12 花火大会と二人の秘密
「じゃ、長倉さん、後お願いします」
「お疲れ様でした!」
「おう、お疲れ!」
ダンベルを上げ下げしながら俺達を送り出す長倉さん。彼は本日の夜勤だ。
とは言え、出勤する様な事は起き無いだろう。
俺と河南は揃って歩き出す。
甲州街道を新宿方面へ。
夕方六時を過ぎた町は、いつもより人が多く騒がしい。
これから、夏の風物詩調布市花火大会が行われる。
そう言うイベントがあって、折角その近くの職場になったのだから、と河南にせがまれた副長が連れて行く事になっていたのだが、急に立川にある東京西支部司令室に呼び出されたとかで課長と二人、慌てて出かけたまま戻って来ない。
その代理として、二人で花火見物となる。
流石に、打ち上げ場所となる多摩川河川敷の会場まで足を運んで、間近で花火見物と言う訳には行かない。
場所取りもしていなければ、河南と二人人混みの中を逸れない様にしながら歩くのもちょっと違う。
という事で、この日だけ屋上を花火の見学会場として開放しているスーパーに向かう事にした。
「結構な人出なんですね」
「電車が混む前に帰るのが賢い大人だと思うぞ」
「いざとなったら詰所に泊まります。着替えも置いてあるし」
「そっすか」
何か、段々逞しくなってるな。
「ま、少しタイミングずらせば空きますよね?」
「知らん。乗った事無いもの」
「あ、そっか」
「そして、タイミングずらすって?」
「え? 飲みに行きましょうよ。たまには。副長さんとはそう言う話でしたよ?」
「空いてるかな。どっか」
「オススメのお店とか無いんですか? 地元ですよね?」
「無いな。この辺で飲まんもの」
「えー」
「行くのは、立ち飲みくらいかな」
「そこで良いですよ?」
「この人出で入れるかな」
「先輩の家でも良いですよ?」
「は?」
何を言い出すのだ。いきなり。
「あっれ? ちょっと予想外の反応でした。すいません」
「はぁ?」
「いえ、何か、そう言う事、全く気にしない人だと思ってました」
「……考えすぎか」
「ま、終わってから考えます。ファミレスで時間潰しても良いですし。
副長さんも合流するかもしれないですし。
無理そうならホント、詰所に戻ります」
「……寝る場所くらいはある。帰れなそうならそれくらい提供する。それで気になるなら俺が詰所に行く」
「一緒に寝たらどうですか?」
「本気で言ってんのか?」
「本気だと思います?」
「本気じゃ無い事を願うよ」
「じゃ、嘘です。そんな安い女じゃ無いという事で」
はいはい。
◆
スーパーの屋上。
隙間無く敷き詰められたレジャーシートの上には家族連れが多い。
河川敷より安全だし、階下に仮説で無いトイレもある。オマケに飲食物は出店のソレより安く買える。
少し打ち上げ会場から離れる事に目を瞑るばなかなかの好条件だと思う。
「流石に座れそうに無いな」
打ち上げ開始まで、10分程。
「良いですよ。立ち見で」
チューハイの缶を片手に、河南が言う。
楽しそうな家族連れの様子を眺めながら、その横で缶ビールを開ける。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
軽く乾杯をして、一口だけ、口を付ける。
下で買い込んだ惣菜を食べながら河南の話を聞き流す。
やがて、屋上の照明が落とされ花火が打ち上がった。
待ってましたとばかりに、歓声と拍手が起こる。
「思ったより、良く見えます! キレイですね」
河南はそう感想を述べた切り、花火に見入ってしまった。
◆
その影に気付いたのは、打ち上げも終盤に差し掛かろうとした時。
給水塔の上、花火の明かりを遮る異形。
おそらくは、石鬼。
こんな暗闇で、家族連れが多い中での混乱は避けねばならない。
みこを立ち上げ、リアルタイム弾道解析。
ポケットから唯一の武器を取り出す。
みこの計算する射線に合わせ、右手を振り上げる。
打ち上げ花火の光にタイミングを合わせ、エーテルの刃を射出。
頭を貫かれた妖魔が花火の花が開くと同時に爆砕した。
エーテル式スペツナズ・ナイフ。
ロスアの特殊部隊が開発されたとされる一品。
10センチに満たないエーテルの刃を出現させるそのナイフは、元になった武器同様にエーテルの刃を射出する事が出来る。
射程距離は、依式拳銃に及びもしないが、それでも100メートルに届く。そして近距離での、破壊力、貫通力は拳銃を上回る。
何より、エーテルの光が抑えられる構造になっていて目立ちにくい。
民間人のエーテル構造武器の使用については法整備が追い付いていないのが実情で、近い将来、違法となるかもしれないが、今の所、悪くても脱法に止まるこの品は伝手を頼って手に入れたもの。
誰にも気付かれなかった、と思ったのだが、横の河南にしっかりと目撃されていた。
「今の、誰にも言うなよ」
人差し指を立てて口に当てながらそう伝える。
それに対し河南は、ニコッと満面の笑みを浮かべる。
「二人の秘密ですね。お兄さん」
そう言って、同じ様に人差し指を口に当てる。
……んー!?
脳裏に蘇る映像。
過去に全く同じやり取りをした記憶がある。
あれ、ひょっとして……?
「どうか、しました?」
わざとらしく首を傾げる河南。
「ハロウィンの?」
「そうです! やっと気付いたんですね!」
二年前、仮装した若者でごった返す渋谷。
こんな中、妖魔が出現したら仮装かどうか分からなくて非常に危険だ、という事で警備に駆り出されていた。
その最中、裏路地でたまたま妖魔に鉢合わせした通行人を救うべく試作品の警棒を使用した。
バレれば当然、始末書。
しかし、試作品で迅速に処理したお陰で目撃者はその通行人一人。
ならば、と、さっきと全く同じ台詞、ジェスチャーで口止めをし、駆除自体無かった事にしてしまおうと思ったのだ。
人でごった返す渋谷に疲れていて、その後さらに報告書、そして始末書とか、考えたく無かった。
幸い、相手もそれに合わせて、さっきの河南と全く同じ台詞を……。
その直後、「おい、調布! 油売ってんじゃねーぞ」と言う同じく駆り出された新宿支部の職員に呼ばれ立ち去った、そんな風に覚えている。
「気付いたって、あの時いたのは目の周り紫にしたパンダじゃないか」
口元には蜘蛛の巣も描いてあったと思う。
そんな、ハロウィン仕立の仮装をした人物を一目見ただけで、二年後に仮装して無いそれと同一人物と見分けるなんて、無理だろうよ。
事実、俺の記憶の片隅に残っていた理由は、あの時に『お兄さん』と、向こうからすれば、単に年上の名も知らぬ男性に対して、若干の愛嬌を込めつつ呼ばれたからに他ならない。
あれが、「職員さん」とか、「おじさん」とか、もっと大袈裟に「王子様」であったとしたら忘却の彼方だったであろう。
「パンダは言い過ぎですよ! でも、あの時、先輩が助けたのは、この私です!」
「そうだったのかー」
「秘密が二つになりましたね?」
嬉しそうな河南の顔を、フィナーレを迎え連発で打ち上がる花火が絶え間なく照らし続けた。
◆
人が引くまで、屋上の様子を眺めていた。
一口飲んだだけのビールは完全にぬるくなっている。
「あ、はーい。大丈夫! うん。わかったー」
河南は誰かと携帯で会話中。
ぬるいビールを一口。
「先輩」
携帯を切った河南がこちらを見上げる。
「この後の予定が決まりました。調布まで戻ります」
「あ、そう」
「斎藤さんと合流します」
斎藤?
今の電話、斎藤?
斎藤と、会話が成り立つの?
本気で単語しか発しているのを聞いた事ないんだが。
「一緒にカラオケに行くことになりました。そのままお泊りです」
うえぇ?
「お前ら、そんな関係だったのか」
「仲良いんですよ? 知りませんでした?」
「知らんかった」
いつの間に……。
「副長さんも来るそうですよ。女子会なので先輩は残念ですけどお呼び出来ません!」
いや、女子会じゃ無いだろう。
しかし、そうか、斎藤か。
あいつ、やるなー。
存在感は薄い癖に、狙いは絶対に外さないのな。と言うか河南を狙ってた事すら知らんけど。
「調布まで送るわ」
「ホントですか! ありがとうございます!」
花火大会から駅へ向かう人波の後ろからついていく。
ただ、ピークは多少過ぎたとは言え二駅くらいなら歩いてしまった方が早いだろう。
「しかし、斎藤とどんな話をするんだ?」
「どんなって、普通のガールズトークですよ?」
……?
「ガールズ?」
「ガールズ」
……あれ?
「あいつ、まさかオネエ?」
「は?」
「いや、そんな訳無いよな」
「え、先輩? 斎藤さん、女の子ですよ?」
「……え?」
「え? って……まさか、男の子だと思ってたんですか!?」
「え?」
「えぇ……非道い……どこからどう見ても女の子じゃないですか」
え?
今の今まで、と言うかまだ男だと思ってるんだけど。
「えっと……俺の言ってる斎藤とお前が言ってる斎藤は同一人物なのか?」
「調布支部の職員でちょっと寡黙なスナイパー。遠距離恋愛中のかわいい女の子です!」
「前半は俺の知ってる斎藤だ。後半は誰だ?」
「先輩、ホント実在女子に興味無いんですね」
河南が呆れ顔で言った。
「これ、斎藤さんには言わないでおきます。また、二人の秘密が増えましたねー」
いや、別に言っても良いけど。
それにしても、今日は色々な事が判明する日だな……。




