やってんだろう。俺。


 そんな中、タイミング良いのか悪いのか妖魔出現。

 一瞬パニックになりかけた現場だったが、河南と斎藤が冷静に処理。

 その結果、しきものがかりの皆さんに感謝され、握手してもらって、一緒に記念撮影。

 よかったね。

 って、俺の頑張りは……?


 ◆


 そんなこんなで撮影も終わり、御守庁の職員たちは戻っていった。

 しきものがかりも既に居ない。

 そんな、昼下がり。

 せっかく来たのだから、と俺は蕎麦屋で昼飯ついでにビールを頼む。

 いつの間にか、二瓶目が空になっていた。

 そろそろ帰らないとな、と考えながら気がついたら三本目も注文していた。


 いつからいたのか、後ろの二人組の声がでかい。

 聞くとは無しに、その声が耳に入ってくる。


「あの御守庁の娘、ドキュメントタリーにしたら面白いんじゃないか?」

「御守庁? 地味じゃないすか?」

「御守庁密着24時!」

「いやいや、数字取れませんて」

「だめか?」

「それこそ、味スタのヤツくらいインパクトある映像必要すよ」

「それだよ! デカイ化物とか弱そうな女子職員。流血もあればなおいいな!」


 静かに、立ち上がる。


「正義の味方! ズバーン! 御守庁! ドーン! すか?」

「で、世論が盛り上がった頃に御守庁に投入される税金の蓋然性はいかに!? って落とすわけよ!」


 ズバーン! ドーン!

 ビールの残ったコップを男の頭上でひっくり返す。


「んなぁ」

「てめぇ! お客さんに何してくれてんだ! この酔っぱらい」


 ビールを掛けられた男が怒るより早く、店員が俺に殴りかかってきた。

 そのまま店の外まで引きづられて行き、投げ飛ばされる。

 そして、腹に一発蹴りが入る。


「この野郎が!」


 胸ぐらを捕まれ、為す術なく引きずられる。

 そのまま、店の裏手に連れて行かれ、裏口から家の中に押し込まれる。


「バカ。ちょっとここで大人しくしてろ」


 さっきまで、怒鳴り散らしていた店員が、俺の肩をポンと叩いてそう言った。

 そして、裏口から出ていった。


「馬鹿野郎が! 二度と来んな!! 母ちゃん塩撒いてくれ!!」


 外でそう怒鳴る声が聞こえた。

 顔が痛い。しかし、蹴られた腹はそうでもないか……。

 いまいち状況が理解できないまま、あぁ、これは問題だなと酔った頭で思う。


 ……いや、問題どころで無い。

 自分のしでかした事の質の悪さに青ざめる。

 勤務時間外とは言え、一般人とトラブル。しかも相手はメディア関係者。

 今から行って謝った方が良いんじゃないか……?


 そこへ、割烹着を着たおばさんが濡れタオルを持ってやってきた。


「あのバカ、本気で殴って」


 タオルを受け取り、頬に当てる。


「もう少ししたら帰ると思うから、ここで大人しくしてなね」


 そう言い残し、再び立ち去ってしまう。

 ひんやりとしたタオルの感触が、酔いのせいなのか、それとも殴られたせいなのか、熱くなった顔に心地よい。

 一般人と揉め事……。

 最悪、懲戒免職か?

 そしたらどうすべきか……。

 今後の身の振り方と選択できる可能性すべてを考える。

 そうやって、しかし、今よりは明るくないこの先を想像していた所に、俺を殴りつけた店員がやってきた。


「やっと帰ったよ。あいつら」

「すいません。ご迷惑おかけしました」

「こっちこそいきなり殴って悪かったな」

「とんでもないです」

「まあ、お陰で大した事にならずに済んだからよ」

「え?」

「あ? 気づいてねーのか?」

「ええと、どういうことですか?」

「お前が立ち上がって、やべぇなと思ったから、止めに入ったんじゃねーか。

 まぁ、派手なやり方になっちまったけどよ。

 その分アイツラも、呆気にとられてたよ。

『何もあそこまでしなくても』なんて言ったやがったぜ」

「そうだったんですか」

「まぁ、実際やりすぎた気もしなくはねーけどよ」

「いや、俺、ビールかけちゃいましたし」

「大してかかってねーよ。ていうか、コップにほとんど残って無かったじゃねーか」

「あ、そうでした?」

「覚えてねーのか」

「すいません。つい、カッとなって」

「まぁ、仲間コケにされたんだ。しかたねーよ。井下に連絡入れたからもう迎えに来るだろ」

「え?」

「御守庁だろ?」

「そうですけど……」

「味スタ、見てたんだぜ! 井下がよ、アイツは一番危なっかしいって、いっつも心配してるんだぞ」

「お知り合い、ですか?」

「昔の仲間だな」


 昔の。

 おばさんが、店に置きっぱなしだった俺の荷物と、コップに水を入れて持ってきてくれた。


「ありがとうございます」

「思いっきり、塩撒いておいたから!」


 水を一口。

 切れた口内に冷たい水が染みる。


「そう言えば、お勘定」


 払って無い。


「あー、いらねーよ。治療費だ」

「いや、ダメですよ! むしろ迷惑料払わなきゃならないぐらいなんですから!」

「もう、伝票捨てちまったよ」


 財布を取り出し、入ってた千円札を三枚渡す。

 足りてない事は無いと思う。

 流石にここで一万円札をポンと出す漢気は無い。五千円札は無かった。


「じゃ、今度デートで来い。サービスするから」

「了解す」


 そんな相手いない場合、もう二度来るなという事ですかね?


「岸田ー!」


 井下さんの声がした。


「来たな」


 おばさんにタオルを返し、先の出ていった店員を追いかける。


「ワリィな面倒かけちまって」

「気にすんな。今度マオちゃん連れてこいよ」

「ああ」


 井下さんは知り合い同士、そんな会話を交わしていた。

 しかし、こちらに気付くと、とたんに眉を吊り上げる。


「何バカな事してんだよ!」

「すいません」


 また、殴られるのかな。

 彼の剣幕を見て、そう思った。


「送ってやるから、さっさと乗れ!」


 そう言って井下さんは、二号車の運転席に乗り込んだ。

 乱暴に閉めた車のドアがデカイい音を立てる。

 私的利用ですよね?

 ま、いいか。


「じゃ、また来いよ」

「はい。また」


 店員に深々と頭を下げ、助手席に座る。


「ありがとうございます」

「いい顔になったな」


 そう言って、井下さんがニヤリとしながらルームミラーをグイッとこちらに向けた。

 殴られた口の端が真っ青になっていた。


「ま、あんまバカな事すんな」


 井下さんは、それ以上何も言わなかった。

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