9 スタジアムを守れ!②
スタジアムの二階席。
ユウを空に打ち上げ手を振りながら見送る。
ゆっくりと、スタジアム上を旋回する様を椅子に座って眺める。
「君が、岸田君だね?」
後ろから掛けられた声に振り返り、立ち上がって敬礼。
「ああ、座って。
全く、誰なんだろうな。敬礼何て堅苦しい事を取り入れたのは」
「身が引き締まる気がして、悪く無いですけど」
座りながら答える。
岩蔵本部長代理が通路を挟んだ向かいに腰を下ろす。
「随分とご活躍みたいだな」
「何の事ですか?」
「世田谷の駆除動画、見させてもらったよ」
「そうですか」
「余計な事をしてくれたもんだ」
分室が分をわきまえずしゃしゃり出て、わざわざそう言う嫌味を言いに来たのか。
「アレで世田谷の職員が何人か怪我をしてたら、状況が変わった。そう思わないか? それも、君が望む方に」
「は?」
「装備も、管轄外行動もしやすくなっていた。
そう言う事だ」
「仲間の犠牲の上でですか? 貴方の部下でしょう?」
「一般人から犠牲者が出るよりは職員の方が風当たりが少ない」
「犠牲を出さない様にこっちは頑張ってるんですけどね」
「君一人が頑張った所でたかが知れている」
「もっと偉い人が頑張ってくれるとなお良いんですけど」
アンタとか。
「頑張ってるさ。桜田門方面は何とか抑える。それまで試作品は使うなよ。余計な刺激は避けたい」
「はあ。それを言いに来たんですか?」
「そうだな。それと、開発局のお気に入りで遠藤の箱入り娘が、どんな奴かこの目で見たかったんだ」
「箱入り娘って」
どっからどう見ても男だろうに。
「開発局が手ぐすね引いて待ってるぞ。君が調布から投げ出されるのを」
「そうならない様に頑張りますよ」
「頑張らない方が良いんだけどな」
「法令を遵守し、市民の安全を守ります。御守庁職員として」
「真面目だな」
「そうですか?」
「市民を守るためにもっと力が必要。それがどういう事か理解してるんだろ?」
「より脅威が増していく。安全が脅かされて行く」
「それでも力を持ちたいか?」
妖魔が、脅威で無ければ今以上の力は要らないはずだ。
だが。
「必要な時に力が無いのは嫌ですね」
「それは、守る為の力か? それとも、復讐か?」
「……両方」
『お兄様』
耳元から聞こえるみこの声。
やるべき事を思い出す。
「そろそろ行きます」
「ああ、変な事言ったが、犠牲何て出ない方が良い。気にせず戦いたまえ」
「はい」
立ち上がり、敬礼。
それに、本部長代理は座ったまま軽く手を上げるのみ。
『ユウとアリスのスタンバイが、完了しました』
「そうか、分かった」
『お話の途中にすいませんでした』
「いや、ありがとう」
みこに礼を言いながら、もう一度上空のユウに手を振る。
「先輩」
「どうした?」
いつの間にか河南も来ていた。
「はい、飲み物。どっちが良いですか?」
そう言って、お茶とスポーツドリンクのペットボトルを両手に掲げる。
「こっちかな」
スポーツドリンクを受け取る。
「暑いですから、熱中症に気を付けましょうね。小まめな水分補給を心がけて下さい」
「ああ。ただあんまり飲み過ぎるとトイレが近くなるからな」
俺のアドバイスに何とも微妙な顔を返す河南。
「すごいですね。ここが満員になるんだ」
無人のスタジアムを見下ろしながら、素直な感想を述べる。
「その満員の観客を守るのが俺達の役目だ。さあ、行こう」
「はい!」
◆
後、一時間ほどで試合開始になる。
捜索開始から、五時間。
妖魔は未だ、発見できていない。
その間、人の数は増え続け、長大になった入場の待機列で諍いがあったり、河南の通信の向こうから敵のチャントが聞こえてきて盛大に苛ついたりと、小さな問題はあったものの概ね平和だ。
コンコースの上を歩きながら、サポーターの様子を横目に警護を続ける。
「お疲れ様」
赤と青のユニフォーム姿、首にタオルマフラーを巻き、顔にペイントを入れた女性が声を掛けてきた。
坂下だ。
「来てたのか」
「絶対に負けられない戦いだもんね。で、岸田くんが制服姿なのは、警護?」
「そう。絶対に負けられない戦いに水を指す訳には行かないだろ」
「応援は?」
「無いよ。ウチだけ」
「……大変ね」
「埼玉が名乗り出たらしぞ。応援」
「え!?」
「当然、課長が断った」
「当然よね!」
「当然だよな!」
当然である。
「この前、ありがとうね」
「この前?」
「助けてくれて」
「ああ、アレか。こっちこそ。応援要請ってことにしてくれたの、坂下だろ?」
「バレた?」
「助かったよ。アレが無かったら減俸だったかもしれない」
「大げさね」
あながち、大げさでは無いと思うんだけどな。
それか、配置転換で開発局へ。
その直後に、平和な会話から現実に引き戻す声。