11 車内で語る過去と未来
全治二週間などと、大袈裟に診断された傷も癒え後遺症など一切無い健康優良体に戻った。
本日は二号車にて市内の巡回。
結局、こちらに妹のセットアップはまだ済んでいない。
多摩川沿いの道を西へ。
結局、あの後、俺の血塗れの活躍がSNSで拡散したり、試合後のインタビューでイタリアン人監督が「まず、始めに、常にスタジアムを最高のコンディションに整えてくれるスタッフに感謝を述べたい。特に今日は、不幸なアクシデントによって勇敢な若者が負傷をしたと聞いた。その行動に報いる為にも我々は何としてでも勝たなければならない。そういう決意で、今日の試合に臨んだ。だが、しかし……」と、冒頭で述べた事などがちょっとだけ話題となり、少し御守庁に世間から追い風が吹き始めた。
これ幸いとばかりに本部長代理が暗躍したかは定かで無いが、いくばくか状況に変化があった。
拳銃及び、警棒に関する規制が解除された。
拳銃はその性能通り、リロード無しの無制限発射の許可が下り、警棒の長さも見直す運びとなっている。警棒の方は、運用実態と合わせ最適と思われる長さに統一すべく開発局中心に再調整が行われている。
しかし、管轄外行動に対しては旧来通り。
外に対しては一枚岩となるものの、その実、内部は相変わらず下らない権力争いやらが続いているという事である。
「どう? 河南は」
助手席の副長が窓の外を眺めながら問い掛ける。
「頑張ってるよ。真面目だし。今、空中散歩の特訓中」
「ほう。それは、モノになりそう?」
「道は険しそうだ」
「そうか」
「それでも必死に頑張ってるよ」
「そうか。お前に認めて欲しいんだろうな」
「……やっぱり?」
「まあ、そうだろう」
でなければ、俺だけ『先輩』なんて、呼び続けるはず無いしな。
「何でだろね」
「さあね。こんな変態のどこがいいのか」
「俺も、そう思う」
「どうするつもり?」
「どうもこうも、そんなつもりは無いよ」
「何で? 良い子だと思うけど」
「良い子だよ。だからなー、告白とか面倒な事にならない事を祈ってる」
「受ければ良い」
「無理だよ。そしてそんな好意を真っ向から拒否するのは嫌だ。だから向こうが勝手に幻滅して諦めてくれると助かる。それか副長からそれと無く脈無しと伝えるとか」
「私は、誰かとくっついて落ち着いてくれた方が安心するんだけどね。別に河南じゃ無くても良い。世田谷の子とか」
「どこのおばちゃんだよ」
「それぐらい長い付き合いだからね。
何が駄目なの? 興味が無い訳じゃ無い癖に」
「重いよ。誰かを守らなきゃならないのは」
「今だってやっているじゃない」
「違う。
例えばさ、この先、河南か一般人か、どちらかを優先しなきゃいけない場面が来たとする」
「また、随分とハードなシーンだね」
「俺は仕事だから、当然一般人を守る」
「まぁ、そうだろうね」
「そうすると、河南はどうなる? 誰が守る? 仕事ならばこそ、同僚って言う立場だからこそ、自分の事は自分で守れと言える。
でも、例えば、河南が、そのー、特別な存在だったら、同じ事をしても、ちょっとは傷付くと思うんだ」
「そんなに弱くは無いだろう。多分。
仮にそうなっても、お前を責めたりしないと思うけど?」
「でも、俺が思ってしまう。見ず知らずの誰かを先に助けた事が正解だったんだろうかって。
じゃ、河南を優先して一般人を放っておくのか?
そんな事、許されないだろ?
俺も河南も多分、納得しない」
「まあ、そうだろうけど」
「仕事だからこそまだ割り切れる」
例えとして河南の名を借りたが、坂下でも、他の誰かでも一緒だ。
迷いは、少しでも減らしたい。
「河南が、お前より強くなれば解決するじゃ無いか」
「うーん、それはどうだろ」
「何で?」
「そうなると異性として興味が無くなる気がするんだ。正直、今のか弱い後輩ポジションだから可愛いと言うのはある」
「知ってはいたけど、お前、面倒くさいなー」
「半分は、菜三さんの所為だと思ってるけどね」
「うえぇぇぇ? やめてよー」
「ま、そう言うわけだから、そんな風にならない様にしてんだよ。俺には俺を慕ってくれ可愛い妹達がいるんだからそれで良いの」
「良い加減、妹立ちをしても良いと思うけど」
「俺から妹を取ったら何も残らないけど?」
「だから、妹じゃ無い何かを見付けて欲しいんだって……」
鶴川街道を右折、北へ。
「何で、帰って来たの?」
「ん?」
「オフランスから」
ずっと気になっていたが、改めて聞く機会が無かった。
「向こうで妖魔の大発生を目の当たりしたのよ。そしたら、急に怖くなった。こんな、誰も私を知らない様な所で死ぬのか、って。
そのすぐ後、おじさんのお葬式で帰って来たの。そしたら、再渡航は、暫く認められないって言われて。
でも、それでちょっとホッとした。
それに、私が向こうで一人死んじゃったら残された弟君は立ち直れ無いでしょ?」
「そこまででは無いよ」
「そこは、素直になりなさいよ」
「そっか、でも、そんな時期だったよな。親父が死んだの」
親父は男手一つで、俺を成人まで育て、そして、そんな歳でも無いくせに、ぽっくりとあっさり死んだ。
そんな、親一人、子一人の家族を何かと気にかけ、面倒を見てくれたのが向かいに住んでいた久方一家なのである。
品川通りを左折、西へ。
「で、ちょうど退魔防衛庁の出向募集があって。大した倍率でも無いからあっさり通ったわ」
「何で志願したの?」
「また、海外に行きたくなかったのと、家族を守りたかったからかな。弟君を含めてね。
まぁ、のし上がるチャンスだとも思ったけど」
「その目論見は、見事に外れた訳だ」
「そうね。庁は準備室に格下げ。配属先は権力ヒエラルキーの下の方。仕事は暇を持て余す。挙げ句の果てに、守ろうと思った弟君が部下になるとか。改善されたのは実家に戻って食生活だけよ」
「御愁傷様。まぁ暇なのは、良い事なんだけどね」
「安全って意味ではね。仕事に張り合いは、正直、物足りないわ」
「その分、自分の時間に当てれば良いんだよ。長倉さんみたいに」
「四六時中、筋肉見てて飽きないのかしらね。あの人。ま、あの人に限らず変人揃いだけど」
そんな職場を課長は動物園と揶揄している。
「総司は?」
「ん? 妹メイキングの時間を満喫してるよ?」
「そうじゃ無い。ウチに来た理由」
「妹の為だよ?」
結局の所、俺の事は全てそこに帰結する。
「みつき……ちゃん?」
「みつきちゃん。それに、しぃと、うしこと、とらこと、アリスと、みこと、まこと、ユウ!」
ハンドルを握りながら指折り数える俺に、菜三さんが助手席で盛大な溜息を吐いた。
自分から妹の話を振っておいて、その反応は失礼じゃ無いですか?
◆
巡回から戻り、詰所に車を停める。
「おかえりなさい!」
車から降りた俺達を、河南が詰所のドアを開け出迎える。
「あれ、お前……今日休みだよな?」
「そうなんですけど、空中散歩、もうちょっとでコツが掴める気がするんです! だから、午後から特訓、付き合って下さい!」
「ダメだ」
「えー、何でですか? 予定無いですよね?」
「休日はしっかり休め!」
俺の極めてホワイトな発言に、しかし、納得しない顔をする河南。
「ま、そういう事だ。焦っても仕方ないぞ」
副長が、河南の肩をポンと手を置く。
今日も、調布の町は平和です。