四日目〜仕事運上昇中!
「光一君、変わったですねー」
朝、目が覚めるなりにミントが言ってきた。
お、今日の朝食はオムライスか。
「うん、それは自分でも思う。…いただきます」
以前の俺とは、明らかに何かが違う。
変わってきている。世界じゃない。俺がだ。
やはりミントの登場だろう。あれが肝。もしミントがあの時来ていなければ俺はこんな気分になれずに死んでいたんだから。
楽しい。
素直に、生きている事が楽しいのだ。
ただ、そう考え直した所で遅い…。俺は今日を入れたら後四日で、確実に死ぬのだから。
そうゆう約束…。しかたない事だ。
ただ、不安ではない。
むしろ安心しているくらいだ。
ミントは言った。魂はなくならない。生まれ変わる…と。
OK、それで良いじゃないか。
姿形は変わっても、また《俺》に近い存在の奴が生まれるんだ。
それはどこか分からない。もしかしたら日本じゃないかもしれん。
だが、良いではないか。
俺は今、ミントにとてつもなく感謝している。
「では、残り四枚のカードから選んで下さいー」
こんなにも素晴らしい力で俺を楽しませてくれるんだから。
「…仕事?」
「四日目は仕事運上昇ですー」
仕事…と言われても俺の職業は学生である。
まぁ清掃員のバイトをしているにはしているが…。
正直、仕事=大変と言う方程式が頭に執着しており、生きるために《仕方なく》働くようなものだ。
今日は以前に比べたら楽しめそうもない。
しかも今日は日曜日である。せっかく学校が休日だと言うのに、なぜ好き好んで働かなけりゃならんのだ。
「ミント、働く事も楽しくなる……のか?」
「なりますよ。させてみせます」
ふむ、ミントがそこまで言うのだからそうなのだろう。
「正確には楽しいよりも、生き甲斐を感じると思いますー」
働く事で生きる事の生き甲斐…か。
まぁ良いだろう。俺は生き甲斐がない人間だったんだ。
その時、家の電話が鳴った。
「はい、もしもし。…あぁ、叔父さん」
電話の相手は、俺がバイトでお世話になっている叔父さんだった。
職業は…昨日の事もあって分かっていると思う。
「ちと人手が足りん。今から来れるか?」
もちろん、こんな急に頼まれる事は初めてである。
そもそも俺はそう言った人柄の方達と同じ仕事をする気はないし、苦手なのだ。
人目がつかない場所の清掃員になったのはそれが理由でもある。
「人手って、まさか俺に……」
「心配するな! お前にやらせる仕事は関係ない。ワシの友人の工場でな、ちょっと手伝ってほしいとの事じゃ」
工場…? 薄汚い作業服と帽子を身につけて、機械的な動きで一定の事しかやらない仕事だろ?
なんか…ヤダなぁ。
「まぁ、叔父さんが言うならやりますよ」
「助かる。場所はーーー」
はぁ、結局引き受けちまったか。まぁいいだろう。
「光一君、さっき頼まれた時に嫌な顔してましたねー」
「当たり前だろ。工場なんて、どうせ機械的な作業なんだ。やっていてつまらん」
「そう思えるなんて、人間の心になりつつありますー」
……!!
言われてみれば、確かにそうだ。
あれやれ、これやれと言われたら、はいはいと聞いて熟すだけが今までの俺だった。
少し難しいが、機械的な作業は嫌だと思えるって事は、自分で考えて動きたいって事だ。
俺は確実に人生に興味を持ち初めている事をハッキリと自覚した。
案内された場所に着くと、早速ニッカを履かされ、帽子と耳栓を渡された。
うわー…このニッカぶかぶかじゃん。でも俺の雰囲気にちょっと似合っているな。
余談だが、ニッカの正式名称は《ニッカ・ポッカ》と、ちょっと可愛らしいネーミングだ。…って、誰に言ってんだ俺は。
「よろしくな、光一君。俺は石川。じゃあ下に行くから帽子被って耳栓つけて」
石川と名乗った男は、すこし老けた顔立ちだったが、実際は高校生らしい。
ちなみに今は二階の休憩室にいる。ここは静かだが、下で動く機械達は、パチンコ店とは比べ物にならないくらいうるさい。耳栓は必需品だな。
この工場の仕事とは、主にプラスチックの加工処理らしい。
俺の背丈と並ぶくらい大きなトイレットペーパーみたいな形が20倍の大きさのプラスチックをチップ状に砕き、溶かし、固める。それがまた元の原料に戻るというわけだ。
俺に任された仕事は、まず馬鹿でかいロールをカッターで切る。
切った品物を粉砕機と呼ばれる所にブチ込む。たったそれだけだ。
ただ、この粉砕機、ちょっと恐い。
中でカッターが超高速で回転しており、入れた品物を凄まじい勢いで喰らっていく。
そして砕かれたチップがエアーで配管を通り、次の機械に送られるらしい。
一時間程作業をした所で石川さんから声が掛かった。
「休憩行くよー」
「はーい」
もう休憩とは…この作業場は何と楽な事か。
「どう?」
「はい、大体内容は分かりましたよ」
「君高校三年生だよね? 同い年なんだからタメ語でいいよー」
石川さんは笑いながらセブンスターに火を点けた。
「最初は慣れない筋肉を使うから疲れるけど…まぁ慣れだから。他のトコに比べれば、ウチは楽だと思うよ?」
フゥーと、肉眼で確認できるため息の如く吐き出した煙は宙に舞い、上空に昇るにつれて消えていった。
「タバコ…吸う?」
「あ、俺は吸わないんだ」
「そおなん? 偉いんじゃね?」
偉い…というか、なんというか…。
まぁ単純に体に毒だからだ。…と、俺はもうじき死ぬから体に気を使う必要はないのか。…うーむ。
「うぃー、ヤニ切れ!」
「あぁーマジ気に入んねぇよあの機械!」
休憩室に二人入ってきた。確か、髪が長いのが一葵で、体格の良い奴が勇貴だったな。
皆高校生らしい。
ってか全員休憩しちゃってますけど、機械は放置で大丈夫なんだろうか?
「どうした勇くん?」
「トラブりやがったから放置してきた」
「そうゆう日もあるよ。今光一君に色々教えてたとこさ」
石川さんに手を向けられ、二人は俺を見る。
なんとなくだけど頭を下げておいた。
「まぁ楽にやってよ」
「そうそう。ただし、楽するとサボるは意味が違うからな!」
笑いながら二人はタバコに火を点けた。ここの奴らは皆セブンスターか。
「俺達が作ってるのってさ、何になってるか分かる?」
石川さんが聞いてくる。
確かロールにUF●の印刷がされてたっけ。
「カップ麺の容器…かな?」
「正解。後は、おでんや弁当などの容器もだし…断熱材なんかもそうなんだ」
「へぇー」
「やり甲斐があるんだよ。スーパーとかコンビニのレジ打ちってさ、客が来たら会計して…とかだろ?
でも、売られている商品造りに自分が関わってるってなったら凄くねぇ?
俺、世間に役立ってるって思うだろ?」
うーむ、確かにそうだな。
清掃員の仕事なんて、綺麗にしても綺麗にしても、次来た日には汚れている。
あまり好き好んでやる仕事じゃなかったな。
「さて、そろそろ行くか」
休憩は一時間おきに10分くらい取ったおかげで、時間が過ぎるのも早く、たいした疲労も感じなかった。
ただ、次の日筋肉痛になった。普段使わない筋肉を使ったせいだという事だろう。
でもその痛みも、コンビニで販売されている弁当の容器を見ると、少し和らいだ様な気がしたのだった。
「ミント、働く生き甲斐…分かったぜ」
「ふふ、良かったですねー。さ、今日のカードを選んで下さいー」
残り三枚…か。
それはすなわち、俺のライフポイントも意味しているのであった。