36:事情4
二人は、商店街を歩いた。
目的の八百屋や肉屋までは、もう少し距離があった。
珍しいものはないかと、周辺の店に目を向けて歩いた。
「ワンワン!」
二人の耳に元気な犬の声が、聞こえてきた。
「何? かわいい声が聞こえた」
エイミーの顔が幸せで満ちた。
「ああ。ペットショップか」
ジェイミーは、看板のさび付いたペットショップに目を向けた。
少年時代には、小学校の帰りによって眺めていたものだ。
社会人になってから、とんと縁がなかった。
寂れつつある商店街で、なんとか生き残っているのが、たくましく感じた。
「ねえ。見ていこうよ」
エイミーの喜びを隠しきれない声が、耳朶を打った。
「先に行こうとしても駄々こねる気だろ? わかっているよ。行こう」
ジェイミーは、苦笑してエイミーと一緒にペットショップへ入った。
店内は、カゴが段々積みにされ、様々な動物たちが売られていた。
その一角に犬のスペースが、広く取られた場所があった。
コーギー、ブルドッグ、コリー、主に中型犬を多く扱っているようだ。
「あ。さっきの鳴き声はこの子かも」
エイミーは、足早に目当てのカゴへ近づいた。
名札には、柴犬と書かれていた。
「柴犬だ。いいなあ、今はペット禁止のフラットに住んでいるけど、フィンと一緒に住む家は、絶対犬を飼ってもいいところにしよう」
柴犬は、エイミーを見て、飛びつこうとしたが、カゴが邪魔していた。
その時、柴犬は隣に立っていた人間に目線を移した。
ジェイミーは、柴犬をじっと見つめた。
柴犬は、くりくりした丸い目で、ジェイミーを見つめた。
両者は、数秒間お互いを観察し合った。
やがて柴犬は、目の前の人間が敵ではない事を悟った。
カゴの間から鼻を出して、ジェイミーの匂いを嗅ごうと、鼻息を鳴らし始めた。
−−−ほう……
犬が、興味を示しているのが、わかった。
ジェイミーは、手を差し出した。
柴犬は、ペロペロと舌を出して指先をなめていた。
一心不乱になめているので、何か食べ物か何かと勘違いしているのかと、思ってしまった。
「うふふ。仲がよろしいことで」
ジェイミーが、柴犬に集中している間にエイミーは、悪戯っ子のような表情をして、両者を見た。
「別にこいつが懐いているだけだ」
ジェイミーは、目をそらした。
「嘘。ちゃんと顔に書いてあるよ。犬と遊べて楽しいって」
ジェイミーは、いつの間にか自分が、笑顔になっているのに気づいていなかった。
「ねえ。あなたも犬を飼ってみれば?」
エイミーは、柴犬の鼻を突きながら言った。
「いつも任務で、家にいないことが多いからな。まともな世話ができないだろう」
ちょっと残念そうにジェイミーは、答えた。
「あなたにもいい人が見つかればいいね」
その言葉は、ジェイミーの心に重くのしかかった。
−−−本当は君が……
その言葉が、喉から出かかった。だが、堪えた。
フィンに譲ると、決めたことだ。
「なあ。この柴犬を同棲祝いに買ってやろうか?」
違う話題を振った。
「え? そんなの悪いよ」
エイミーは、かなり困惑していた。
「俺がそうしたいんだ。いいだろ?」
ジェイミーの多少強引な言い方にエイミーは、たじろいだ。
一分後、エイミーは降参とばかりに首を僅かに振った。
「わかったわ。あなたって意外に強情なとこは、前から変わってないのね」
先ほどとは逆に苦笑されて、ジェイミーは目をそらした。
これでいい。
これで、一区切りつくはずだ。
この気持ちに整理を付けるには、ちょうどいい機会だった。
「でも、今すぐフィンと同棲するわけじゃないから、改めて連絡するね。その時は、家に遊びに来てね」
異性の友人を気遣う気持ちが、こそばゆかった。
「ああ。その時は、フィンの奴を小突いていじり倒してやるよ」
ジェイミーは、精一杯の笑顔を作って、エイミーに向けた。
ペットショップの店主が、鋭い目つきで睨んできた。
買う気がないなら、出ていけの合図だ。
エイミーは、店主に見えないように舌を出して、片目をつむった。
ジェイミーも頷いた。
二人は店を出て、商店街へ戻っていった。