42:対決1
(危なかった……)
フィンは、木の影で冷や汗が、背中を伝うのを感じていた。
木の影から、体を出した瞬間に感じた寒気が、自分を救ったのだ。
完全にカンを取り戻した訳ではないが、現時点では及第点だ。
作戦用ベストに弾丸が、掠った跡が残っていた。
当然だが、自分のいる位置より、高所を陣取られている。
不利な状況だ。
だが、今の発砲で、位置はかなり検討がついた。
距離はおよそ四十メートルから五十メートル程だ。
ここは、特定されている。
別の場所に移動しなければいけなかった。
周囲を見渡した。
ちょうど、倒れた巨木が連続して、狙撃位置まで続いていた。
そこの影に隠れて、匍匐前進していく事にした。
四肢を懸命に動かして、移動した。
ときどき動きを止めて、狙撃位置を見た。
十メートル移動、動きはない。
二十メートル移動、動きはない。
三十メートル移動、動きはない。
残り十メートルで、作戦用ベストから小型双眼鏡を出して、狙撃位置を確認した。
左右へ視線を動かして、様子を探った。
その時、月光が一瞬何かを光らせた。
すぐさまそこを凝視した。
カムフラージュシートに包まっていたが、わずかに銃身の先端が出ていたのだ。
(見つけた……)
集中力を高めた。
匍匐時の音を出来る限り、立てないように注意して、更に接近した。
残り五メートルの位置に達した。
側面を取っている。
ギリースーツで包まれた人間の盛り上がりが、明確にわかる距離だ。
先ほど月光で反射した銃身から察するに使用している銃は、Ⅼ96A1だろう。
狙撃用で、取り回しが悪いが、弾丸に当たればひとたまりもない。
動きを止めるしかない。
そうっとワルサーを腰のベルトから、抜いた。
相手の太ももに照準を向けた。
引き金を引いた。
着弾。血は出ない。
囮と気づいた。
フィンは、動くのが遅かった。
体重の乗った蹴りが、横っ腹にめり込んだ。
「フィン!」
憤怒の混じった声が、辺りに響き渡った。
アドレナリンが、フィンの脳内を駆け巡る。
フィンは、腹部の鈍痛を堪えて立ち上がり、ワルサーの銃口をジェイミーに向けた。
瞬時に蹴飛ばされた。
ジェイミーのナイフが、顔面に迫った。
フィンは、どうにか鞘からナイフを引き抜き、受け流した。
「オオッ!」
ジェイミーは荒々しい雄叫びを放つと、流れるようなナイフさばきで切り裂こうとした。
対するフィンもナイフの軌道を読み、防御した。
「ナイフ戦は、俺が上だったよな」
両者は、激しく火花を散らしながら、ナイフを接触させた。
額をぶつけて、顔を接近させた。
「どんな気分だ? ウォルターは俺が殺した。お前は、何もせず目の前で惚けていただけだったなあ? 結局お前は、彼女を守れなかったのと同じで、無力なんだよ!」
ジェイミーの憎しみに満ちた目が、フィンを睨んだ。
「言い訳はできない。だが、償いたいと思っているんだ!」
フィンは、額をさらに強く彼に押し付けて、気迫を込めて言った。
「ふざけるな! 今更そんな事を抜かすな! もうエイミーは、戻ってこないんだよ!」
ジェイミーは、接触したナイフをねじって、軌道をフィンに向けた。
見事にそれは、フィンの頬を切り裂いた。
ナイフに血が付着し、辺りにまき散らせた。
冷や汗がどっと出る。両者の距離が、少し離れた。
「シッ!」
フィンは、一歩踏み出し距離を詰めて、ナイフで突きを繰り出した。
狙いは、ジェイミーの肩だ。
それは見事に阻まれた。
ジェイミーは、ナイフを持った手をいなし、軌道を逸らせた。
そのまま腕をつかんで、足でフィンの体勢を崩し、投げ飛ばした。
「クッ!」
視界の天地がひっくり返り。
脳天が地面へ激突する感覚がよぎった。
フィンは、顎を引いて受け身を取った。
地面へ体が激突する瞬間、手で地面を叩き、衝撃を和らげた。
その衝撃でナイフが手から吹っ飛んだ。
ジェイミーはその隙を見逃さなかった。
マウントを取り、拳を振り下ろした。
フィンの顔面に拳がめり込み、鼻や口から血が飛び散った。
「どうだ! 己の無力を思い知れ!」
フィンは、次々と繰り出される拳の連打に防御一辺倒だった。
両腕をクロスさせて、数発逸らすのがやっとだった。
やがて、ジェイミーの息があがり殴打が止んだ。
「はあ……はあ……最後だ」
手に持ち続けていたナイフの先を下に向ける。
狙いは、フィンの顔だ。
「あばよ」
ジェイミーの冷たい一言が、フィンの心に突き刺さった。
フィンは、ナイフが振り下ろされ、顔に到達する寸前に手でジェイミーの手首を持って、止めた。
「グギギ……」
ナイフの先端が、徐々に顔に迫る。
「ヌウウ……あきらめろ!」
両者共にこめかみに血管を浮かび上がらせて、膠着状態に陥った。
不意にフィンは、パッと手を放した。
そのまま刺さるかと思ったが、顔を逸らせてナイフを地面に突き刺させた。
ナイフは深々と地面に刺さり、抜くのに難儀しそうだった。
「ムッ!?」
ジェイミーが、唸った瞬間に彼の腹に重い拳が、めり込んでいた。
フィンの拳に内臓へ衝撃を与えた感触が、伝わった。
「グウッ」
ジェイミーが、悶絶している間にフィンはマウントから脱出した。
フィンは、瞬時に周囲を見て、落ちているワルサーを確認した。
すぐに拾って、ジェイミーの胴体に向けて発砲した。
弾丸は、見事に命中した。
命中した瞬間、ブチュッという音がせず、何かボスッという音がした。
抗弾ベストだ。
ジェイミーも着こんでいた。
だが、拳がめり込んだところを見ると、ソフトタイプのようだ。
弾丸は、先ほどの拳との相乗効果で、ジェイミーを苦しめていた。
苦悶の表情を浮かべ、彼はフィンとの距離を取った。
フィンは、その隙に地面に落ちている自分のナイフを回収した。
乾いた音がして、フィンの太ももに穴が穿たれた。血が噴き出た。
「うがあああ!」
フィンは、激痛が脳神経を駆け巡り、その場に倒れた。
もだえ苦しんでいるフィンだったが、何故か追撃が来ない。
ジェイミーは、グロックを構えて、フィンに照準を合わせていたが、動いていなかった。
その表情は、今しがた自分がしていた事が信じられない感じだった。
痛みを堪えて、フィンは、ワルサーを牽制で、適当に発砲した。
くぐもった発砲音が、連続して辺りに響いた。
ジェイミーの傍に弾丸が乱れ飛んだ。
ジェイミーは、少しでも弾丸を避けようと、頭を下げて、グロック発砲し返した。両者は、体に弾丸が掠めるのを感じながら、距離を取った。
フィンは、体を引きずり発砲しながら。
ジェイミーは、中腰になり発砲しながら。
ある程度の距離を取って、両者は木の影へ隠れた。
先ほどまで、月光が視界を明瞭にしていたが、今は雲に隠れて光量が足りなかった。
下手に動けない。
数分が経過した。
ゆっくりと雲が、月から離れていった。
それと同時に月光が、木々の間を照らして、視界が良好になってきた。
両者の距離は、およそ二十メートルから二十五メートルの距離だった。
すかさずお互いの位置を探り合った。
木の影から、一瞬顔を半分出しては、隠してなどを繰り返してだ。
フィンは、木の影で苦痛に耐えて、声を出さないようにしていた。
すでに弾が切れたワルサーをその辺に放り捨てた。
撃たれた太ももからは、血が流れ続けていた。
このままにはしておけない。
作戦用ベストの医療バックから、モルヒネを取り出した。
梱包袋を破り、針を太ももの付け根に刺した。
暫くすると、痛みが和らぎ、意識が少し朦朧としてきた。
続いて、包帯を取り出すと、銃傷ごとぐるぐる巻きにして、止血した。
(クソ、まずいな……)
何か忘れていないか?
キャシーに仕掛けられたⅭ4爆弾の解体だ。
もう時間は、あまり残されていない。
残り五分くらいだろう。もたもたはしていられない。
フィンは、作戦用ベストから、フラッシュバンを取り出した。
木の影から、また顔を半分だして、ジェイミーの位置を探った。
今度は、じっくり前方を確認した。
その時、何かがこすれる音がした。
十五メートルほどの距離にある、木の影から聞こえた。
ジェイミーの顔が、見えた。すでに距離を詰めてきていた。
彼の目の前にフラッシュバンを炸裂させたい。
ジェイミーは、じっくりと確認をしていた。
フィンは、ズキズキと痛む太ももを無視した。
幸い骨には、異常はない。
ピンを抜き、二秒待ち、投擲に全神経を集中させ、フラッシュバンを投げた。
弧を描いて、ジェイミーの目の前へ見事に落ちた。
「クソ!」
大きな悪態が聞こえたときには、フィンは木の影に身を隠し、耳をふさいでいた。
大音響と煙、瞼を閉じてもまぶしく感じる閃光が、辺りを包み込んだ。
一分後、フィンは木の影から、出てきた。
あの声からして、確実に効果はあっただろう。
モルヒネで意識がはっきりしない時があった。
SIGを構えながら、出来る限り早く足を動かして、ジェイミーがいる場所へ向かった。
たどり着くと、ジェイミーはうつ伏せになって気絶していた。
呼吸をしているので、生きてはいるようだ。
時間が迫っている。
フィンは、急いでジェイミーの体を調べた。
(カギはどこにある?)
あおむけにして、身に付けているチェストリグのポーチを探った。
見つからない。
上半身を触診してみた。
見つからない。下半身を触診した。
何か硬いものに触れた。
(あった!)
太もも側面にあるポケットにカギが、入っていた。フィンは、それを取り出すと、駆け出そうとした。
だが、足を止めた。
傷だらけの顔になったジェイミーが、見えたからだ。
(どうしてさっきは、撃たなかった?)
あそこで撃ってしまえば、ジェイミーの勝ちだった。
だが、彼は撃たなかった。
その行動が意味する事をフィンは、感じ取った。
(だが、今はキャシーだ。お前との事は後だ……)
フィンは、気持ちを切り替えて、斜面を駆け下り始めた。




