二日目〜恋愛運上昇中!
昨日の疲れからか、今日はすっかり寝過ごしてしまったみたいだ。
時刻は朝9時。学校はとっくに始まっている。
「疲れてたみたいなので起こせなかったです。今日はゆっくりしていても構いませんよ?」
「いや、良い。大丈夫だ。学校にも行く」
俺は重い体を起こした。
「じゃあ今日は六枚の中からどうぞ!」
今日こそは昨日みたいに誰も巻き込みたくはないな…。よし、一番右のカードだ。頼む!
「…恋愛?」
「二日目は恋愛運アップですー!」
恋愛か…。うん、死ぬ前に一度は恋をしてみたいものだ。
そして昨日の達也じゃないが、誰かの為に尽くしたいと思える異性に巡り会ってみたい。
「じゃあ学校行くですね。朝食はできてますが、どうしますか?」
「いただくよ。昨日の朝から何も食べてないからな」
俺は遅目の朝食を済ませると、自転車を漕いで学校に向かった。
「ふぁー。大きい学校ですね」
ミントが驚くのも無理はない。稀にみるマンモス校だ。生徒数およそ四千名を越え、有名な進学校だ。
まぁ実際の話、大金さえ払えば誰でも入れちゃうんだけどね。
俺は三年なので、三号舎に入り、階段で教室のある階まで上っていく。
ーガラガラ
授業中に場違いな程の音がクラス中の注目を集めた。
誰からも声はかからない。
「おはよう、光一君」
「おせぇよ光一! もう10時だぜ?」
あ、あれ…?
だがすぐに先生からの冷たい言葉が飛び交う。
「光一君、昨日は大変だったね。それでも学校に来るとは立派だ。だが、授業中の居眠りは許さんぞー。はっはっは」
何だ何だ?
今日の皆はどうしたってんだ?
俺は首をかしげつつ席に座った。
授業は数学の時間だ。いつもなら窓の外の景色を眺めている所だ。
だが、今日はなぜか黒板と睨めっこをしていた。
やべぇ、全然分かんねぇ。
俺って馬鹿だったのか。
いや、授業なんて出席しているだけで受けてないんだから当然か。
「この問題、わかる人ー」
先生が声を上げると、クラスの8割の奴らが挙手した。
えぇー…皆分かるの?
って、まぁそれも普段から授業聞いてりゃ当然か。
授業終了を告げるチャイムがなり、休み時間となった。
「数学、全然分からないみたいだね。テスト近いのに大丈夫?」
隣の席の子が話し掛けてきた。
肩まで伸びた艶のある漆黒のストレート。綺麗な肌。パッチリとした二重。プルンとした唇。おそらく可愛い部類に所属されるだろう。
「ちょっとヤバい…かな」
「……え!!??」
ん? 何か変な事言っただろうか?
女の子は有り得ない程のオーバーアクションで驚いている。
「どうかした?」
「ううん、何でもない。光ちゃんが返事してくれたの初めてだから嬉しくって」
「光ちゃん…?」
「あわわ…ゴメン!」
「いや、別に構わないけど。あ、この問題の解き方、分かるかな?」
「え、分かるよ」
「ちょっと教えてくんねぇ?」
「えぇーー!!??」
だから何でそんなにリアクションが大きいんだよ。
ちょっと聞いただけじゃねぇか。
「うん、うん! 全然良いよ! これはね、この記号をこの数字に置き換えて…」
「おぉー、なるほど。この3!の〈!〉って3を強調してるんじゃないんだね」
「プッ、ってかそれ知らないってテスト大丈夫?」
「うん、だからヤバいんだって」
そして俺は休み時間の度に女の子に勉強を教えてもらった。
そっかそっか、いや〜数学も公式が分かれば解くのも何か面白くなってきたぞ。
いつしか授業が終わるのが楽しみになってきている俺がいるではないか。
「じゃあさ、次はこの問題なんだけど」
「ちょっと光ちゃん、もう学校終わったよ?」
「え? あれ?」
いつの間にか学校が終わっていたようだ。慣れない頭を使ったせいか、少しクラクラする。
「あの…その…まだ勉強したいんだったら…教えても良いけど…」
「マジ!? じゃあ頼むわ!」
「でも今日教室は受験を控えた進学組が居残るから使えないんだって。どうする?」
「うーん…あ、俺ん家はどう?」
「…え? あの…私達まだ付き合ってないのに…その…」
はて?
女の子は異性の家に行くというだけで、こんなにも表情が一変するものなのだろうか?
「あ、ゴメン。嫌なら…」
「嫌じゃない! 行きたい」
彼女の勢いに、今度は俺が気持ち負けしたのだった。
ーーーーー。
「どうぞ」
「お…お邪魔します」
自分で脱いだ靴を丁寧に整える彼女。この子は良い子だなぁ。
「広くて綺麗だね。でも、何もないね」
とりあえず反応はミントと一緒か。まぁ誰が見たってそう言うだろうな。
そして勉強に夢中になった俺が気付いた時には、夜はすっかり暗くなり、時計の短針は9時を指していた。
「どうしよう…! もうこんな時間?」
「あ、ゴメン。家族に心配かけちゃうよね。送ってくよ」
「……違うね。……電車がもうないの」
…なんてこったい。
「じ…自転車で送ってくから、ね?」
「私、電車で一時間かけて来てるんだ。たぶん無理だよ、そんな距離」
……アウチ。
「と、とりあえず家族に連絡を…」
「携帯の充電切れちゃってるの」
「うちの携帯の充電機使い……」
………僕、携帯電話持ってません。
「…………」
「…………」
気まずく重い空気の中で沈黙が続いた。
「と…泊まってこうかなぁー…なんて」
沈黙は彼女の声で破られた。
…今、何とおっしゃいました?
泊まってくだと?
「明日は土曜日だから学校もないし…だ、駄目かな?」
上目使いで聞いてくる彼女。ここで断ったら彼女は夜道一人で路上をさ迷う事になるだろう。
「あ、全然いいよ。誘っちゃったの俺だしさ」
「ありがと。じゃ、お風呂借りるね」
彼女はパタパタと風呂場にかけて行った。
「良かったですねー。きっと彼女、今頃念入りに体洗ってますよー」
彼女からは見えないが、ずっとミントは居たのだ。
何も喋らず、動かず、ただジッと座っていた。
「どうゆう意味だよ」
「これだから彼女いない歴=年齢は困りますー」
小ばかにするようなミントの口調にイラッときたが、おとなげないので何も言わなかった。
待つ事一時間半。ようやく彼女は風呂から出てきた。
その間俺はずっと勉強の復習をしていたのだが…。
女の子の風呂とはここまで長いのか!?
途中のぼせたのかと心配になって何度も見に行こうかと思ったほどだ。
「遅くなってゴメンね」
「ううん、大丈夫だよ。じゃあ俺も入ってくるね」
「よーく洗ってきなよ」
ミントの声に押されるように俺は風呂場へ向かった。
時間にして15分も経ってないだろうか。そんな感じで風呂から上がった。
「もう出てきたの?」
そんなに驚く事ですか?
「もうちょっとでできるから待っててね」
ほのかに香るこの匂いは…。カレーか。
どうやら俺が風呂に入っている間に夕飯の準備をしてくれていたようだ。
俺は料理が出来上がる間、何か手伝おうかと台所へ向かったが追い返されてしまったので、仕方なくテレビでも見て大人しくしている事にした。
しかしもう11時だろ?
こんな時間に面白いチャンネルなんて…
「芸人対決ー!」
適当にチャンネルを回していくと、ちょうど毎週見ている芸人が弄られて無様な姿を人前に露出する番組だ。
実にくだらないが、そのくだらなさを見に毎週視聴率を上げてやっている。
…待て。
待て待て待てぇーい。
この番組って確か9時から放送のはずだぞ。
何でこの時間にやってるんだ?
……まさか
「……ふっ」
ミントが憎たらしい笑顔で時計の針を2時間戻した。
なるほど、君の仕業だったんだねぇー。
本当は今9時なんだね。つまり7時の時点では電車はあったと。
怒鳴り散らしたい。
でもミントの存在がバレるから怒れねぇ…。
「あれぇー? この番組って私も好きで毎週見てるけど、こんな時間にやってたっけ…?」
ヤバイ! 疑い始めてる!
「え…と。プロ野球の放送で延長したらしいよー」
「そっかぁ。私あんまり野球見ないから延長されると困るんだよねー」
ナイス言い訳だ俺!
今日は冴えてるぞ!
俺は彼女が台所に戻った瞬間、慌てて時計の針を2時間進め、テレビを消した。
「出来たよーー!」
彼女がカレーと白米を盛った皿を運んできた。
見た目は旨そうだが味が悪いってオチもあるからな。
「いただきまーす」
一口食べてみる。うん、ぶっちゃけ普通だ。少し甘めで、まぁ旨いと言えば旨いな。
「ど…どう? 初めて一人で作ったんだけど…。おいしい?」
「これ初めて作ったの!? マジ超うめぇ!」
少し大袈裟だが、言葉自体に嘘偽りはない。
「本当? よかったぁ」
ホッと一安心したように彼女も食を進める。
「あ、ねぇ。一つ聞きたいんだけど良いかな?」
「は、はい! 何でしょうか?」
なぜ敬語になるんだよ?
そんな改まって話すような事じゃないんだが…。
彼女は緊張した表情で俺を見てくる。
「名前…何て言うの?」
「…………ぇ? ええぇえぇ!?」
な、何!?
あれ、俺今度こそ悪い事言っちゃった?
「あぁーその、ゴメン」
「うぅ…ふぇーん。酷いよぉ」
「わあぁー、ゴメン! マジでゴメンなさい! だから泣かないでよ、ね?」
「なんで名前も知らないの? ずっと……ひっく、…光ちゃんの……もしかしたらって思ったのに…」
うわぁーこうゆう時どうすれば良いんだよ…。
とにかく、この子の泣いている顔だけは見たくない。
何故だかは分からないが、いつも笑っていて欲しい。笑顔でいて欲しい。
俺が泣かせちゃいけない。
俺が笑わせなければいけない。
不思議だ…。初めての感情だ。
昨日とはまた別の痛みが胸を刺激する。
「ホンッとスペシャル・KY(スペシャル・空気読めない)ですねー光一君は」
おお、ミント。助けてくれ。こうゆう時どうすんだ?
ミントの声は彼女には聞こえないものの、俺が直接ミントに返答できるはずもないので、心の中で俺の気持ちが伝わるように必死に祈ってみた。
「彼女の鞄を見るですー」
え? 鞄?
学校に行く用のスクールバッグというやつだろうか。
紺色のそれに白いペンで書いたのであろう落書きがあった。
その中心に、〈サキ・ミサオ・アイ・ユウ・ハヅキ・仲良し〉と書いてあった。
うーん、どこかで聞いた事ある名前ばかりだが…五分の一の確率か。
あまり勘は鋭い方じゃないんだよなぁ。
よし、どうせならこの中で俺がパッと見気に入ったのにするか。
「あーゴメン。今思い出した! ハヅキちゃんだよね!!」
「……うん。葉月だよ。もう、名前すら知らないのかと思っちゃったじゃん」
しゃあぁー!
五分の一引いた!
「ま…まさかぁ。ちょっとど忘れしちゃっただけだって。あ、食器洗いぐらいは俺がやるからさ、休んでて」
重苦しかった空気から逃れるように、俺は綺麗に完食したカレーの食器を台所に運んだ。
洗いものと言っても食器自動洗浄機があるので苦労はしない。軽く水でゆすぎ、洗浄機の中へ入れた。
リビングに戻ると、葉月が眠そうに瞼を擦り、大きな欠伸を一つした。
「ふぁー…あ、ゴメン。眠くなっちゃって…」
俺の為に必死で勉強を教えてくれたんだ。きっと疲れたんだろう。
「じゃあ寝ようか……あ」
しまった。生活に必要最低限の物しかない俺の部屋にはベットが一つしかない。
客人用の毛布や布団なんかは一切ないぞ…。
「ベット使って良いよ。俺はソファーで寝るから」
「うん、ありがと」
素直にベットに潜り込む葉月。俺もなんだかんだで疲れている。ソファーに倒れ込むように横になって目を閉じた。
「おやすみ」
「おやす…って、え!?」
葉月が驚いた声を上げ起き上がる。
「光ちゃん、毛布は?」
「あぁ、毛布はないんだ」「何考えてんの!? 十一月って言っても夜は冷え込むよ?」
「大丈夫大丈夫、そんなの気にしないで…」
「ダメ。体壊しちゃう。…………こっち、来て?」
葉月はモジモジと毛布で口の部分まで隠して言ってくれた。
うー…さすがに寒さには勝てないしなぁ。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
失礼しますよとベットまで足を運ぶ。
自分から誘ったくせに俺が隣に入ろうとすると、葉月は体をビクッと反応させた。
葉月は俺が入りやすいように気を使ってか、それとも照れているのか、落ちそうなくらい隅に寄って背を向けてしまった。
「じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
………………。
寝れねぇ!!
ダメだ、どんなに頑張って目を閉じてみても、葉月の事が気になって仕方ない。
葉月はもう寝てしまったんだろうか…?
寝息一つ聞こえてこない。聞こえるのは、俺のやたら大きい心音だけだ。
「葉月…寝ちゃった?」
一応、もし寝ていて起こしちゃったら迷惑なので、できるだけ声を潜めて言った。
「う、ううん。何だか緊張して眠れなくなって…」
「そ、そうか…。俺もだ」
沈黙…。ただ、葉月の名前を知らない時に訪れた重い空気とは違うのが分かった。
何と言えば良いだろう…?
沈黙なのに居心地が良い。
初々しさからくる温かい沈黙…。そんな感じ。
「光ちゃんは…は、初めてなの? 女の人と一緒に寝るのは」
「あ、あぁ。初めてだ。葉月は?」
「…………前に一度だけ」
おっと、女の子にこんな事をいきなり聞くのはデリケートが無さすぎるか?
「あ、ゴメン。そんな事聞くなんて…」
「優しいんだね」
優しい? 俺が?
そんな事を言われたのはもちろん初めてである。
「もっと恐い人かと思ってた。誰が話し掛けても、誰にも返事してくれないし。いつもボーッと窓の外を見るだけで、授業が終わったら帰る。そんで次の日また学校に来て、同じ事の繰り返し…。」
そうか、葉月の席は俺の隣だもんな。ずっとそんな俺を見ていてくれてたんだ。
「今日、やっと返事してくれた時は嬉しかったよ」
ーー頭の中に映像が甦る。
くだらねぇ…つまらねぇ…
「また遅刻してきたぜ、光一の奴」
冷たい視線で、人を見下したように…
待て、表情が違うぞ…
「おっせぇーんだよ! もう二時間目だっつうの!」
笑ってる。よく見たら笑ってる。
嫌味の笑顔じゃない。
俺を友達として見る目…。
馬鹿。馬鹿か、俺。
皆は今まで、普通に俺に声を掛けてくれてたじゃないか!
それが、その笑顔が見えない程、俺は腐っていたのか?
あぶねぇ…あぶねぇよ!
知らない所だった。気付かないで死ぬ所だった。
馬鹿! 俺って奴は…
ーーーーーーー
「光ちゃん? ど、どうしたの?」
俺は泣いていた。
自分の愚かさに。
これじゃまるで劣等だ。
「ゴメン、ゴメン、皆…」
劣等は俺だ。皆は良い奴だった。
「大丈夫だよ」
一言。たったその言葉だけで、この心が満たされるのには事足りた。
「……葉月!!」
抑え切れない何かが込み上げてくる。
気が付くと俺は力いっぱい葉月を抱きしめていた。
「……ん。…良いよ」
え? 良いよって…あれ? え? 何が?
抱き着いてみたが、どうすれば良いのか分からず、ミントを見る。
すると、どうだろう。
さっきまではボケーっと退屈そうにしていたミントの瞳がキラキラと輝いている。
この展開、待ってましたと言わんばかりに。
そしてミントは、憎たらしい笑顔を浮かべ
「GO!」
と親指を立ててきた。
俺は理性を捨て、体の自由を本能に任せる事にした。
無知な俺は女性のみが身につける上半身の下着の外し方も知らないはずだった。
それが本能の嗅覚を研ぎ澄ませば、頭に過ぎる。後は体が勝手に動く。
その手は止まる事を知らずに下半身へと伸びる。
ーー性感帯。
これだ。この突起物。
触れた時の葉月の反応で分かった。
待てーーい!
ノクターン行きになるぞこの小説!!
ーーーーーーーーー
疲れ果てた俺と葉月は、グッスリ眠り朝を迎えていた。
あぁ、申し訳ないが夜の事は省略した。
時計は12時前だったが、ミントが時間を進めていたから実際は10時前だろう。
少し不安だった事があるが、それは解消された。
それは、ミントの能力のルールである。
初日は友情運、そして二日目は恋愛運を急激に上昇されたわけだが。
日にちが過ぎても効力はリセットされない。
もし仮に、能力のおかげで葉月と関係を持ったとするのならば、深夜12時をまわった所で葉月に何らかの影響が出なければいけないからだ。
百年の恋が冷めるかのように、ふと熱がひく。
葉月にそんな動作は見受けられなかった。
もしやこの一週間は一日に一つではなく、一日に一つずつ、選択されたジャンルの運が上昇していくのかもしれない。
「おはようございます。昨日は頑張りすぎですよ。気を使って隣の部屋で耳塞いでたのに意味ないくらい大きい喘ぎご…」
「あぁー言うな、それは」
ミントか。こいつら死神には睡眠は必要ないらしい。
俺は服を着て、葉月を起こさないように気を使いながら立ち上がった。
「どうでしたか? 恋愛は?」
「うん、悪くない。ってかめちゃめちゃ良い」
「ふふ、本当は順番がありますけどねー。それが縮小されたからエッチまで結び付いたですー」
「…? どういう意味だ?」
「今は内緒ですー。それより、彼女には病院を進めるですー。避妊用具付けてないから、もしもがあるです。妊娠しちゃってたら大変ですよ、光一君は死んじゃうんですから」
おっと、そうだった…。
やべぇな。もし子供できちゃったらどうしよう…。
俺は父親になるのに責任を背負えず、全て葉月に任せて死んでいくんだ。
最低だな…俺。
「うぅん…光ちゃん、誰と話してるのー?」
葉月が目を覚ましたようだ。まだ寝ぼけているからミントとの会話は何とかごまかせそうだな。
「いや、何でもない。それより早く服着ろ。風邪引くぞっ!」
「きゃ、見ないでよエッチぃー」
昨日の夜は見られても平気だっただろうが。
なんて言う事はさすがにできないのでアハハと笑っておく。
「あ、今日は午後から予定があるんだった。親にも連絡してないし、私帰るね!」
「おう、駅まで送るよ」
駅までの道のりを、俺は葉月と手を繋いで歩いた。
恋愛とは、これほどまでに素晴らしいものなのか。
今日の葉月は可愛すぎて、胸の高鳴りが治まらない。
握った手から伝わる温かい温もりはなんだ?
強く握りたい。でも、か弱く俺よりも遥かに小さい葉月の手は、握力を入れるだけで潰れてしまいそうだ。
「光ちゃんの手、大きいんだね」
「葉月の手が小さいんだよ」
短くて細い指。
でも、綺麗な指。
「…こんな小さいのに、ちゃんと動くんだな」
「当たり前じゃない、馬鹿みたい」
緩んだ口元。
可愛らしい笑い声。
「ずっと夢だったんだぁー。こうして、光ちゃんと肩を並べて歩くの」
「肩は並んでないけどな」
「どーせチビですよーだ」
俺の肩の隣にあるんだ。
葉月の笑顔が。
速く歩きすぎないように、歩幅を合わせる。
いい…! いいよ、恋愛!
「あ、光ちゃん。一つお願いがあるの」
「何だ?」
「私以外の人とも、仲良くしてね? 友達とか、先生とか」
「うん。分かってるよ。友達を大切にできない奴はカスだ」
「……今までのアナタですよー?」
「あぁ、今までの俺はカスだったよ。あと、達也にもきちんと礼をしなくちゃいけないしな」
ふいに、苦しむ達也の表情が頭を過ぎった。
「達也くんが怪我したのは光ちゃんのせいじゃないから!」
「…そうだな、もう大丈夫だよ。他の女の子とかも今までの事怒ってるだろーなー。仲良くしなくちゃなー」
「…………やっぱダメ」
「どっちだよ!?」
「親密な関係になったら怒るからね」
「…もう怒ってるじゃん」
ハハハ、いやー楽しいな。
なんて事を話しているうちに、駅に到着してしまった。葉月と居ると時間の経過が早く感じる。一人の時はうんざりするほど遅いのに。
「じゃあ、またね。光ちゃん」
「おう、気をつけてな」
走り去った電車の背中姿が見えなくなっても、しばらくの間俺は見つめていた。