8:任務2 -親友の過去ー
行動を起こす前に幹部のホセが確実に明日の十三時に来るか、イギリスのSIS(秘密情報部)に確認をとる。
事前に彼らが調べているとはいえ、以前に情報が間違っていた時もある。
今回も工場を警備する人間の数が、予定より多い。
そこはジェイミー達の経験上念を押すのは当然の事であった。
「本当に大丈夫だな?」
ジェイミーは苦い顔をしながら秘話通信で、SIS情報部員に言う。
「もちろんだ。今回の件を逃せば、ホセはまた地下に潜る。あんた達には絶対に成功してもらわなけりゃ困る。だから情報の正確性には、細心の注意を払っている」
通信機の向こう側にいる、作戦開始前のブリーフィングで一度しか会っていない、痩せぎすの男が必死に答えている姿が思い浮かぶ。
−−−この感じなら信用はできそうだな……
情報に手ごたえを感じ、ジェイミーは、安堵の溜息をつく。
「了解した。他に追加情報は?」
「ああ、ない。とにかく奴の生きている姿の写真だけでも頼む。ただ、狙撃する場合は、確実に仕留めてくれよ?」
今度は、向こうが高圧的な態度でまくし立てた。
−−−お前がこっちに来て狙撃するんじゃないだろう……
ジェイミーの額に縦皺が寄り、青筋が立つ。
どこの世界でも現場と事務職の確執はあるもので、特別珍しい光景ではない。
しかし、両者がいなければ仕事が成り立たない事実も存在する。
持ちつ持たれつの灰色関係を維持しなければならないのはお互い様だった。
怒りを押し殺し、ジェイミーは語をつなぐ。
「了解した。通信を切る」
もうこれ以上、情報部員の声を聞きたくなかったので、乱暴に無線機のスイッチを切る。
事情を察してか、バリーが聞いてきた。
「奴さん相変わらずの態度か?」
本人も怒りを感じてはいるが、何度も経験している事で、無表情を貫いていた。
「ああ、目標を狙撃したいなら確実にだと。何様のつもりだ……」
ジェイミーは目頭を指で押さえる。
理不尽に対する耐性が特殊部隊隊員に求められる素質だが、連携をとるべき相手と足並みが揃わない苦痛は、耐え難かった。
「アホッタレの妄言は無視だな。集中力を乱されると、こちらの命に係わる。最低限の仕事は目標の生きている姿の写真だ。無理をして奴らの欲求を満たしてやる事はない。それをやると奴らは調子に乗って、次回から無理難題を押し付けてくるからな」
ジェイミーは、ベテランの意見を聞き幾分気分が落ち着いた。
「ただ、狙撃をしたくないと言っているわけじゃない。さっきも言ったが、今は他の奴らの士気も高い。するならするで、結果を出してやろうじゃねえか」
バリーは似合わないウィンクをして答える。
「ありがとう。助かるよ」
「いいってことよ」
彼らは、安全な場所から指示するだけの人間の為に戦っているのではない。
自分の為、家族の為、理由はそれぞれだが、ただ一つ共通する理由がある。
今ここに一緒にいる仲間の為に戦う。
それが自分と仲間の生存確率を上げ、絆が深まる。
そこから生まれた経験は、何物にも代え難いお互いの財産となる。
対して情報部員は、任務の性質上相手を疑わなければいけない事が多く、仲間ですら例外でなくなる事があり、協力関係を築けず、精神的に擦り減っていく人間もいる。
それを考えると、こうして絆を感じながら仲間と困難を乗り越えていける自分は、ある意味幸せなのだろうとジェイミーは思った。
「なーにをにやけてんだ? さては女の事でも考えてたか」
口角をわずかに持ち上げ、微笑を浮かべていたジェイミーにバリーが突っ込む。
「別にそんなんじゃない。ただ、一緒に仕事をする人間に恵まれているのを噛み締めていただけさ」
「お世辞言っても何も出ねえよ」
照れくさそうな表情を浮かべるバリーは、少し純真な少年に戻った感じがした。
「うっわーキモー! バリーとジェイミーが見つめあってる! さてはお前ら……コレかあ?」
ベンが、からかう気満載の動きで、親指を立てる。
「人が真面目にしゃべってんのに……ベン……帰ったらお前死刑な……」
バリーの表情に暗雲が立ち込める。
「まあまあ、バリーの旦那! ベンの頭がお花畑なのは、皆の共通認識でしょ? 今更目くじら立てる必要ないって」
何時ものことだと軽く言って、流れを止めようとするバッカスであった。
「とにかく、明日の準備をしよう。バカ騒ぎもここまでだ」
ジェイミーは、頭の回路を仕事モードに切り替え言う。
すると途端に三人の表情は、戦士の顔付きに戻る。
「了解、リーダー」
それぞれの声が重なり合い、その場の空気を引き締める。
「よし、ブリーフィングを行う」
ジェイミーの冷静な声を合図に戦士達の戦いが静かに始まる。