復活―2
彼はとっさに身構えた。先ほど同様つい腰にあるはずの剣を携えようとするが、そこには何もない。しかし、改めて目の前の集団を見て、緊張を解いた。
「光后騎士団……」
そもそも魔物ではなく人間だった時点で、安心しても良かったのだ。ここに飛び込んできた彼らは、皆白々しい鎧を身に纏っており、その胸には光后騎士団のマークがあった。剣と盾をモチーフにした、慣れ親しんだデザインだ。よく知っている。なにせその騎士団は、以前勇者であった彼を全面的にバックアップしてくれた集団なのだから。
そこには、合計五人の人間がいた。四人は鋼鉄の鎧に身を包み、奥の一人は一風変わって、白のローブを着ている。経験上、その人物が大将だと判断した。
しかし彼が声をかけるよりも早く、手前の騎士が声を出した。
「見つけました。直ちに捕縛します」
彼はその言葉に面食らった。捕縛する、誰を?
再び緊張が駆け抜けたが、よく見ると、彼らが見ているのは自分ではない。奥の――少女だ。
そしてあたかも今気づいたかのように、ちらりと彼のほうへ目線をやる。
「一人、見知らぬ民間人がいますが如何がなさいますか」
別の騎士が、奥の人物へと声をかける。
「保護しますか」
「無視しろ。対象の捕縛を優先。邪魔するようなら殺せ」
「ちょっと待ってくれよ!!」
彼は耐え切れずに声を出した。なんだ、何がどうなっているんだ。わけがわからない。わからない上、今あそこにいたやつは、自分を殺しても構わないと言ったのか?
大声を出したことにより、全員の注目を浴びる。
「あんたら、光后騎士団だろ。どうしてここにいるんだ。魔王を倒すため……か?」
「…………」
「だとしたら安心してくれ。魔王はすでに倒した。俺が間違いなく最期を見届けたんだ。もう争いは、終わったんだよ」
そう、そのために頑張ってきたのだから。苦難を乗り越え、辛い日々を終えて、やっと平和になったはずなのだから。
そんな彼の思いを完全に無視して、奥の男は告げた。
「夢の続きを見たいなら帰ってから見るといい。我々の邪魔をするなら容赦はしない」
「邪魔って……だから、なんの目的があって」
「魔王討伐だよ」
彼は目を丸くした。思わず息を呑む。
「だから……だからそれは俺が倒したって言ってるだろ!」
「では君の奥にいるあれはなんだ?」
男が指差した方を彼も見る。そこにいたのは、先ほど目の前で服を脱ごうとした華奢な少女だった。今は、感情の見えない瞳のまま、こちらを見つめている。
「あれって……ただの、女の子じゃないか」
「そうか。そうとしか見えないか……。下がりたまえ、民間人」
みんかん、じん、だと?
さすがに彼もカチンと来た。別に勇者であると威張るつもりはない。けれど、ここまで苦労した人間を、民間人と揶揄されるのには頭が来た。そして自分との実力差を看破できない相手を見下そうと思ったが、
「……?」
不思議な感覚だった。自分も、相手の力量がわからない。見た目だけなら、何の苦労もせずに倒せる相手だと思う。なにせ自分は、魔王を倒した人間なのだ。その魔王と相対した時は、想像もつかない力に、思わず足が竦んでしまった。
その時と、状況的には同じだ。相手の力量が分からない。でも、違った。似ているけれど、違う。分からないというよりかは、測る術を持っていないというか――
ボゴンッ、と突然後ろで音がした。振り返ると、少女がどうやったのか、壁に穴を開けていた。そこから抜け出すのが見えた。
「逃げたぞ! 追え!!」
騎士団は慌しく来た道を戻って行った。寸前にローブを着た男はちらりとこちらを振り返り、
「……君がどんな夢を見ていたかは知らないが、魔王は死んでいない。先ほどの少女こそが、我ら人間の憎き悪魔。魔王なのだからな」
分かったなら早く消えろ、そう言い残し去って行った。彼はしばらく呆然としたまま立ち尽くしていた。
「…………まおう?」
あの少女が? 華奢で、白い肌で、何より俺を助けてくれた――あの少女が?
「ありえねえ……」
再び誰もいなくなった室内で、彼は一人ごちる。だって、そうなのだ。魔王は間違いなく自分が倒したではないか。あの日、命からがら、仕留めた。
しかし、その時に呪いにかかったのも、紛れもない事実だった。
「百年の歴史と、その力が奪われていることだろう……」
あの少女が話していたことが事実なら、今は自分が生きていた頃の時代と違う。国王も、年号も、月の呼び方さえ変わってしまった。そして――
「…………」
彼は右手の指、人差し指と中指を眉間に添えた。魔力を探知するのだ。しかし、いくら気を研ぎ澄ませてみても何も感じない。
続いて手を前に出し、「火の粉」と唱える。やはり、何も起こらない。
「……魔力が、消えている」
自分の中にあるはずの魔力が、欠片も残っていない。一ミリもその力を感じない。これがつまり、力を奪われるということなのか。
正直、受け入れるのは難しかった。魔力がないというのは、イコールで裸同然ということだ。たとえ魔法使いでなくても、戦士であっても、はたまた戦闘経験のない民間人であっても、魔力というものは存在する。生命エネルギーみたいなものである。それによって無意識的に身を守っているし、多少の無茶が可能になる。
それがすっからかんというのは、元々の潜在能力だけを考えれば、今の彼は最低ランクに位置しているということだ。
「オイ、うそだろ……」
しかし、それならば尚のこと、何故自分は生きているのだ。魔王との戦いを終えた自分は、まさに死にかけの状態だった。死にかけで魔力も持たない自分は、すぐに死んでも何らおかしくない。
だとすれば、百年の歴史を越えて再びこの世界に現れた瞬間助けてもらわなくては、道理が合わない。
「あいつ……」
彼は、先ほど穴が開いた場所を見た。彼女は言っていた。命の恩人だと。
そして嘘か誠か、光后騎士団の男は言っていた。彼女が魔王だと。
彼には、どちらの言葉を否定する術も持たない。それを確かめる方法がないからだ。だとすれば、自分の信じる道を行くしかない。
「自分の道、か……」
呟いて、彼は走り出した。