五日目〜勉強運上昇中!
残るカードは三枚…。
それは俺のライフポイントを現している。
一枚引く度に、命も削られていくような…そんな感じだ。
いや、考えるのは辞めよう。ミントの能力で、今を楽しむと決めたんだ。
よし、今日は…このカードだ!
ミントが出した三枚の内、左側のカードを選択した。
「勉強?」
「五日目は勉強運上昇ですー」
ちょうどいい、今日から期末テストが始まるんだ。
葉月に勉強を教えてもらったとは言え、今までの勉強を短時間でマスターしたとも言い難い。
良い点数を取れば、教えた甲斐があったと、葉月も喜んでくれるだろう。
「よし、じゃあ学校行くか!」
コンビニで昼食を買った俺は、高校への通学路を歩いた。
今日は学校でテスト前に少し勉強をしようと思ったから、早めに家を出ていたのだ。
しかし、さすがに早く着きすぎたか? 教室にはチラホラとしか生徒は来ていない。
皆無言で、ひたすらノートに書いたり、プリントを見直したりと重苦しい雰囲気である。
「あ、おはよう。光ちゃん!」
その中に葉月もいた。
席に着いた俺はテストの復習を最終チェックしている。
「今回のテストはやる気あるね。頑張って良い点数取ってね」
「あぁ、分かってるよ」
その後は俺達二人も無言になり、プリントを見直す。
一時限目は歴史のテストだ。年表を暗記できれば問題数が多い分、点数を稼げるんだが…。
こんなにたくさんあるもんなぁ…。
机の上に広げた五枚のプリント。その五枚、裏表にびっしりと年表が書かれている。
…どれが出るんだ?
何気なく一枚のプリントを手に取って見てみる。
ーーーーーーーー!!
…何だ、この感覚は!?
頭の中がスッキリして、一目見ただけの年表が覚えられた…。
目を閉じてみると、その年表に書かれた出来事が浮かんでくる…。
そうか! これがミントの能力か。
調子に乗った俺は、次…次…と、プリントを見ては覚えてを繰り返した。
…待てよ、って事は…。
俺はおもむろに教科書を取り出した。
テスト範囲である部分をパラパラとめくっていく。
やはり間違いない。全部覚えられる。
昔テレビで、幼い子供が《記憶術》とか何とかで、本を凄いスピードでめくり暗記するのを思い出した。
その能力を、今まさに俺が使えている。
よし、このペースなら今日の分の…いや、今回の分の勉強を全部暗記してやるか。
「ちょっと光ちゃん、国語は明日だよ?」
「んー、もう今日の分は覚えちゃったから」
「………は?」
葉月がポカンと口を開けて驚いている。まぁ無理もない、つい最近までは基礎中の基礎も知らないような奴が、いきなり勉強できるようになったんだ。
そして全教科の教科書とプリントを全て暗記した。
テストなのに俺だけ教科書を見て受けているようなもんだ。これは凄いハンデだな。
ーーーテスト開始。
今日の教科は、歴史、数学、物理である。
歴史や物理なんかは簡単過ぎだ。教科書に出てくる文章がそのまま空白を埋める形の問題となっているため、丸暗記している俺にとっては朝飯前だ。
数学は公式を全て覚えた。
その公式と数字を見ていると、どうやって解けばイィのかが頭の中に浮かんでくる。
ペンは開始から休む事なく動き続けた。止まった時には、答案用紙は正しい解答で埋め尽くされていた。
高校は中学と違い、テストが終われば帰れるため、この日は午前中に帰宅する事ができた。
部屋に着いた俺は本棚から国語辞典を取り出す。
ちなみに本棚に納まっている本に漫画本はない。
国語辞典、英和辞典、百科辞典の、たった計三冊だ。
その為の本棚はどうかと思うが、きちんと整頓されていた方が良いだろう。
そして、まずは国語辞典をパラパラとめくっていく。
……やはり、覚えられる。しかも尋常じゃないスピードで。
頭が次々と学ぶ事を求めてくる。
だが待てよ。辞書の内容なんて覚えてもつまらんな。
他に本はないのか?
「光一くん、そんなに覚えてどーするですかー?」
俺が本に夢中になっていたので暇だったのであろうミントが聞いてくる。
「死ぬ前にな、この世の全てを知っておこうと思ってな」
「そんな一気に覚えると、能力が切れた時あまりの情報量の多さに脳が破裂しますよー?」
「どうせ死ぬんだから脳が破裂しようと構わん。ミントの能力は一日に一つずつ増えていくんだろ? だったら、能力が消える時は俺が死ぬ時だ」
「確かにそうですー。先に言ってしまうと《今》を楽しめなくなるんで、あえて言わなかったんですけど…気付いてたんですねー」
「まぁな」
「一つ忠告しておきますー。確かに上昇した能力は日にちが経っても継続しますー。ーーーが、威力は劣れえていきますよー。つまり、初日のような友情運は、今はそれほど高くないという事だけ言っておきますー」
なるほど、これは充分注意しないといけないな。
調子に乗って、今日一日で辞書の全ての内容を暗記するような事をすれば、明日には頭痛やら何かしらの悪影響が出るわけだな。
「分かった。気をつける」
いくら能力があったとしても、リミットがあるんじゃ仕方ないか。
元は俺の脳なんだ。人間の脳は忘れやすいようにできている。
忘れやすいように……そうだ!
「ミント、俺は先に寝させてもらうよ」
「まだお昼の2時ですよー?」
「あぁ、夢を見たいんだ」
そうだ、人間は一度の睡眠に見る夢の数は計り知れない量の数なんだ。
ただ、起きた時に見た夢の全てを覚えていては頭が混乱する。だから脳が自動的に夢を消している。
よって忘れた夢を必死で思い出そうとしても無駄なのだ。
既に消し去った後。脳が、その夢は《なかった》事にする。
なかった事を思い出すなんて無理に決まっている。
だが、今の俺なら、なかった事にはならない。
能力によって上昇した運…もとい、記憶力。
それによって、夢を覚えていられるとしたら…。
この一眠りの間に、数日分の日数を体感できるかもしれない。
疲れ知らずの今の脳が、どこまで夢を残してくれるか…それを試す為にも寝てみよう。
良い夢だけじゃないことも分かっている。もちろん、悪夢かもしれない。怖いかもしれない。
それでも、寝る。
全ては夢だと割り切ればいいだけだ。
カーテンを閉めると、曇りだったため、部屋は充分に暗くなった。
30分くらいは寝付けなかったが、意識が遠退いていく………。
ーーーーーーーー
意識が戻った。いや、おそらく、現実世界じゃないだろう。
俺は自分の部屋で寝たのは覚えているんだ。普通なら夢と自覚はできない事が多い。だが、今現在俺の脳は瞬時に判断する事ができる。
今立ってる場所は布団の中でも、俺の部屋でもない。
見覚えがある…どこだっけ?
デパート…そうだ、ここはデパートの中だ。
広いフロアの中には、高級そうな衣服がズラリと並んでいる。
客のほとんどが気品のある婦人で…店員が礼儀正しく頭を下げている。
ここは…一度、母に連れて来てもらった事がある。家の近くの《スターサイド》というデパートだ。
宝石や衣服など、とにかく高級品ばかりを扱う店だ。
思えば、俺がここに来たのは一度きりだった。初めて母と外出をしたはいいが、俺はここで迷子になって泣いてしまったんだ。
まだ三才かそこらの餓鬼の頃だった。デパート内には品の良い人達しかいないため、大声で泣きじゃくる俺を汚らしい目で見られたっけな…。
放送のおかげで、すぐに母は迎えに来てくれたが、プライドの高い母の事だ。あの時は自分の息子が恥さらしになって、さぞ恥ずかしかっただろう。
それ以来、母とはどこも出掛けていない。
そんなデパートに、俺は立っていた。店内はムードのある音楽が掛かっており、どこかシーンとしている。
カウンターの横に、日付と時間がデジタルで表している時計があった。
日付は今日だ。時間は、夕方5時。俺が寝たのが大体3時だから…まいったな、まるで現実世界にいるみたいじゃないか。
ーーーー居心地が悪い。
ここを出るか? まぁ、夢の中だ。場面転換も早いはず。しばらくすれば、意識も別の場所に移るだろう。
そう思った、その時。鼓膜が破れそうな程の大きな爆発音が聞こえた。
さっきとは打って変わって、慌ただしくなる店内。自分の身が一番である婦人共は、キャーキャー言いながらパニクっている。
何だ!? 爆発だと!?
テロか? いや、そんなはずはない…。
記憶が蘇る…確か、俺が立っているフロアは最上階の四階だ。
一階には宝石店、二階にはブランドのバッグや小物…三階には……レストラン…そうだ、レストランだ!
爆発の原因はそこか!?
十五年前の記憶が、ミントの能力のおかげで、鮮明に蘇る。
ここは夢の中だ。俺は痛みも何も感じないはず。なのに、なぜか妙に暑い。
商品の衣服に火が………。
まずい、火事になってる。
エレベーターもストップしていて、客はさらに慌てる一方だ。
婦人達は気が動転しているのか、非常階段の存在に気付いていない。
動かないと分かっているはずなのに、エレベーターのボタンを何度も叩いている。
徐々に煙に被われていくフロア。視界も悪くなっていく。
「みなさん、エレベーターは動きませんよ! 階段で避難を…!」
駄目だ、俺の声なんざ聞こえていない。
早く…早く! 今ならまだ間に合うから!
誰か階段に気付けよ!
死ぬ…ぞ?
お前ら死ぬぞ!?
そうだ、店員は?
マニュアル通りの動きしか知らないような店員でも、階段の存在に気付くはず。
どこだ、どこにいる?
……いない?
なんでだよ! 客を見捨てて自分だけ逃げたって言うのか?
俺は店内を探し回った。
それでも見つからない。
そうだ、こういう店って、防犯用にカウンターの所に通報ボタンとか付いてるはずだ。
俺はカウンターに走った。
そこには、二人の店員が頭から血を流して倒れている。
爆発の衝撃でバランスを崩し、目の前のガラスケースに突っ込んでしまったみたいだ。
倒れたまま動かない…。
まだ死んでいないはず。でも、このままじゃ…。
あ、あった! ボタン、通報用のボタンだ!
これを押して早く警察と救急隊員に…!
……押せない。
指がボタンをすりぬける。
そうだ、そうだよ。あまりにもリアルで俺まで我を忘れてた。何で俺が慌てなくちゃいけないんだ。
落ち着け、これは夢だ。現実じゃない。
だから、覚めろ。意識よ、現実世界に戻ってくれ…覚醒しろ!
ーーーーーーーー
「光一くん、大丈夫ですかー? うなされてましたよー?」
気が付くと、ミントが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。どうやら、目が覚めたみたいだ。
「いや、ちょっと…変な夢を見てな」
「汗かいてますよ? 着替えたらどうですか?」
体が熱い。なんでだ? 今は冬だぞ? 夢の中で、周りが火事だったから…か?
「ミント、今何時だ?」
「4時前です。光一くんは一時間くらい寝てましたー」
一時間か…やけに長く感じたな。
変な夢だったな…。まるで、現実のようだった。
あと一時間後にスターサイドは爆発……いや、何を考えているんだ、俺は。そんなわけないだろう。
だが………なんだ、この胸騒ぎは。そわそわしやがる。体が、動け…と。
夢だよ、夢! 一流のレストランだぞ? 働いている奴らだって一流に決まってる。そんな奴がミスなんてするもんか!
「ミント…」
「はいー?」
「出かけるぞ」
くそ、確認しないと気が済まない。後一時間か…。無事だったら無事で良いじゃないか。
俺は自転車を飛ばした。スターサイドはすぐ近所だ。急げば10分もあれば着く。
外は寒いというのに、俺は汗をかいている。体中が熱い。心臓もバクバクする。
そんな必死な俺を、ミントは不思議そうな顔で見ながら、全力で漕ぐ自転車の横を並走している。…と、いうか、飛んでいる。
急いだ甲斐もあって、10分もかからずに着いた。
俺は店内を走る。客や店員は、またしても俺を冷たい目で見る。
何も知らないんだから、当然だ。俺だって、こんな高級な店の中を汗をかきちらしながら疾走する奴を見たら変な奴だと思う。
エレベーターを使い、三階に移動する。やはり、レストランだ。俺の記憶に間違いはない。
厨房に駆け付けた。
「調理を辞めて下さい!」
そう一言。だが、そこで俺は過ちに気付いた。
「誰なんだい、君は?」
料理長らしき人物が、俺に言う。厨房の中は依然と静まり返る。
「え…あ、すいません。でも、5時になったら、ここが爆発の原因に…」
「なに訳の分からない事を言っているんだ君は」
「本当です! 夢で見たんです!」
「夢…?」
そうだよ…信じてもらえる訳がないじゃないか。
「あの…その…」
「他のお客様に迷惑だ。これ以上騒ぐなら、警察に連絡するぞ?」
そして、何も言い返せないまま、俺は追い出されてしまった。
「どうしたですかー?」
ミントが気にかけて話し掛けてくれた。
「さっき夢でな、一時間後……いや、もう30分後にここが火事になるのを見たんだ。火災の原因となるのがあのレストランだったから止めようとしたんだが…」
「夢……ですか?」
「信じられる訳ないよな。帰ろうか」
諦めて帰ろうと自転車に跨がった時、ミントが気になる事を言い出した。
「私は信じますよー」
そして、微笑んだ。
「今光一くんの脳…特に右脳。それが発達した状態になっていますー。それは寝ている時も同じですー」
「ど、どういう意味だ?」
「簡単に言えば、正夢になるというより、予知夢に近いですー」
予知夢…? あの夢が…?
だとしたら、あと30分後に本当に爆発して火事になるのか?
じゃあなおさら助けなきゃ!!
誰が何と言おうと、死ぬ人を救いたい。
皆はまだ生きられるんだ。
俺とは違う。
皆はまだ……
その時、爆発音が鳴り響く。夢と同じ、鼓膜が破れそうな程の。
キーンと耳鳴りがする。
慌ただしくなる周り。
一階に居たのであろう人達は、次々と避難してくる。
我先に走り、押し、転び…その姿は容姿は気品に包まれていようが何とも哀れである。
流れに逆らい、俺はデパートの中に入っていった…。
スターサイドの造りは一階から二階、そして二階から三階へ行く為に使うのは主に階段とエスカレーター。
よって、一階から三階までの客は停止したエスカレーターを階段代わりにして下りてくる。
問題は夢で見た四階である。
三階から四階へ伝うエスカレーターがないのだ。
エレベーターか、もしくは非常階段を使わなければならない。
もちろんエレベーターは止まっている。
隅に隠れた非常階段を使い、俺は四階に駆け上がった。
着くと、夢で見た光景の通りだ。
非常階段の存在を忘れた婦人達がエレベーターのボタンを必死で連打している。
「みなさん! エレベーターは動きません! こっちの階段から避難して下さい!」
俺の声を聞いた婦人はまだパニクりながらも、我先に階段へと走った。
さて、次は…カウンターに倒れている店員の救助に…
ーーードーーン
な、何だ!? また爆発?
こんなの夢にはなかったぞ!?
まずい、天井が崩れ始めてきた!
次々と岩石の雨が降り注ぐ。
何とか店員を………くそ!!
ーーーーーーーー
目を開けてみる。どうやら気を失っていたようだ。
真っ暗だ…何も見えない。
体は…痛くない。まぁ、痛みを感じないだけだが…。
でも、動かない。手も、足も。
指先が軽く動くだけ。
何かが俺の体の上に乗っているのか…。
下敷きになっちまったか…。
「ウゥ……ウ」
…生きてる!
「大丈夫ですか?」
二度目の爆発音の後、天井が崩れる前に俺は店員の所まで走った。
間一髪、俺が店員の体に覆いかぶさるように寝て、下敷きを防いだのだ。
…危なかった。痛みを感じない俺じゃなかったら確実に即死だっただろう。
今頃、外はどうなったかな?
このデパートはどこまで崩れたんだ?
いっそ、全部崩れていてほしい。中途半端に崩れていては、また崩れる可能性もあるからだ。
四階にいた婦人達は助かっただろうか?
逃げ遅れた人は、この店員だけだろうか?
いずれにせよ、俺はやるだけの事はやったはずだ。
後は、救助を待って、この店員を救うだけ…。
「……重い…痛………い」
意識を覚醒させた店員からうめき声が聞こえた。かなり苦しんでいるようだ。
「大丈夫ですか? どこが痛むんです?」
「頭…と、あ…し。おも………い」
そうだ、確か頭から血を流しているんだ。それに足も痛い?
「おも…い」
重い……?
しまった! 救助を待つなんて呑気な事を言ってられない!
俺の上に落下した天井。さらに俺の全体重が店員に負担をかけている。
俺は痛みこそ感じないものの、重みは感じる。
こいつを退けないと、結局の所、店員は助からない。
「……ぐっ、ぐおおおぉぉぉ!!」
………駄目だ。どんなに頑張っても上の重りはどかない。
どうする…どうする……。
どうすれば………
「光一くん! 12時ジャストです! カードを!」
「ミント! いるのか!」
「はい。私達死神は物理法則を無視した能力を持ってますから。瓦礫も擦り抜けられます。そのかわり、今の私では光一くんに触れたり、物に触る事もできないんです」
「そうか、状況を教えてくれ!」
「光一くんのおかげで幸い逃げ遅れた人はいませんでしたー。デパートは一階まで崩れ落ちてます。瓦礫に埋もれたど真ん中に光一くんはいます。救助もしばらくかかるでしょう」
良かった…じゃあ、後はこの店員を助ければ良いんだな。
「現在深夜12時を回りました! カードを引けます!」
「ミント、俺の指先にカードを!」
「はいですー」
俺の体内に潜在している力よ!
ミントの能力で存分に覚醒するがいい…!
「頼む! この状況を逆転できる能力…来やがれー!」