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13 特訓!空を駆けろ!

 炎天下の多摩川河川敷。

 朝夕であれば散歩やジョガーも目に付くが、昼を回ったばかりのこの時間は暑さをものともしないちびっ子共の姿しか無い。


「さあ! 今日こそ!」


 元気過ぎる太陽に負けじと後輩も気合いを入れる。


 空中散歩スカイウォーク

 靴に仕込まれたエーテル機関を利用し、瞬間的にエーテル体を出現させる。

 踏み抜くことでその形状を消滅させるエーテル体。その上へ体重を預け、そして謎の反発力を得る。

 それを連続して行う事で、空中を移動する事を可能にする技術。

 優雅な名前、動作と裏腹に緻密なエーテルコントロールを必要とする使用者が極めて少ない技である。

 ただし、その恩恵は素晴らしく、熟練者となれば、高さ百メートルはあろうかというビルの上まで駆け上ることなど朝飯前である。

 俺も目の前の多摩川の川幅ぐらいなら軽く往復出来る。落ちたら嫌なので絶対にやらないけど。


「よーし、がんばれー」


 その習得に向け連日練習を重ねる河南へ温かい言葉をかける。


「もっと、気合いを入れて下さい!」


 俺を睨みながら苦情を申し立てる河南。

 て、言われてもなぁ。


「いや、俺、関係ねーし」

「可愛い後輩の頑張りを、それ以上に頑張って応援して下さい!」

「よし! 頑張れ! 暑いからさっさと帰ろう!」


 うしこを真似して言ってみたのだが。

 何が不満なのか河南は汚物を見るような顔を返してきた。


 ◆


 一体どうなってるんだ?

 日本の夏は。

 年々暑くなっているんじゃ無いか?

 まさか、それも妖魔の仕業では!?

 そうだ、そうに違いない!


 などとバカらしい事が頭に浮かぶ程に、暑く、そして河南の空中散歩には進化が無い。

 蝉の鳴き声でさえ、元気が無いように聞こえてくる。

 でも、それは多分、気のせいだ。


 一歩目。これは誰でも出来るらしい。

 二歩目。ここで八割脱落するらしい。

 三歩目。ここを越えられるかどうかが習得出来るが否かの境目、らしい。


 河川敷を生温い風が、それでも、少しばかりの涼しさを運ぶ中、再度、河南が挑戦する。


 一歩、二歩と空を歩き、そして三歩目に、地に降り立つ。


「ハァハァ……」


 汗を滴らせ、息を荒げる後輩。

 はい、サービスシーンですよ。


 俯いて息を整えていた河南がこちらを向く。


「サービス、シーン、じゃ、ないですから、ね……」


 はははは。

 そんだけ元気ならまだ大丈夫だ。


「昨日から進歩してないぞー」


 後輩に辛辣な言葉を掛ける。

 いや、でも事実だしな。


 ◆


 その後も三歩目が続かない河南を眺めていると、突然顔の横に白い物体が。

 振り返り、見上げると斎藤がコンビニの袋を差し出していた。


「おおう。ビックリした。

 差し入れか?」


 コク、と頷き肯定を返す斎藤。


「サンキュー」


 受け取り、中身を確認。

 スポーツドリンクが二本。


「河南ー、休憩だー」


 遠くで汗だくになっている後輩にも声をかける。

 適度な水分補給。

 熱射病予防である。


 ◆


「何か、もっとこう、コツみたいなものを教えて下さい」


 斎藤の差し入れたスポーツドリンクを飲みながら河南。


「コツは、信じる事だ」


 妹を。


「だから、それがわからないからコツを聞いてるんです……」


 分かれよ……。


「いや、それで出来てたしなぁ……俺は」


 俺と河南は、もう一人の使い手である斎藤を見る。

 その視線に気付いた斎藤は、両腕を組み、目を閉じ、暫し考える。


 ややあって、何かを考えついたのだろう。

 目を開け、両手でボンと音を鳴らす。


 そして、河南を耳元に手を当て、何かをそっと囁く。


 一体何を言われたのだろうか。

 河南が眉を跳ね上げ、目を丸くする。

 その直後、その顔が真っ赤になる。

 耳元から顔を離した斎藤に向き直り、その顔をまじまじと見つめる河南。


「えっ、いや、えっ、もっ、ももちゃん?」


 言葉にならない河南。

 斎藤は、目を細め口角を微かに上げる。

 今、笑ったのか?

 いや、て言うか何をアドバイスしたんだ?


「えっ、えー?」


 河南は衝撃から脱し切れず混乱したままだ。

 そして、そんな河南を残し斎藤は帰って行った。


「何を言われたんだ?」

「ノーコメントです!」

「えー」

「うるさいー!」


 気になって聞いたのだが答えは得られない。

 結局、その後何度か挑戦はしてみたものの、三歩目は遠く、そして明らかに集中を欠いた様子の河南に声をかけ、切り上げる事にした。

 暑かったし。


 ◆


 後日。

 詰所で斎藤と二人になる機会があった。


「なあ、斎藤。あの時、河南に何を言ったんだ?」


 俺の問い掛けに、しかし、斎藤はニヤと擬音が付きそうな薄い笑い顔の様な表情を返すだけであった。

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