復活―1
目が覚めた瞬間に、意識を失っていた。本当に、そんな感覚だった。
「ぐ……あ……」
魔王との戦いを終え、彼は意識を失った。目覚めた時の視界は、同じ魔王城。目の前には誰かがいた。はっきりとは分からない。しかし彼は直感的にそれを魔物と感じた。剣に手を伸ばそうとするが、力が入らない。疑問が浮かぶ中、次の瞬間には倒れ、再び意識を失っていた。
駆け寄るような音が、聞こえていた。
「う…………」
今度こそ意識が覚醒した。目を覚ますとそこはやはり、魔王城だった。ずいぶんと長い間寝ていた気がする。頭の片隅が痛い。
体を起こし、辺りを見回した。魔王城――なのか? ここは。
「こんなに朽ちていたかな……」
確かに凄まじい戦いをした記憶がある。壁にいくつもの穴を開け、ところかまわず剣を振るっていた。しかしなんだか、壊れているというよりかは、老朽化という言葉が似合った。崩れ落ち、苔も生えている。
「とはいえ、よく見ていたわけじゃないしな……」
元々そうだったのかもしれない、と勇者は納得させた。改めて辺りを見回す。
どうやら今は昼間らしい。光が数多く射し込んでいた。どのくらい寝ていたんだろうか。
少しぼんやりとして、そしてすぐに異変に気づいた。――痛みが、消えている。
「傷が治っている……?」
自分の腕や脚を見ても、切り傷一つない。それどころか、着ていた鎧(戦いでボロボロになっていたが)は影も形もなく、ティーシャツに革のズボンと非常にラフな格好をしていた。
「誰が治して……応援が来たのか?」
ここは森の奥にある魔王城。近くには小さな村があるだけだった。そう簡単に来るとは思えない。それどころか魔王の加勢をしに他の魔物が来てもおかしくないはずだ。そうした場合、余力のない自分は為す術なくやられているはずだが……。
勇者は眉をしかめる。そういえば、一瞬意識が戻った時、誰かいたような……。
「あ、起きたんですか?」
勢い良く後ろを振り向いた。女性の声、そこには見覚えのない女の子がいた。
小柄で、年齢は十代半ばといった感じか。着ているものは白のワンピースだった。特にこれといった装飾もされていない。顔は、とても整っていた。大きな目に小さな鼻。少し目つきが悪い気がしなくもないが、可愛いという表現が見事にマッチした少女だった。
「君は……?」
突然魔王城に現れた少女に対し、警戒心を持たないわけにはいかなかった。腰につけていた剣も消えている。普通なら十秒あれば組み伏せることの出来る相手だが、妙な感じがした。相手の力量が見抜けない。
「そんなに緊張しなくていいですよ」
少女は小さなザルを抱えていた。覗き込むと、それには水とタオルが入っているようだ。
少女は彼の横を素通りし、壁の前に着くと、ザルを床に置いた。中にあったタオルをきつく絞ってから、
突然服を脱ぎ始めた。
「ちょちょちょ!?」
純白のパンツが見えて、ワンピースが完全に脱げる直前に、少女は思い出したようにこちらを見た。
「どうかしましたか?」
「ど、どうかしましたじゃねえよ! なんで突然脱いでんだよ!」
「はあ……。別に、見たければ見てもいいですけど」
「そんな話はしてねえ!」
「わざと驚かずに、気づかないフリのまま見続けてもいいですよ」
「俺が見たい前提で話すな!」
少女は面倒くさそうに眉を曲げて、ワンピースから手を離した。形の良い尻が布に覆われる。彼はほっと息を漏らした。
「なんだお前は……痴女か」
「失礼ですね。だとしたらあなたは覗き魔です」
「覗いてねえよ! 見ざるを得ない状態になっただけだ!」
「見ないようにすることは出来たじゃないですか。すぐに後ろを振り向くとか」
「べ、別にそんなに見てねえし! すぐに他の方向向いたし!」
「わたしのパンツの色は?」
「白!」
飽きれる少女を目にして、彼は頭を抱えた。ただでさえ状況を掴めていないのに、この謎の娘のせいで混乱に拍車がかかる。
彼はふうと息を吐いて、少女を指差した。
「君は……誰だ?」
尋ねられた少女は、持っていたタオルを再びザルに戻して、片眉を上げる。
「誰とはご挨拶ですね。仮にも命の恩人ですよ」
「命の恩人?」
「ええ。ボロ雑巾みたいになっていたあなたを助けてあげたんですから」
その言葉に、安堵よりも警戒を抱いてしまう。それはつまり、あの傷を治した? 彼だって正確に数えているわけではないが、相当な量の傷だったはずだ。凄腕の魔術師だってあれを治すには数ヶ月かかる。それを彼女は……。
「あれ? そういえば今って何日だ?」
ずいぶん寝ていた気がするが、あの戦いから何日が経っているのだろう。聞くと、少女は事も無げに答えた。
「四月の五日ですが」
「四月……? 四月っていつだ? 冬か? 師走からどのくらい経ってる?」
「師走って、旧暦ですか? それでいうなら、卯月の五日ですよ」
「は? 四ヶ月……?」
四ヶ月も、ここで寝たまま少女に看病されていたのだろうか。いや、それだけじゃない不安がどうにも押し寄せてくる。引っかかりが、頭のどこかにある。
「念のため聞きたいんだが……今って、幻国何年だ?」
「幻国って何十年前の話しているんですか。今は楼国六十七年ですよ」
「楼国……? ファントム国王は?」
「とっくに崩御しています。今はバールブディア国王です」
「バー……?」
頭の中で次々と疑問が浮かんでは、それが闇のように心に穴を開けていく。彼は脂汗をかきながら、恐る恐る最後の質問をした。
「幻国四十八年から、何年経ってる……?」
「はあ……ちょうど、百年ですが」
その言葉に、あの場面がフラッシュバックされた。魔王。戦い。呪い。
しかしその不安を実感するよりも前に、多くの足音が聞こえてきた。彼と少女が振り向いた先には、鋼鉄の鎧に身を包んだ男。
「いたぞ! あそこだ!」