序幕 御守庁準備室東京西支部第二分室
俺の名は、岸田総司。
地域の平和を守る公務員だ。
どう言う事なのかは、この後詳しく説明するが気の短い読者諸君は、大して害の無い妖魔を退治する特殊部隊とでも覚えて貰えばそれで良い。
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妖魔。
今より三年前、突如としてこの世界に現れた謎の存在。
欧州の空を黒一色に染め上げたその発生は、人類終焉を予感させた後、世界各地へ散って行ったと思われる。
正体、目的一切が不明。
現在も世界中の研究機関により調査が行われているが、判明、公表された情報は少ない。
おおよそ見た目から複数種類の存在が確認されているが、日本に於いてはそれら全てを一義的に妖魔として呼称している。
その脅威は、今まで人類が創造してきた兵器の一切が通用しない、と言えば伝わるだろうか。
捕らえられた生きた妖魔に銃弾を発射した映像がある。
30メートルの距離より発射されたとされる38口径の弾丸は、ゴブリン(日本に於いて、子鬼と称される事が多い)の体表に触れる寸前で消滅した。
一瞬で分子レベルまで分解されている、いや、あれば別次元へと転移しているのだ、などと様々な仮説が立てられては居るが、その真相の解明には至っていない。
重要なのは、当時現存した兵器が効かない、という点である。
もちろん、戦術核で焼き払うなどの人類にも影響を与えかねない代物は、公式には用いられていないので全ての兵器が効かないとは言い切れないが。
そうした妖魔の脅威から市民を守るべく創設されたのが、俺の所属する御守庁準備室である。
妖魔と呼称される存在から市民生活を守る事を主たる業務として、退魔防衛庁が華々しくデビューしたのがおよそ三年前。
『防衛』の二文字は絶対に看過できない、という防衛省からの圧力と、『退魔』などという極めて幻想的な響きは如何なものかという、野党勢力からの横槍が入り、また、慌てて庁として立ち上げては見たもののその被害、実害はさほどでもなく、であるならば限られた予算を無尽蔵につぎ込むわけにも行かないなどという諸々の事情から、御守庁へ改名の上、準備室として再出発という、事実上の格下げとなった。
被害、実害はさほどでも無い。
この一点が、事態をややこしくしている。
通常の兵器群は一切通用しない謎の存在。しかし、その害は、見た目が不怪、行動がキモい、臭い、稀に叫び声を上げてうるさい……などなど。
人が襲われ怪我をした、などという報告は年に一、二度。
人に直接害を加える訳でないので、まぁ、言ってしまえばゴキブリみたいな物では有るのだが、それはそれで見つけたら駆除したくなるのが人間である。
俺だって、部屋の中にゴキちゃんが出たら速攻で冷却スプレーで凍結させるしな。
妖魔へ唯一有効なプラズマ状の物質を生成可能な、エーテル機関と呼ばれる精神変換器の作成方法をアメリカンが発表したのは、妖魔騒動が始まってから二週間後。
その、タイミング、出所不明なテクノロジーに世界中から疑義の目を向けられたが、今の所その疑問に答える様子は無い。
このように、妖魔に対し有効な攻撃手段は存在するのだが、どう言った訳か、このエーテル機関とやらを扱える人間は限られている。
退魔防衛庁発足当時、応募があった三万人の内、素養があったのがおよそ五百人程だったらしい。尚、この時に鼻息を荒くした関係者が、優秀な人員を確保しようと自衛官やら警官やらに声を掛けまくり彼方此方に禍根を残す結果となった。それが、準備室へ格下げされた一因である事は疑い様も無い。
そんな訳で、その応募試験を受けた俺は、なんとか合格率2パーセントの狭き門を潜り抜け御守庁の職員として公務員の身分を得て、御守庁東京西支部第二分室、通称、調布支部に配属となったのである。
ちなみに試験は面接とリトマス試験紙の様な物を口に咥える適正試験のみであった。
大分、長くなったがコレが今の俺の状況だ。
付け加えると、予算が厳しく慢性的に人員不足だとか、税金喰らいとして世間の風当たりが若干厳しいとか細々と色々あるのだが……。
さて、御守庁東京西支部第二分室についても軽く触れよう。
東京都調布市に詰所を構える御守庁の下部組織だ。
ん? 聞いた事がある? そうか。
ん? 住んでいる? そうか。ご愁傷様。
この分室には俺を含め六人の職員が配置されているが、その面々は追々紹介するとしよう。
そんな我々が守るエリアは調布市内全域。
善良な市民から、妖魔を見かけたと通報が在ったら即駆けつけ、それを発見、駆除する。
そうやって、日々地域の安全を守っているのである。
詰所は、布多天神宮の一角に間借りして置かれている。
因みに詰所は一見プレハブ風だが地下が四階まである。
まぁ地下施設の存在は公表されてないのだが、質素な上物を置く事で世間の批判を躱そうってセコイ作戦らしい。
施設についてはこの先何処かで紹介する機会もあるだろう。
大体説明出来たか。
ま、そう言う訳だが仮に訪ねて来ても茶を出す様な余裕は無いので悪しからず。