6:第三者
ウォルターの一軒家を見渡せる丘の上で、一つの物体が茂みの中で一瞬動いた。
迷彩服とギリースーツの組み合わせで、周辺の茂みに完璧に溶け込んでおり、一見しただけでは、まったくわからない。
フェイスペイントを顔面に塗り、茶色の瞳には静かな闘志と憎悪が滲み、眉間には常に皺が寄っている。
短く刈り込んだ短髪と髭をしっかり剃っている所は、最低限の身だしなみだろう。
まぎれもなく白人男性だと分かった。
しかし、なぜこの場所にいるのか?
男は、先ほど発砲したL96A1(サプレッサー内臓バレルのAWSタイプ)のボルトを引いた。
その瞬間7・62×51ミリ弾の空薬莢が、茂みに排出される。
−−−アイツの短機関銃……おそらくMP5は破壊した。クソ野郎は一発もらっているようだが、必ずこっちが苦しみを与えて脳天をぶち抜いてやる……
スコープの十字線にウォルターの一軒家の窓がピタリと捉えられている。先ほどの発砲で、ターゲットの二人は、乱戦に入り自動拳銃の乱射と思われるマズルフラッシュが確認された。
−−−どうやら奴ら膠着状態のようだな……
高級住宅街であるハムステッドにウォルターが住んでいる事を突き止め、狙撃による復讐を計画した。
それに伴い、事前準備と情報収集をしてきた。
しかし、殺害対象がこの場所と時間に二人集うのは予想外だった。
計画では、まずウォルターを血祭りに上げ、その後で親友であるフィンに引導を渡し、銃弾を叩き込むつもりだった。
だが、現実はその二人が目の前で争っている。
奇しくもウォルターを殺したい目的はフィンと一緒で、今日この時が重なってしまったのだ。
−−−何……多少任務が困難になっただけだ……この程度は乗り越えてみせるさ……
フィンの親友。
名前はジェイミー。
彼の戦場はここから新たに始まる。
ジェイミーの母親が倒れたのは、一年前だった。
元々体が丈夫な方ではなく、パート先のスーパーマーケットでの立ち仕事が体に堪えていた事を彼は知っていた。
しかし、SASでの頻繁な海外遠征に忙しく、母の面倒は父に任せきりだった。
両親はジェイミーを高齢出産で授かった。
更に一人っ子であり、他に頼れる親戚もいないと二重苦の状態である。
親戚はいるにはいるが、遠方に住んでおり、援助を求めるにしても疎遠になって久しく、そう簡単に頼る事は出来なかった。
父親は既に定年退職しており、会社側より再雇用を断られ、高齢者雇用サービスを使い仕事を探している最中だった。
母親の病院通いの医療費は膨れ上がる一方で、父親も費用を捻出する為、夜遅くまで家計簿を机に広げて、今後の計画を練っていた。
そんな中、行きつけのカフェテリアでフィンとジェイミー両者が惹かれた女性が現れた。
エイミーである。
それぞれ彼女に会ったタイミングは違うが、お互い彼女に惹かれていたのはわかっていた。
そんな状態の中、ジェイミーは考えた。
−−−どちらが彼女に相応しいのか……
自分は高齢の両親の今後が気にかかる、それと比較してフィンの両親は健在で不安要素は少ない。
何より本人が熱を上げている。
彼女に負担をかけたくない気持ちが先行し、自分の気持ちを抑えて、彼女をフィンに譲った。
結果、二人はうまくいき結婚まで至った。
これでよかったのだと、自分に言い聞かせ、ジェイミーは新たな任務へ赴いた。