5:銃撃戦
フィンは、気を引き締めて床に並べられている装備一式に視線を向けた。銃器に細工された形跡はなくホッとした。
抗弾ベストと作戦用ベストを着用し、MP5のマガジンをマガジンポーチに入れ、MP5を持った。
その時、鈍い光沢を放つ四角いモノが視界に入った。
それは地下室への出入り口から姿をみせている。
フィンは何なのか暗がりで分からず、一瞬反応が遅れた。
四角いモノが、小さく鈍い連射音を発しながら弾丸を吐き出した。
弾丸はフィンの頬を掠めて、居間の窓に穴を開けた。
その場からすぐに移動したが、弾丸の雨がフィンに襲い掛かる。
フィンは、五十インチの液晶テレビの台を見つけると、裏に回り込み、台を盾とするため、思い切り力任せに横に倒した。
幸い素材が、厚い木材で出来ており一時的なら弾丸を防げると判断した。
弾丸が途切れて、一時静寂が訪れた。相手は目標を見ずに出鱈目に発砲したに違いない。
ウォルターが短時間で覚醒したのは驚きだった。
さらに悪いことにサプレッサーを装着したサブマシンガンを持っている。地下室のどこかに隠していたのか?
そう簡単に殺されてくれる相手ではないらしい。
サブマシンガンのマガジンを交換する音が聞こえ、発砲が再開された。
今度は、指切りで連射してきたので、合間にMP5を構えセミオートで発砲する。
居間は鈍い銃声が響きあい、テレビの台が刻々と削り取られ、地下室の出入り口付近は穴だらけとなった。
発砲途中からMP5に取り付けられたフラッシュライトを点灯し、ウォルターの姿を探した。
しかし、変わらず腕だけを地下出入り口より出して、発砲しているため決定打の弾丸を撃ち込むことが出来なかった。
両者共に膠着状態に陥った。
フィンは、目立つフラッシュライトを消し、事態を打開するために頭を回転させた。
−−−どうにかして状況を動かしたい……
その時、フィンはふと気づいた。
フィンから見て左側のドアに意識を向けた。
中央部が透明なガラスになっており、二階へ続くと思われる階段が少し見えた。
先ほどウォルターの影が見えた所だ。
そこでフィンは、こちらから動くことにした。
不意を突かれ眠らされた、ドア側面に配置された設置型麻酔銃にMP5の銃口を向けた。
ドットサイトの赤い光点を合わせて一発撃ち込むと、それから煙が上がり、箱の側面に付いているLEDの光は消えた。
それと同時にテレビ台の影から素早く飛び出し、ドアへ向かった。
サブマシンガンの鈍い連射音が室内に響き、フィンのすぐ後ろの壁に穴を開け抉った。
それに構わずフィンは、一階のホールへ飛び出て、階段を上って行った。
ウォルターは、目標が一階ホールへ走り出て、階段を上る音を聞いた。
−−−二階へ逃げたか……バカが、袋の鼠だ……
サプレッサー付のミニウージーのボルトを引き、マガジンを装填する。
地下室で不意を突かれ、背後より首を絞められ気絶してしまった。
さすがは、軍人というべきだろう。
しかし、比較的早く意識が戻り、運が良かった。
そのおかげで、地下コンクリート壁に巧妙に隠してあったウージーを持ち出し、反撃に移れた。
軍人は二階に逃げたが、そこで必ず仕留めると決心した。
苦戦するかもしれないが、これを良い経験とし、今後の警察対策に生かすと考えれば、俄然やる気がでた。
ドアの前まで来ると、警戒し、覗き見て二階の様子を探る。
先ほどまで、自分が寝ていた場所に闖入者がいると思うと反吐が出そうだった。
一般社会での社会的地位を確立し、資金を貯めこの一軒家を購入した。
しかも一括払いだ。
イギリスの一般的な年収からすれば相当上の方である。
自分の欲望を叶える為にそれ相応の努力もしてきた。
それが今崩されようとしている。
−−−早くアイツの額に弾丸をぶち込みたい……
薄暗いが二階に動きや物音は今の所ないようだ。
逸る気持ちを抑えて、移動し始める。
ウォルターはスチールワイヤ型の銃床を展開し、肩に押し付け安定させる。
アイアンサイトを覗きながら、ゆっくりと階段を上っていった。
ウォルターが階段を四段ほど上った時だった。階段上部の影から素早い動きで人が出てきた。
それに反応し、発砲しようと引き金をひこうとした。
しかし、それは強烈な光で目を照らされ、動作が一瞬遅れた。
フィンは、相手の前に出ると同時にMP5に取り付けられたフラッシュライトで、ウォルターの目線を照らした。
作戦は見事に成功し、ほんの一瞬だが相手の引き金を引くタイミングが遅れた。
このチャンスを逃さずフィンは、ウージーにドットサイトの赤い光点を合わせて発砲した。
その発砲で、ウージーは破壊されウォルターの手より弾き飛ばされた。
更にフィンは、相手の射撃能力を低下させるため、ウージーを持っている右肩に対し、次の弾丸を撃ち込んだ。
ブチュッという肉を抉る嫌な音をさせて、ウォルターの右肩に弾丸が着弾し、その反動で階段下へ転げ落ちる。
「ガッ!」
激痛がウォルターを襲い、その場でのたうち回り、顔に苦悶の表情が浮かぶ。
その瞬間顔面にフラッシュライトの強烈な光が当てられる。
「こっ……この野郎……」
ウォルターは、悪態をつき闖入者に怒りの視線を向ける。
「どんな気分だ?」
フラッシュライトの光とは、対照的な暗い憎しみを抱いたフィンの眼光にウォルターは、一瞬怯む。
「ずいぶん俺に恨みがあるらしいが、何か俺がお前にしたか?」
「ああ、大有りだ」
すさまじい勢いで、フィンはウォルターの着弾した右肩に足を叩き付ける。
ウォルターの体が痙攣し、声を出せずにもがく。
「お前が拉致し殺した、エイミーの旦那だよ」
「エイミー……?」
ウォルターは、名前を聞いて一瞬逡巡したが、自分が今まで生きてきた中で、唯一執着した女だった事を思い出した。
「そういう事か……」
今、目の前にいる男が、自分に対して殺意を向けるのは当然と分かった。しかし、あのような自分にとっての理想が詰まった女性をモノにできなかった事が、非常に悔やまれる。
ソレをモノに出来たらという現実逃避の妄想を頭に浮かべ、ウォルターの顔がにやけた。
MP5の固い銃床が、ウォルターの顔面に振り下ろされ、歯が折れた。
「汚ねえにやけ顔晒してんじゃねえよ!」
フィンの怒声が一軒家に響き渡る。
「貴様の身勝手な行動で、女房は死んだ……その事実は消えない!」
フィンは、MP5のドットサイトの赤い光点をウォルターの額に合わせた。
冷たい銃口を近距離から向けられ、ウォルターは息をのむ。
「終わりだ……貴様の薄汚い命もここまでだ……」
引き金が引かれ、全てが終わると思われた。
しかしそれは、窓をぶち抜き飛んできた一発の弾丸により機会を奪われた。
弾丸はMP5の排莢口に着弾し、貫通した。
フィンの右手は反動でしびれる。
両者共に一瞬何が起きたのか理解できなかった。
先に動いたのは、ウォルターだ。銃傷を踏みつけているフィンの足を左手で押し退け、右足で思い切りフィンの腹を蹴った。
「グッ!」
うめき声をあげてフィンが、ウォルターより離れる。
その隙にウォルターは居間に飛び込み、床に広げてあったフィンの装備一式より、SIGを拾い上げフィンに銃口を向けた。
引き金を引くとSIGが乾いた音を発して、弾丸を吐き出す。
弾丸は、フィンの頬を掠め、二発目は左肩を掠める。
状況を立て直すため、フィンは階段側面奥のドアに走って向かった。
ウォルターはその背後にSIGを発砲するが、使い慣れない拳銃での左手射撃の為、狙いが定まらず弾丸はフィンの体をすんでのところで掠める。
フィンはドアを開け飛び込み、閉める。
そこは、洗面脱衣所だった。
ドアを封鎖する為の物がないか、周囲を見る。
ちょうど洗濯機があったので、給水ホースを引き抜き、ドアの前に持ってきて封鎖した。
その瞬間SIGの弾丸がドアを貫通し、手前にあった洗面台の鏡が割れる。
フィンは、破片を避け浴室内に逃げ込む。
無数の弾痕がドアに現れ、洗面脱衣所に破壊の限りをつくしていった。
数秒もたたずに弾丸の嵐は止んだ。
弾切れだ。
ウォルターがここに侵入してくるのも時間の問題だった。
フィンは、退路の確保のため浴室の窓を開けた。
頑丈そうな金網が、組んであった。
−−−マズい!これを切れるような用具はない!
フィンは、心中で悪態をつき、先ほどのドアに注意を向ける。
穴だらけの洗面台にカミソリがあったとしても、あの金網を切れる強度はない。
しかし、瞬時に気を取り直し、周りを見渡しもう一度考える。
−−−あのドアから侵入してくるとして、時間はかかるはず……
洗面台と洗濯機がつかえになって、隙間に体を通すのは困難だからだ。
そう判断すると少し気が落ち着き、この後の作戦を練る時間が確保できた事に安堵を覚える。
しかし、さらに問題が発生している。
さきほどウォルターに止めを刺そうとした瞬間に弾丸が飛んできて、MP5を破壊した。
−−−いったい誰だ?相当な狙撃の腕のようだが……
ウォルターに元軍人、元警察、ましてはPMC(民間軍事会社)の人間を雇えるような人脈があるとは思えない。
この一軒家を見て金は持っていそうだが、その金を彼らに支払ったとしても家とその周辺を警備してもらうことはできないはず。
なぜなら奴は、人に言えない事をしているからだ。
−−−さて、どうしたものか……
フィンは、浴室の壁に背を当て座り込み、深呼吸をした。
奪ったSIGの弾丸を洗面脱衣所のドアに向かって撃ち尽くし、スライドが開いたままになっていた。
ウォルターは銃傷のある右肩の激痛に耐えていた。
−−−あの野郎!殺す!絶対殺す!
闖入者の軍人の予想外の反撃に悔しさを覚えた。
また、結果的に相手の銃が一丁破壊され好都合だったが、目的がわからない外にいる第三者に混乱を感じていた。
−−−二人同時に相手なんて無理だ……まずは軍人野郎から始末する……
その為には、態勢を整える必要がある。
今し方奪ったSIGは初めて使う自動拳銃だ。
扱い慣れていない得物を使うのはマズい。
只でさえ訓練を積まなければ、動かない的に当てるのも一苦労な代物だ。
確実に相手に致命傷を与えようと思うなら、今度は使い慣れた得物が必要になる。
それを取りにウォルターは自室へ移動した。