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14 かつての後輩と応援要請

「いや、吉祥寺、マジ最高ッス」


 目の前で美味そうにビールを飲みながら、かつての後輩、東堂とうどう平助たいすけがそう断言した。


 ◆


 河南が調布支部に配属される一年前。

 目の前の東堂が調布支部に配属され、そして、その三ヶ月後に転属願いを出して東京西支部第一分室へ移っていった。

 それから三ヶ月の後、偶然立川の支部にて再会し、引きずられるままに連れて行かれた居酒屋での会話。

 つまりは昔話。


 調布支所に配属され、長倉さんの指導の元そつなく仕事をこなしていた東堂の突然の転属願い。

 しかも、その理由が「いやー、オレェ、調布って、高級住宅街の方だと思ってたんスよね」と来たもんだ。

 詰所にいた全員が脱力し、そして、その本心か定かで無い理由に誰一人として突っ込みを入れなかった。更に言うと、その希望転属先が武蔵野市、三鷹市を管轄とする、お隣、第一分室、通称吉祥寺支部であった事にもだ。


 そんな男とチェーンの居酒屋で、仕事上がりに一杯やっている場面である。


 ◆


「ホント、流石住みたい街ナンバーワンって感じっス」


 へいへい。

 さぞかし素晴らしいんでしょうよ。


「新宿、渋谷へどっちも一本で行けちゃうんすよ」


 待て。

 吉祥寺の駅からはそうかもしれん。

 だが、お前の住んでるところ、徒歩で二十分以上かからない?

 それに、あの辺、三鷹市だよね?

 何? バス? バス使ってんの? バス使って、一本っておかしくね?

 大体さ、帝王電鉄さんは、『どーっちも』って言う、新宿でも渋谷でも両方行けちゃう通勤定期出してんだぜ?

 そっちの方が余程画期的だと思うね。俺は。

 一体、どこにそんな需要があるのか知らんけど!

 きっと帝王線沿線の通勤者の皆様、垂涎の品なんだろう。

 チャリ通勤の俺には無縁の代物だけど。


「井之頭公園のリスはかわいいし」


 はぁ? リス?

 リスを愛でたければ町田に行け!

 餌を貰いすぎて、荒みきったタイワンリスがたくさん出迎えてくれる。

 ヒマワリの種差し出しても、基本寄ってこない。

 稀に、本当に稀に近寄ってくるモフモフ。アイツ等こそ、究極のツンデレだよ!


「駅前は商店街と飲み屋街が渾然一体としてカオスな雰囲気ですし」


 カオス?

 カオスが欲しけりゃ中野に行け。

 ブロウドウェーイこそ、究極のカオスだ! あれ以上は存在しない!


「かと思えば、雑貨屋とかカフェとか、おしゃれな店も多いですし」


 それは否定しない。

 しないが、そもそも、お前、出身千葉だったよな?

 チィーバくんの耳の付け根辺りだよな?

 なんでそんな得意顔で語ってんの?


 ……などなど他にも、改めて書き出すのが躊躇われるような部分も多々あった。割愛。

 その都度、喉から出掛かった叫びを生ビールと共に深く腹中に抱え込み、一言。


「よかったな。新天地でも頑張ってな」


 そう言って、生暖かい視線を送るのみであった。


 ◆


 各地から無用なヘイトを掻き集めた所で、話は今に戻る。

 では皆様お待ちかねの愛くるしい声をどうぞ。


『御守庁東京西支部第一分室より入電。三鷹市大沢付近にて妖魔捜索中の応援要請。

 対応願います』


 課長が、軽く眉間に皺を寄せ、小さく溜息を吐く。

 既に述べている通り、御守庁は支部、分室ごとに管轄が存在し、その管轄エリア外での活動は制限されており、必要があれば応援要請と言う形で人員の派遣を要請する事になる。

 世田谷支部が格下である支所へ応援要請をする事は滅多に無いのと対照的に、同じく東京西支部の下部組織に当たるお隣の東京西支部第一分室、通称、吉祥寺支部は、ちょいちょい応援要請をして来る。

 まあ、市の境界線が複雑に入り組むとか、吉祥寺支部から南下する道が渋滞しがちだとか、向こうにもそれなりの言い分はあるのだが。


 課長が携帯を持って外に行く。

 紫煙を燻らせながら、吉祥寺支部に連絡するのだろう。


「河南、吉祥寺支部って挨拶したっけ?」

「いえ、まだです。世田谷さんみたいな感じなんですか?」

「いや、そこまででは無いけど。じゃ、出動するなら行ってきて」


 と副長。


「はい」

「そこの教育係も」

「了解」


 妹メイキング、中断。

 VRから、現実に戻る。


「誰か吉祥寺の応援行ってくれ。座標は追って転送する」

「「はい」」


 俺と河南が立ち上がり、ロッカーから装備を出す。


「運転よろしく」


 河南にとらこのキーを投げる。


「あ、はい」


 ナイスキャッチ。


 ◆


『通報の状況、及び、SNSの画像から、本部オペレーターまこは水妖と断定。そして、予想される活動領域、出ました。地図送りますわ』


 アリスから妖魔が、今いるであろう場所を絞り込んだ地図が送られて来る。

 タブレットに表示し確認。


「信頼度は?」

『68パーセントです』

「そうか」

『低くてすいません』

「そんな事ないよ。アリスが計算したんだ。それはもう100パーセントじゃないか」

『兄様……』

「ドン引きです」


 それにしても……。


「天文台通りから、春野川公園までの野川沿いおよそ3キロか」

『あまり、絞り込めませんでした。広くてすいません』

「そんな事ないよ。アリスが計算したんだ。これは、猫の額より狭いじゃないか」

『兄様!』

「ドン引きです」


 となると問題は……。


「吉祥寺支部の職員はどこだろう?」

『すいません。情報がアップデートされてません。最後の連絡がおよそ20分前。その時は天文台通り付近ですわ』

「20分か」

『すいません。もう、その近辺にはいないですわよね』

「いいんだよ。アリスは、吉祥寺の事なんか考えなくて」

『兄様! アリスは、兄様の事だけを考えていたいですわ!』

「アリス!」

「ドン引きです!

 と言うか、助手席でいっちゃいっちゃしないで下さい!

 せめて、アリスちゃんの声をイヤホンにするとか!

 あ、でもそれだと先輩の声だけ聞こえてくる……。それはそれでキモい!」


 ハンドルを握る河南が声を上げ、チラリとこちらを見る。


「ちょっ、そんな拗ねた様な困った様な顔しないで下さいよ! 私が悪いみたいじゃないですか!」

「……どうしろと?」

「せめて、テキストチャットでやり取りとか出来ないですか?」

「それは、困る」

「何でですか?」

「アリスの声が聞きたい」

「もうやだ、この変態……」


 ◆


 野川。

 小金井市から三鷹市、調布市、そして狛江市を通り多摩川に流れ込む一級河川。

 川幅およそ5メートル。

 水深は30センチ程の浅い川である。

 その野川を跨ぐ片道二車線の天文台通り。

 取り敢えず、最寄りの交番に断りを入れ、とらこを一時駐車させてもらい野川にかかる橋へ。

 まずは吉祥寺支部の職員を探さねばならないが……。


 あっさり見つかった。


 その人物は、川の中を歩いて来る。

 そして、俺に気付き手を振り大声を出す。


「岸田さんじゃないすかー! 何してんすかー?」


 何って、君の応援に来たんですけど……。


「取り敢えず、こっち来て岸に上がれー」


 かつての後輩、東堂に指示を出す。


 ◆


 川岸に下り、陸に上がった東堂から改めて状況の確認。


「お久しぶりッス! どうしたんスか?」

「応援だよ!」

「あ! さーせん! そうなんスよ! ちょうど夏休みとか研修とか病気とか色々重なっちゃって、ここもオレ一人で困ってたんスよ」

「まあ、人手不足はお互い様だしな」

「あれ? ニューカマーすか?」

「ああ、今年配属になった河南。

 こっちは、吉祥寺支部の東堂。一瞬、調布支部にいた事がある」

「うえーい」

「……よろしくお願いします」

「で、何で川遊びしてたんだ?」

「いや、水の中に妖魔がいるっていうから、まあ、下って行けば良いだろうなって思って下流の方に向かって行ったんスよ。ほら、河童の川流れって言うじゃないスか!

 そしたら、反対だって連絡があって戻って来たんすよ」

「そうか」

「で、暑いじゃないスか。水の中歩くと気持ち良いんスよ!」

「わざわざビーサン用意して来たのか」

「来る途中で買ったんス。オレ、冴えてますよね!」


 そうね。

 何だろ、この疲れる感じ。


「取り敢えず、俺は上流に行ってそっちから下流へ捜索する。お前はこのまま上流に向かってくれ。上手く行けば挟み込める」

「おーいいスね! それ!」


 バイブス最高だろ?

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