最終日〜全体運上昇中!
いよいよ最終回となりますが、エピローグまでがこの物語りとなります。長くなってしまいましたが、あと少しお付き合いお願いします!
ーー朝、俺は無駄に早い時間に目を覚ました。
ホントに…いつもダルそうに起きる俺は、もういない。それは一週間前までの俺。
今は…違う。
「おはようございますー。もう朝食できてますよー」
今はミントがいるから。
ーーーーーーー
朝食を食べ終わり、珈琲を飲みながら新聞に目を通す。
おぉ、一面記事に俺載ってるんですけど。
なになに、〜客人400人を救った高校生〜…照れるぅー。
まぁあの事件はニュースでも騒いでいたからな。今日あたり学校行ったらマジで俺ってヒーローになるんじゃん? うはー。
「光一くん、顔がニヤけてますよー?」
「おっと。すまないな、ミント。顔洗ってくるわ」
洗面所に行き、水で髪を濡らしてドライヤーで乾かす。寝癖がとれた髪にワックスをなじませ準備完了。
リビングに戻るとミントが申し訳ない顔をして座ってる。
「光一くん、あの…」
「あ、何かトイレ行きたくなったな」
そして便所へ。これは毎朝の日課である。
戻ると、ミントは更に申し訳なさそうに…尚且つ苛立っているような顔をしている。
「光一くん、そろそろ…」
「う、まだ少し残尿感があるなぁ。もう一回トイ…」
「光一くん!!」
………………。
ふぅ、何か情けねぇな、俺。
何、ミントから逃げてたんだよ…。
「ゴメン、ミント。じゃあ…いつもの、頼むわ」
「はい、これが…最後のカードです」
この言葉を聞きたくないために、不覚にも俺はミントから逃げていた…。
自宅での能力上昇は、必ずと言っていいほど、カードを引かされるのは朝食の後だった。
意味ないのにな。カードを引こうが引かまいが…。
ホント、情けないよ…俺。
俺は恐かったのかもしれない。いや、むしろ恐い。めちゃめちゃ恐い。泣きたい程に、崩れそうな程に、誰かを頼りたい程に…恐い。
俺は躊躇う。カードを引くという行為を。
手を伸ばせばカードに触れられる距離だ。なのに、届かない。俺は手を伸ばそうとしない。震えている。昨日400人を救った『ヒーロー』は、震えている…。
死ぬから。
今日、俺は死ぬから。
それを事前に、知っているから。
最初は死ぬ事に恐怖なんか感じなかった。でも、ミントに出会い、不覚にも『生きる事は楽しい』と感じてしまった。
ミントはしっかり意思さえ持っていれば生まれ変われると言っていた。
それでも恐い。
恐い…恐い…恐い…。
俺は死ぬのがーーー
「泣かないで下さい。光一くん」
俺の身体を包みこむ柔らかい感触。
「大丈夫です。生まれ変わりますから。だから…大丈夫です」
そう言って、俺を抱きしめる力を強めたミント。
ミントの顔は俺の胸までしかないほど、低い身長なのに…今は頼もしく感じた。
知らず知らずの内に流れた涙は、より一層威力を増し、頬を伝いミントの髪を濡らす。
俺もミントを抱きしめる。震える。ミントの肩を小刻みに揺らすほど震えている。
「ありがとう…ミント」
「いえ、平気ですよ? もう少しこのままでいましょうか?」
「いや、もう大丈夫だ」
ミントから腕が離れる。まだ、震えは止まらないが、いくらか楽にはなった。
「ならいいんですがーー『ヒーロー』の涙を止める役も、案外悪くないもんですね」
その笑顔が決め手となり、俺の震えは完全に止まった。
意思をしっかりと持った瞳は、標準をカードに定め、視点をそらさない。
ゆっくりと手を伸ばす。
確かな感触。
ミントの手から、最後のカードが離れた。
そして、引いたカードに書かれていたものはーー
「……全体運」
「最終日は全体運アップですー」
この台詞を聞くのも、今日で最後だ…。
時間は止まってはくれない。俺の死へのカウントダウンは刻一刻と、いつもと変わらぬスピードで時を刻んでいく。
「ミント、全体運とは、一口にどういった意味なんだ?」
「そのままの意味で捉らえてもらって構いません。何をしても上手くいく。まるで、世界が光一くんを中心に回るようなものです」
おぉ、なんか最終日だけあって、凄まじい能力だな。
俺を中心に…か。
悪くないな。
「何かやり残した事はありませんか?」
やり残した事…はは、そんなものないさ。
欲しいものもない。これは、生きたいと強く願った今でも変わらない事。
……いや、一つだけあるな。
欲しいものが。
それはーーー
突然、部屋中にチャイム音が鳴り響く。どうやら誰か来たみたいだ。
誰だろう? 思い当たる節では、葉月か達也が一緒に登校しようと迎えに来てくれたのだろうか?
「はーい」
俺は返事をし、玄関までの短い距離を小走りで移動する。
「はい。…………!!!」
ドアを開けて驚いた。
「父様、母様…」
なんと父と母が、玄関に立っていたのだ。
ありえない話だが、母の顔を見るのは一年ぶりだ。父に至っては、かれこれ約三年間も顔を合わせていない。
それも、顔を合わせただけ。会話は皆無である。
そして、一家全員が揃うのは、実に五年ぶりである。
久しぶりの再会でも、父と母を忘れる程俺は馬鹿じゃない。
幼き頃の名残が、両親の存在を鮮明に覚えている。
全く変わらないわけではない。母は少し太った。父は髪が少しだけ薄くなった。
それ以外にも、わずかな変化を見逃さない。
俺の記憶の中での両親とは少し違うが、それでも実の父と母。間違う訳はない。
「光一、さっき海外から帰ってきたばかりなんだが、偶然にも母さんと玄関で会ってな」
「そうなんですか。お仕事、お疲れ様です」
「光一さん、朝食は済みましたか? 今からお父さんと食事するけど、一緒にどう? 久しぶりに母さんの手料理よ」
か、母さんと父さんが一緒に食事を!? どういった風の吹き回しだ?
…あ、そうか。ミントの能力…か。
「今日は偶然が重なる日だ。何せ私も母さんも仕事が休みだからな」
たっ、確か父さんの休日って年に二、三回ぐらいしかないんじゃなかったっけ?
そうだよな、俺は今日で死ぬんだ。今更学校でテストを受けたって、何の意味もない。
だったら最期くらい、せめて家族と…。
俺にも居た、『家族』と…。
「はい、いただきます」
ミントが作った朝食を食べたばかりだったが、何とかなるだろう。
ーーーーーーーー
そして、奇跡的に揃った一家は、母さんの部屋へ入る。
もちろん、部屋の造りは俺の部屋と全く同じである。
母さんの部屋に上がるのも初めてだ。かなり綺麗にされている。…と、言うか生活感がない。
まぁ、何日も家に帰らないのだから無理はないか。
さっきまで海外に行ってたらしいし…。
父さんの部屋はもっと生活感がない気がするけど…。
部屋は洋風の造りになっているため、一先ず俺と父さんは椅子に腰掛けた。
母さんは台所で朝食の準備に取り掛かっている。
「光一、学校どうだ?」
「はい、今回のテストは満点の自信があります。まだ返ってきてないですけどね」
「そうかそうか。それは素晴らしい事だ」
なぜ、こんなにも平凡な会話に…そして相手が親なのに、俺は緊張しているのだろう?
堅苦しい言葉…でも、失礼のないように慎重に言葉を選んでいく。
なぜ…俺は親に敬語なのだろう…。
なぜ…父さんと最後に話した日を思い出せないのだろう…。
なぜ……なぜ…
………なんでーーーー
「お待たせ」
下を向いていた俺に、白い湯気がかかる。
味噌汁だ。ほうれん草と豆腐が入ってる。
次々と母さんは料理を運んできた。
白米、味噌汁、目玉焼き、サラダ……何ともまぁ普通の朝食だった。
「ふふ。外国にいるとね、お味噌汁が飲みたくなるの」
「そうだな。これが、我が日本国の味だもんな」
「光一さん、どうぞ?」
「い、いただきます!」
俺は胸の前両で手を合わせ、箸を手にとり味噌汁に手を伸ばす。
……あたたかい。うまい。
ミントには悪いが、この味噌汁は格別だ。
何せ、特別な調味料が入っているのだから…。
それは、母さんの心。
やばい、涙が出そうだ。
俺は夢中で朝食にがっついた。とは言っても、品の無い食べ方はマナー違反なのでしていないが…。
朝食を済ませると、沈黙が訪れた。
気まずい空気が流れる。何か話そうとしても、言葉にならない。
「……光一」
向かいの席に座っている父さんが、低いトーンで話し掛けてきた。
「はい、何でしょう?」
父さんは真っ直ぐこっちを見ているので、俺も父さんの目を見て、次の言葉を待つ。
「本当に、すまない」
俺は驚いた。開いた口が塞がらないとは、まさにこの事を言うのだろうか。
なんと、床に手をついて頭を下げてきたのである。
土下座…? 父さんが…?
この…俺に?
「父様…! あの…」
「光一さん、私からも言わせてもらうわ」
続いて、母さんまでもが父さんの横で土下座をする。
「申し訳ありません」
「父様、母様! いけませんよ、手が汚れます」
「許してくれ…光一」
そして、俺は見た。
うつむいた父さんから流れる涙を…。
ーーーーーーー
小さい頃の父さんは、本当に俺の中でヒーローだった。
だって、何でもできる人だから。
天性の才能なのだろうか、父さんは『万能人』だ。
医者、料理人、弁護士、ありとあらゆる資格を手に入れた父さん。それも、全てが一流。
その結果、今となっては日本に居なくてはならない存在。
8ヶ国の言葉を会得し、海外へ出張なんてのは当たり前。
そんな父さんと結婚できた母さんも凄い。
父さん程ではないものの、女性という性別を活かした職に就く、これまた万能人。
華々しい才能を持つ母さんは、お花、ファッションデザイナーあたりの資格を持っている。
もちろんセンスがいいために、その作品は日本だけに留まらなかった。
そんな万能人同士から生まれた俺なのだ。さぞ周りのお偉方は期待するだろう。
ーーーーーでも
俺には何の才能もなかった。
ただの凡人。どこにでも居る一般の思考を持つ。
そして、俺は『閉じ込められた』
父さんと母さんの子供じゃないように。
そして、父さんと母さんの子供は、………他に居た。
居たと言う言い方は駄目だな。
正確に言えば『作られた』。
幼い頃から、周りよりもずば抜けた才能を持つ子供を、養子として貰った。
まぁ、俺からすれば義理の兄となるわけだな。
俺達一家が、同じ部屋に住んでいない理由も、我が家が豪邸を建てる事もせずに高級マンションとしている理由がそれである。
周りには赤の他人として見られる為に…………。
もちろん、父さん達も本意でない事くらい分かっている。上の者から圧力をかけられている事も…。
義兄は、俺の変わりとして、現在は日本に大きく貢献している。
すでに婚約者もいて、ただ今同棲中らしい。
そんな万能人が今、凡人の俺に頭を下げている。
「父様、僕からも謝らせて下さい」
父さんは涙でくしゃくしゃになった顔を上げて、俺を見上げる。
俺は膝をついて、床に手をつけた。
そして、床の温度で額がひんやりする。
「何の才能も持たないで生まれてしまって、ごめんなさい」
この言葉が引き金となり、滝のような大量の涙が溢れ出た。
それは俺だけでなく、父さんも母さんも同じだった。
「光……一さん」
母さんは俺を抱きしめてくれた。
すごく、良い匂いがする。
「今日は、本当に久しぶりに家族だけで過ごそう。光一、学校には連絡を入れておくから心配するな」
父さんは涙をふき、言った。
その言葉が、本当に嬉しかった。
ーーーーーーーーー
その後、周りから見たら、それはそれはつまらないだろうと思われるようなことをした。
主に、今までの俺の生活の事を話した。
もちろん、つまらなかったなどは禁句である。かなり美化された内容だったが、父さんは俺の一言一言に、うんうんと相槌してくれた。
葉月の事も話した。なぜか母さんが顔を紅くする。青春時代の自分の恋愛と重ねているのだろう。
止まらない。話題が止まらない。さっきまで何を話せば良いのか考えていた俺ではない。
ミントが来てからの一週間の出来事を、正確に伝える。それはまるで、俺自身が死ぬ前に思い出に浸るように…。
もちろん、ミントの存在は話していない。それを言ってしまえば、今日死ぬ事も言ってしまいそうだ。
現在時刻は昼の2時。タイムリミットは後10時間…。
それまでは、せめて…笑っている顔を見ていたいのだ…。そして、俺も笑っていたいのだ。
偽名である『片瀬 光一』ではなく
本名である『須永 光一 』として
笑っていたいのだ…。
タイムリミットは刻一刻と近付いてくる。ミントはそれを気にしてか、時計をチラチラと見ている。
「光一、ちょっと、散歩に行かないか?」
父さんが言った。
散歩…それは嬉しい。嬉しすぎる。
でも、良いのだろうか?
もし、父さんが俺といるところを他の誰かに見られたりでもしたら…。
「はい。僕は構いませんが、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫って、何がだ?」
「その…誰かに見られたりしたら…」
「すまないな。子に気を遣わせてしまうなんて、私は父親失格だ」
「いえ、別にそんな…」
「お前が気にする事じゃないさ」
「なら、行きましょう」
俺は制服のままだったが、父さんもスーツのままなので、この格好のまま外に出た。
大して思い出のない道が、新鮮に思えてくる。お気に入りの散歩コースなど知らないので、近所を適当に歩く事にした。
時刻はすでに夕方6時。辺りは暗くなりはじめ、空には一番星が出ている。
あと…6時間か。
「光一よ、そんなに周りを気にしなくとも良いぞ?」
「すいません。やはり気になるので…」
「光一、『親子』というものはな、会話に敬語は使わないんだぞ?」
「は…はい。いや…うん」
「ハハハ、そうだ」
会話に敬語…。
幼い頃は無理矢理にでも親に敬語を使わされていた記憶が蘇る。
父さんも思い出したのだろうか、少し表情が曇る。
不意に、周りの視線が父さんに集まっている事に気付いた。
テレビで見た事ある…などの小言が聞こえてくる。
やはり、俺と一緒にいるのはまずい。
「父様……父さん。やっぱり俺と一緒じゃ」
「光一!!」
「はい!」
怒鳴られたので、つい敬語になってしまった。
「お前の最期くらい、父親面させてくれよ」
「………………え?」
「横にいる娘は、死神さんだろ? 随分と幼くて可愛い顔をしているが……死神がいるって事は、光一の死期が近い事を意味しているのだな?」
万能人は、死神までも見えてしまうのか…。
父さんは『そこか』と呟く。その視線の先には、ビンゴでミントがいる。
「名前は?」
ミントはかなり慌てているようだ。姿を消している(俺にだけは見えている)のに、人に見られたのは初めてなのだろう。
「ミ、ミント…です」
「………ふむ。ミント。良い名前だ」
なんと、声まで聞こえている…!
「光一を連れていってしまうのかい?」
「はい、残念ですが、深夜12時を回った時点で」
「…………そうか。相手が死神では、私の霊能力も赤子当然だろうな」
ミントは一瞬、身構える。父さんに除霊でもされると思ったのだろう。
(嘘…でしょ? この人、私より強い。本当に人間なの?)
「ミントさん。失礼させてもらうよ」
「………ひっ!?」
父さんは突然、ミントの頭を手で撫でだした。
ミントはされるがままにおとなしくしているが、目を閉じて震えている。
「………成る程な」
父さんはミントから手を離した。そして、悲しい目をしている。
「ミントさんの記憶を読ませてもらったよ。光一、本当に私は父親失格だ」
万能人恐るべし…!
父さんがそんな事をできるなんて思いもしなかっただけに驚きである。
ミントはしばらくボーッとしていたが、すぐに意識を取り戻した。
「もはや、私にはどうする事もできないな。力ない父を許してくれ」
どこの誰が、この完璧な万能人を、力がないと言えるだろう。
「俺は最期に父さんとこうして話せてる。それだけで充分満足だよ」
「すまないな。だが正直、ここまで読めたのは初めてだよ。きっと、我が子の為に必死だったんだろうな、私は」
……父さん。ありがとう。
「さぁ、帰ろう。きっと母さん、今頃目を腫らしているだろうから」
「…え?」
「母さんは私以上に霊感が強い。それに、占いで不吉を予知していたらしい。実は今日、仕事が休みなのは偶然じゃなくて、母さんに緊急帰宅を知らされたからなんだ。
母さんは光一の顔を見ていると泣きそうだと思って、こうして散歩に誘ったんだ」
そうか、母さんも万能人なんだ。占い…か。今は、その力を信じれるよ。
そして、俺達は家に帰る事にした。
部屋に入ると、父さんの予想は当たっていた。母さんの目は赤くて、少し腫れている。
……泣いてくれていたんだ。
「……ただいま」
「……おかえりなさい」
次の言葉を探す。でも、見つからない。母さんの作り笑顔を、ジッと見つめる事しかできなかった。
俺に隠れていたミントが、ひょっこりと顔だけを出す。母さんに怯えているようだ。
母さんはもう、ごまかしはしなかった。
ミントを見つけると、冷たい目で睨み付ける。
「ゆっくりしていきなさい」
それだけ言うと、台所の方へ行ってしまった。
「ミント、ゴメンな。悪いのは俺なのに…お前に辛い思いをさせちまって…」
「き、気にしないで下さいー。し、死神に感情なんてありませんからー」
ミントも、嘘が下手な奴だ…。
最後の晩餐。
終始無言で夕飯を済ませ、時刻は既に夜の10時。
あと…2時間…。
俺は焦っている。死ぬのが恐くないなど、もはや言えない。
じっと座っていることができない。常にそわそわしている。動いていないといけない気がして…。何かをしていないと不安で…。
落ち着け…無理だよ…いや、落ち着くんだ…だから、無理だって…。
独り言で喧嘩しはじめる。
そうだ、風呂にでも入って、気持ちを落ち着けよう。
風呂は母さんが沸かしてくれていたみたいで、良い具合に湯気が立っている。
シャワーを頭からかぶる。
しばらく、俺はその体制のまま、動かなかった。
どうしよう…死んじゃうよ…。
一人でいるのが、急に恐くなった。頭と体を洗い、湯舟にさっと浸かり、風呂を出た。
居間に戻ると父さんと母さんが、深刻な顔付きで待っていた。
「光一、そこに座りなさい」
二人の前にある椅子に座る。
残り…あと1時間を切った。
「何から言おう…かな」
父さんも言葉探しに戸惑っているみたいだ。俺からは何も言う事ができない。
再び訪れた沈黙を破ったのは、母さんだった。
「私たちは、光一さんに何一つとして親らしい事をしてあげられなかったね」
母さんの頬を伝う一筋の涙に、俺の涙腺も緩む。
「そんなことないですよ。だって、今日は……本当に嬉しかったです」
「……光一さん」
涙でお別れは好きじゃない。俺は笑った。
笑ってるのに、なぜか涙が出てきた。
本当にもう、これで終わりなんだ。言いたい事は山ほどある。否、あった。
会えたから、もうどうでもいい。
俺は二人の息子として思われていた。それだけで充分だ。
だからこそ、二人の前でぱったり逝く訳にもいない…。
「それじゃあ、僕は部屋に戻りますね」
最後は、とびっきりの笑顔を見せた。
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい、光一さん」
つられて、二人も笑った。
俺が部屋を出て、ドアを閉めた瞬間に、中から母さんと父さんの叫び声とも言える程の泣き声が聞こえた。
俺は夜空を見て思う。
また、こんな親の下に生まれたい。
この思いは、届くだろうかーー
自室に戻り、ベットに横になる。残り…あと3分。
ついに、この時がきた。
「ミント、ありがとう。お前のおかげで、生きるって楽しいって思えたよ。黄泉の国でも会えるかな?」
「ふふ、良かったです。黄泉の国じゃ、たぶん会えませんね。だって光一くんはーーすぐに生まれ変わりますから」
「そうだな」
そして、目を閉じた。
光が見える。
光の中にはーー
…達也。
俺の人生で初めてといっていいほどの『友達』と呼べる奴。
笑ってやがる…。
達也、お前の中に送り込まれた、俺の血。
お前の中で、俺は生き続けるよ。
一つの光が消えた。
すると、また光が現れる。
…葉月。
人生初の『恋人』
気付かなかったが、いつも俺に気をかけてくれていた。
…笑った顔。
その笑顔が好きだ。
葉月の中に送り込まれた、一億個の俺の分身は、消されてしまっただろうか?
光が消える。
そしてまた、別の光。
…美里さん。
本当は、そんなに綺麗な顔立ちだったんですね…。
怪我、治って良かったです。
これが…走馬灯というやつか。
ありがとう、ありがとう。
ありがとう、皆。
死ぬ前に皆の顔が見れるなんて、俺は幸せだ。
そして、こんな思い出をくれたーー
「ミント…ありがとう」
「どういたしまして。ーー時間です…ね」
深夜12時ジャスト。
ーーさようなら。
そして
ーーありがとう。