表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

プロローグ・お前が…死神?



ーーさようなら。




誰に言う訳でもなく、俺は一人心の中でそう呟いた。




俺が住んでいるこの町の中でも、間違いなく五本指に入る高さのビルの屋上で風を浴びている。


こっちの心境なんかお構いなしに吹く心地良い風が、無造作にセットされた長い黒髪を靡かせた。



そこで俺は目を閉じてみる。




今までの18年間の出来事が、嘘のようにポッカリと忘れ去ってしまっている。


思い出そうにも思い出せない。

俺は今まで何をしてきたんだ…?


しいて言うなら、つまらなかった。


「おっと、未練がましくなっちまうな。それじゃ、そろそろ逝こうとするかね」



俺は向かう。フェンスの向こう側へ。

もちろんその先の地面など、遥か下の方である。


間違いなく即死できる高さだ。



下を見ると、人間が豆粒のように小さく見えた。

不思議と恐怖は感じられなかった。



「さて…」


俺は一度大きく息を吸い、そして吐いた。


準備完了。いつでも逝ける。



「ーー死んじゃうの?」



………誰だよ、これからって時に。



背後から聞こえた声の主の方を振り向くと、見た目は中学生くらいの幼い顔立ちで、何やら妙な格好をした女の子がいた。


いつから? いや、そもそもどうやってこの場所へ来た?


このビルは俺の叔父が経営している所で、俺は高校に通いながら清掃員の仕事をしている。


主にこういった屋上やら地下など、なるべく人目のつかない場所を担当しているわけだ。


よって、屋上の鍵のスペアは俺が持っている。邪魔が入らないようにと鍵も掛けたはずだ。



「死んじゃうの?」



繰り返し同じ事を聞いてきた。


面倒だ。素直に、そうだよと言って引き下がってくれるだろうか?



「うん、今から死ぬ所だよ。さ、ほら、邪魔だから出てって」


「本当に死んじゃうんだね?」


しつこいなぁ。何をそんなに確認する必要があるんだよ。



「はじめまして。私、俗に言う死神なんぞをやっている者ですが、以後お見知りおきを」


スカートの裾を掴み足をクロスさせ、上品に挨拶をしてきた。



ちょっと待てや。


今コイツ死神って言ったよな?



頭おかしいんじゃねぇのか?



「あなたをパートナーとさせていただきますね」



話を勝手に進める自称死神。こっちは展開が掴めん。


「待て待て、アンタ一体何者だよ?」


「死神です。さっきそう言いましたよね?」


「信じられるかっての、死神なんか」


俺は人間の架空上でしか存在しない生物は認めない主義だ。


いや、仮にそうじゃなくても、いきなり目の前に現れた女の子が死神ですなんて誰が信じられるとでも言うのだろうか。


「えーと…あ、そうだ。影! 私の影を見てみて下さい」


影? 俺は女の子の足元を見てみた。



ーー影がない。

今は昼間だから太陽も高く、現に俺には影ができている。



だがコイツはと言うと、影などまるでないではないか。


トリック?

手の込んだいたずら?


何だっていうんだ、一体。



「あ、後…空飛べます。いきますよ、ほら。ね? これで信じましたか?」


未だに頭を整理中の俺を尻目に、そいつはフワフワと宙に浮いてみせた。



「はぁ!? ちょ……ええぇぇ!?」


まぬけな声が屋上全体に響く。無理もないだろ、目の前で女の子が宙に浮いたんだ。


今の時代でそんな芸当ができる奴は名の知れたマジシャンだとか、その類だけだ。


おそらく、今の俺の顔は、テレビで見るリアクションのでかい客並だろう。


「ほら、鎌だって出せますし」


さらに女の子は右手から鎌を召喚させた。

何もなかった空間が僅かに歪み、黒いホールが出てきたと思えば瞬きの一瞬の間にホールは消え、それが鎌となった。


鎌を天高く振りかざし、一歩一歩近付いてくる。


「ま、待て。死神だと言う事は信じよう。だから、その鎌をしまってくれ」



「あれー? 変ですねー。死にたいんじゃなかったのですかー?」


間違いない。俺を殺す気だ。じゃなかったら目がこんなにも冷たくない。


俺の体からも危険信号が赤ランプなのが認識できる。


確かに死にたかった。だが、まさかこんな終わり方だとは思わなかっただけに、少し慌てて生への執着心を見せてしまった。


でも、これで良かったのかもしれない。何せ普通じゃない死に方ができるんだ。



「いや、何でもない。さ、やってくれ」


俺は意を決すると、目を閉じ手を広げた。

無防備な格好からは〈いつどこからでもどうぞ〉という意味で捕らえてもらえるだろう。


「はぁ〜い、じゃあいきますよー!」


女の子の足音が、早く、近くなってくるのが分かる。

勢いをつけるために走ってきたのだろう。


耳元から風を切り、鎌を振られる。



ーースパッーー


痛みはない。ありがたい事に、苦しまず一思いにやってくれたのだろうか?


待て、何で意識があるんだ?


俺は目を開ける。

目に写ったのは、先ほどと何も変わらない風景で、女の子が笑っている。



「あ、あれ? 俺を殺したんじゃなかったの?」


「えぇ、殺しましたよ」


「じゃあ何で俺はここにいるわけ?」


「あなたが死ぬのは一週間後だからですー」


晴れやかな笑顔を見せられて、そんな事を言われても理解に苦しむだけなのだが…。


「ごめん、意味が分からないから説明してもらえるかな?」


「はい。まず、私は死神です」


「それは分かった」


「そして、この鎌であなたを斬りました」


「うん。目を閉じてたから見えなかったけど、確かに体の中を冷たい何かが通ったのは分かった。問題はその先だ」


「はい、この鎌は〈メモリー・ソウル〉と言います。これで斬られた人は、記憶に残っている思い出の数が少ない程、〈生きる〉期間が多く与えられます。


あなたの場合、なーんにも思い出がないような生き方をされていたので、期間は上限の七日間となります」


「おい、ちょっと待ってくれよ。俺は死にたいって言っただろ? 一刻も早く…できるなら今すぐにでもこの世から消えてなくなりたいんだ。そんな俺に一週間の命だ? 辞めてくれよ! さすが死神様だな、やっぱり人間の敵だ!!」


俺は頭に血が上り、やけになっていたのだろう。

女の子に背を向け、勢い良く走り出した。


フェンスをよじ登り、そのままダイブした。


落ちる落ちる落ちる。

重力に従い、俺の体は急降下していく。


不思議と周りの景色がゆっくりに見えた。

地面はすぐそこだ。今度こそ、俺は死ぬ…!



ーースタッ




おそらく、体操競技界でも採点が厳しいと言われる頑固者でも、この俺の着地を見たら迷わず満点と叫ぶであろう。



あの高さから落下した俺はいとも簡単に足から地面に着地し、骨を折るでもなく、今にも走り出せそうな程ピンピンしていた。



周りの連中は、それはそれは驚いた顔で俺を見ている。


突如空から降ってきた人間だ。今の俺こそ死神だとか騒がれてもおかしくはない。


……えーと、どうしよう。ひとまず言い訳を考えなければ。


こんな状況でどんな言い訳すりゃ良いんだよ!

そこまで俺はアドリブが効く人間じゃねぇよ!



「ね……猫のモノマネ!」




苦しい! さすがに無理があるだろ、俺!


確かに猫は見事な着地をするけど、回りくど過ぎる!


〈俺の前世は猫だったんです。だから高い所もへっちゃらだにゃー〉


の方が良かったか?

いや、そういう問題じゃねぇだろ。



「なぁんだ、猫のモノマネか」



納得かよオイ!!



周りの連中は何事もなかったかのように流してくれました。




「いきなり飛び降りないでよー!」


俺がいたビルの屋上からフワリと降りてきた死神。


「なぁ、なんで? なんで俺は死なないの?」


「話は最後まで聞いてほしいです。あなたが死ぬのは一週間後。それまではどうやっても死ねないんですよ」


「だから何でだって言ってんだ……」


ついついカッとなって怒鳴ってしまったが、周りの目が余りにも痛い。


そりゃそうだろう。高校生には見えないとまで言われる程の外見の俺が、こんな街中で中学生の女の子の胸倉を掴んで大声を上げているんだ。


誤解されては困る。ひとまずここは退くとしよう。


「大丈夫ですよ。私の姿はあなた以外の人間からは見えませんから」


なおさら問題じゃねぇか畜生。


一人で大声を上げているなんて通報されても文句は言えない。


しかも、あたかも何かがあるように手を動かしているんだ。


人には見えないものが見える。

薬中だと思われるね、間違いなく。


「………よし、パントマイムの練習終わり!」



誰なんだ俺は。



あ、しまった!

パントマイムは喋らねぇー!!


って、だからそうゆう問題じゃねぇっての。


「………とにかく、俺の家に来い。話はそれからだ」


「顔真っ赤ですねー。何か企んでいるんですかー?」


死神は照れ臭そうに胸を手で隠した。


馬鹿な事言うな。

確かにコイツは目も大きくクリクリしていて可愛いが、死神と認識した以上は圏外である。


と、言うより俺は女に興味がない。


金、女、友、名誉、その人間の欲が俺にはない。欲しいと思わないのだ。


別に感情がないわけではない。

驚く事も泣く事も怒る事も、笑う事だってもちろんある。


ただ、それらの感情は俺の〈だから何?〉の言葉の前に屈してしまうのだ。



そう考えると、この死神は今までにない感情が湧いてくるな。


いつの間にかコイツのペースに巻き込まれてしまうような…そんな感じかする。



「じゃあ行きましょうか。ここから遠いですか?」


「いや、ここだよ」


俺の指差した所は、今いる所の正面のマンション。

飛び降りたビルのお隣りさんだ。


「こんなに自宅の近くで死のうとしてたんですか。呆れますね」


ふん、親なんて俺をどうでも良いと思っているんだ。俺だって親なんて…と、対抗したくもなるさ。



マンションに入り、エレベーターを使い最上階まで上る。


「ここだ。まぁ入ってくれ」


俺は死神を中に入れると、適当に座らせ、コーヒーとお茶菓子を出してやった。


「広くて綺麗ですねー。でも、何もないですー」


そう、俺の部屋には生活に最低限必要な物しか置いていないため、テレビゲームや漫画やCDプレーヤーなどは一切ない。


「家族はどうしてるんです?」


「住んでるよ、このマンションの隣の部屋に」


「ほぇ?」



俺の返答が意外だったのか、コーヒーを啜る手を止めた。


「父は隣の部屋。母はそのまた隣。みんなバラバラだよ。生活費は毎月充分過ぎる程の額が郵便受けに入ってる」


「ご両親は何をされてる方です?」



「………どうでもいいだろ、そんな事は。それより、話の続きだ」


「そうでした」


死神は改まって座り直した。


「あなたは人間として生きていませんね。そんな人が死んだら…どうなると思います?」


死んだ後の世界なんて知った事じゃない。

天国や地獄があるとも到底思えないしな。


「分からん」


「天国も地獄もありません。死んだら、また何かに生まれ変わります」


「ほぅ…」


死後の世界の実態を知る者は俺が初めてだろう。

少しだけ興味が湧いてきやがった。


「肉体は朽ち果てようとも、魂は消えません。現在、地球上には約六十億の魂が存在しています。ですが、今は少子高年齢化社会ですよね? それは何故だか分かりますか?」


「うーん…不景気だから子供を作る余裕がなくなって、独身の人が増えてるからだろ?」


「実は違うのです。先ほど生まれ変わると言いましたが、最近はあなたみたいに自殺する人が多く、生まれ変わろうとしない魂が急増しました」


うむ…言われてみれば、小学生すら自殺をするこの時代だ。

「もちろん、生まれ変われば記憶はなくなります。ですが、元の魂は同じです。魂の周りに肉体を作り、また地上へ送るわけなので、性格は似てしまう事もあります。なので、犯罪者は一生いなくならないと思いますよ?」


なんか人間リサイクルみたいな感じなんだな。

どうやら、俺はすっかり死神の話に食いついてしまった事が自分でも分かる。



まだ誰も知らない死後の世界の話だぞ? さすがに興味はあるさ。


友人にこんな話をされても、今までの俺なら、精子がどうのこうのだの御託を並べていただろう。


実際、子供ができる理由はそうなのだが、今はこのファンタジーな世界の虜となってしまった。



「天国と地獄がないと言ったな? じゃあ〈肉体が死んだ魂〉は何処へ行くんだ?」


「はい。それこそが、私達異世界の者が住む、黄泉の国です。ですが困った事に、生まれ変わろうとしない魂が溢れかえってしまって困っているのです…



そこで私のように地上に送られた者が、自殺者の前に現れ、生きてるって楽しいんだよって事を教えようと言うわけです!!」



まるでセールスマンが商品の特徴を強く述べるかのように熱く語ってきた。



あのまま俺が死んでいたら…生まれ変わるかと聞かれても絶対ヤダというだろうな。


またそんな魂が一つ増えていた訳か。



「生きてるって楽しいと思わせてくれるのか?」


「はい! 絶対に!!」


「無理だよ、そんな事は」


「この世界が自分の思い通りになってもですか?」


嫌らしい笑みで俺を見つめる死神に、眉毛がピクんと反応した。


「どうゆう意味だ?」


「この一週間、あなたの運が急上昇します。それが私の能力…占いだからです!」


占い…? 

俺は男だぞ。女じゃあるまいし、キャーキャー言ってられるかっての。




「私の能力についてはいずれ分かりますよ」



「よし、百歩譲って一週間後に俺は楽しかったと思った事にしよう。それでも死ぬのか?」


「死にます」



…意味なくねぇか?

最初にそんな事言われちまったら、やる気なくなって〈どうせ死ぬんだから〉って気持ちにしかならねぇぞ?


「魂がループするんだよな? じゃあ黄泉の国の魂は減らないんじゃねぇのか?」


「いえ、黄泉にも期限があり、同じ魂が一定期間以上滞在することができません。追加される魂が減れば、黄泉の魂も時間が解決してくれます」


なんとも都合の良いシステムだな。


「魂を追い出す事はできないのか?」


「そんな事をすれば、記憶が残ったままになってしまいます。黄泉では叙情に記憶が削られて行くので、時間が解決するとは、そういう意味です」


ふむふむ、あながち適当なルールってわけでもなさそうだな。


「じゃあ楽しいって思ったなら生かしておけば面倒な事にならないんじゃないのか?」


「いえ、私達の存在が知られては余計に面倒です」


そうか、生まれ変われば記憶は消されるんだからな。


自分達の存在も忘れ、さらに楽しいと思わせる事で生まれ変われば黄泉に魂を蓄積せずに済むと言うわけか。


…なるほど。

ようやく理解できたぞ。


今まで人生をつまらないと思ってきた奴ほど、コイツらの能力を堪能できる期間が長いと言ってたな。


そして俺は上限の一週間を手に入れた。


どうせだったら一週間楽しませてもらうとするか。


「ヨロシク頼むぜ、死神さんよ。俺を満足させてくれ」


「もちろん、そのつもりです。申し遅れましたが、私の名前はミントです」


「俺は片瀬 光一(かたせ こういち)だ」


これが、俺とミントの初めての出会いだった。

これはコメディーかなf^_^;?でもコメディーが一番書きやすいので、このジャンルにしました。これからお付き合いしてくれたら嬉しいです♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ