30:罠2&再会
そこは、地上から見て、高さ三十メートルほどで、ウォルターの家を一望できる、絶好の狙撃ポジションだ。
フィンは、木の根元に陣取り、周辺の気配を探った。
虫のさえずり、風が吹き木の葉を揺らし、こすれる音が聞こえた。
その中に人為的な音が混じっているか、神経を集中させた。
今のところ異常は、感じなかった。
いつでも発砲出来るよう、ワルサーを胸のあたりで保持しながら、さらに移動した。
その時、何かが聞こえてきた。
電子的なピッピッピッという音だ。
フィンは、その場でしゃがみ、ワルサーを構えて、周辺の木々へ銃口を向けた。
ワルサーの照準をピタリと合わせて左右に振り、警戒した。
電子音は、絶え間なく聞こえている。
−−−この感じだと、北西の方向だな……
狙撃予想位置は北東だったが、反対側だ。
フィンは、北西へ進んだ。
すると、大きな大木を見つけた。
そこから電子音が聞こえているようだ。
大木の周囲は、更地で直径二十メートルの円形に拓けていた。
足首までの長さの雑草が生えている程度で、木は生えていなかった。
フィンは警戒して、更地に身をさらさないようにした。
狙撃者が、この付近に潜んでいる可能性は否定できない。
下手に出ていけば、撃たれるのは目に見えている。
雑木林から出ず、更地の端を時計周りに進みながら、大木を見ていた。
すると、大木に何かが縛り付けられていた。
月光が雲に隠れて、詳細がわからなかった。
しばらく待って、月光が大木を照らした。
キャシーだ。
−−−なぜここにいる? 逃げたんじゃなかったのか?……
フィンは、困惑した。
キャシーは、紐で大木に縛りつけられて、頭を下にむけていた。
さらによく見ると、体に何かが付いていた。
フィンは、作戦用ベストから小型双眼鏡を取り出し、確認した。
キャシーの胴体に四角い物体が三個、ガムテープで固定されていた。
素材は、粘土のようで白っぽい色をしていた。
その表面にデジタル式タイマーがあり、数字が表示され点滅していた。
−−−C4爆弾……
フィンは、現役時代に幾度となく、使った経験があった。
アレが爆発すれば、周辺の木々と共に天へ召されるはずだ。
とにかく接近して、状況の確認と可能であればⅭ4爆弾の解体を行わなくてはいけない。
フィンは、双眼鏡を周囲に巡らせて、接近できる位置を探した。
すると、ちょうどキャシーの縛られている大木の裏側が、月光によって影になっていた。
小型双眼鏡を作戦用ベストに入れた。
更地の端を移動し、影になっている部分に移動した。
月光が遮られ続けているのを確認した。
ワルサーを構えつつ、大木の裏へ移動した。
到達して、その場にしゃがみ周囲を見た。
異常なし。
すぐにキャシーの近くへ向かい、Ⅽ4爆弾を見た。
信管が爆弾本体それぞれに一本ずつ刺してあって、タイマーへ繋がっていた。
キャシーは、意識を失っていたが、息はしているようだ。
タイマーに表示されている数字は、十五分だった。
電子音を鳴らし、点滅はしていたが、カウントは始まっていなかった。
フィンは、信管に手を伸ばして、ゆっくりと一本目を引き抜き始めた。
キャシーの呼吸で胸部が動いている。
手元が狂わないように注意した。
一本目は抜けた。
二本目も同じようにして、抜いた。
残り一本だ。
三本目の信管に手をかけようとした。
「う…… ううん……」
フィンが、信管に手をかけた瞬間、キャシーが、うめき声を上げて、大きく体を動かした。
耳障りで大きな電子音が、周辺に響き渡った。
フィンは、思わず身構えた。
よく見るとタイマーのカウントが始まっていた。
「クソ!」
フィンは思わず悪態をついた。
これ以上信管に触れると、爆発する可能性があった。
他に解体の手がかりがないか、Ⅽ4爆弾を調べた。
よく見ると、タイマーの側面に鍵穴があった。
−−−これか!
何かを叩くような鈍い音が、遠くから聞こえた。
ヒュッと風切り音が、耳に入ったとたん、目の前の大木に穴が開いた。
「えっ? 何?」
キャシーは、衝撃で目を覚ました。
フィンの本能が、すぐに動けと命じた。
今、彼女の身を案じることはできない。
前転してその場を離れた。
フィンの後を追うように銃弾が、大木の側面を抉った。
「きゃあ!」
キャシーは、悲鳴を上げた。
フィンは、大木の裏に回り込み、銃の射線上から身を隠した。
その時、声が聞こえてきた。
「甘いな。やはりその程度か? だから、彼女を守れなかったということだな」
「なっ」
フィンは、思わず声を上げた。
懐かしい声だ。
だが、今は死の宣告を告げる声でもある。
「あの時ほど時間はないぞ。十五分だ。それまでに何とかしてみろ」
また銃弾が、大木の側面を抉った。
「なんで……どうしてここに」
疑問を感じている暇は、なかった。
残り時間は、限られている。
Ⅽ4爆弾を解体するのは、現時点で不可能だ。
あの鍵穴がヒントだ。
−−−アイツがカギを持っている……
狙撃予想位置は、大木を起点にして、西のようだ。
「フィンなの? ちょ……ちょっと! お願い助けて!」
キャシーの懇願する声が、聞こえた。
「すまない! 今、ソレに触れば爆発する!」
キャシーは、そう言われて自分の体を見た。
「ウソ! 冗談でしょ!」
驚愕の目で、Ⅽ4爆弾を見た。
「とにかく体をむやみに動かすな! 爆発するかもしれない! 俺が解体方法を探す! それまでそこでじっとしているんだ!」
キャシーが何か言っていたが、フィンの耳には聞こえていなかった。
先ほどと同じように影を背にして、更地を横断して雑木林へ戻った。
フィンは、雑木林と更地の境目近くを移動し、西へ向かった。
ワルサーのグリップを握る手に力がこもった。
−−−相対した時、自分は……
最悪の結末を想像し、身を震わせた。
そんな事にはしたくない。
彼は、戦友でもあり親友だ。
だが、自分に対して怒りを向けている事は、充分わかった。
あの時、どうして行動できなかった?
どうして、任務に行ってしまったのか?
悔やんでも悔やみきれない。
−−−ツケを払わなきゃならない……
自ら背負った十字架の重みが、肩にのしかかるようだった。
「どうした? 何をもたもたしている? 早く見つけてみろ」
また聞こえた。
近くから聞こえてくるのが、わかった。
そう遠くではない。
フィンは、その場にしゃがみ、神経を研ぎ澄ませた。
その時、何かがこすれる音が聞こえた。
目をカッと見開き、足腰のバネを効かせて、走り出した。
こすれる音は、まだ聞こえていた。
西へ向かうほど、木々の数が増し、走行速度を妨げた。
音の発生源と思われる位置に来た。
フィンは、ワルサーを構えた。
小型スピーカーが、木に括り付けられていた。
「こんな小細工にひっかかるとは、残念だよ」
スピーカーから、声が聞こえた。
それは、落胆と蔑みが含まれていた。
ワルサーから弾丸が、発砲された。
弾丸が命中し、スピーカーは火花と煙を上げて沈黙した。
−−−なんてことだ! 冷静に考えればわかることじゃないか……
狙撃手が、わざわざ自分の位置を教えることなどない。誘いだとなぜ考えなかった?
己の判断ミスが歯痒かった。
フィンは、しゃがんで周囲を見渡した。
とにかく、地形の把握だ。ヒントを探し出したい。
−−−この雑木林で、狙撃に適した場所は、一体どこだ?
ふと目が止まった。
小高い斜面が、ここからもう少し、西にあった。
斜面上に潜んでいれば、大木のあった更地を一望できる。
フィンは、足早に斜面へ向かって、移動し始めた。