25:反撃1
フィンは、破壊の限りを尽くされた洗面脱衣所で、呼吸を整えていた。
奪われたSIGの銃撃が止み、しばらくして階段を昇っていく足音が聞こえた。
作戦用ベストと抗弾ベストの位置を整えた。
現状の武器は、コンバットナイフのみだ。
接近戦で、仕留めるしかなかった。
コンバットナイフを作戦用ベストに装着した鞘から引き抜き、逆手で持った。
居間で、床に広げてあったSIGのマガジンやグレネード、フラッシュバンが気になった。
穴だらけになったドアへ近づいた。
耳を澄ませたが、何も物音は聞こえなかった。
ドアを封鎖するために倒した洗濯機に目を向けた。
音を立てないように慎重に動かし、ドアを開けられるようにした。
そうっとドア開けて、廊下の状況を確認した。
誰もいないことを確認すると、コンバットナイフを構えながら、廊下へ出た。
居間へ入り、装備一式が広げられていた位置へ行った。
やはり、SIGのマガジン、グレネード、フラッシュバンが無くなっていた。
−−−ちっ……
心の中で悪態をつくと、二階へ続く階段へ向かった。
階段下には、血痕が広がっていた。
ウォルターの苦痛に歪んだ顔が思い浮かんだ。
後もう少しで仕留められた。だが、それを中断させられた。
−−−クソッタレ……
何者かわからないが、邪魔をしたからにはそれなりの報復が必要だ。
コンバットナイフを握る手に力が入った。
フィンは、ゆっくりと階段を上り始めた。
二階は相変わらず暗かった。
さっき自分が行った暗闇からの不意打ちを逆に受ける可能性を考慮して、慎重に上った。
幸い不意打ちはなく、無事に二階へ着いた。
右と左にドアがあった。右のドアに近付きノブに手をかけた。
回して開こうとしたが、できなかった。
それに別の事が気になった。
フィンの鼻を付く異様な臭気だ。
ドア自体に異常はないのだが、隙間から流れ出るこの匂いは、覚えがあった。
戦場の遺体の匂いと同じだ。
そこから導き出される答えは一つしかなかった。
−−−ここじゃないな……
左のドアに目線を向けた。開けてみるとトイレだった。
先ほどと違い、きれいに清掃され、整理整頓が行き届いていた。
トイレは日本製のイナックスのタンクレストイレだ。
用を足す場所には手と金をかけているらしい。
奥に目を向けると、また右と左にドアがあった。
右のドアに近付き、ノブに手をかけて回した。
ここも開かなかった。
だが、ここはあの異様な臭気がしなかった。
−−−ここだな……
ピッキングを行おうと、作戦用ベストを探った。
だが、ピッキング用具が無くなっていた。
どこかでなくしたのだ。
今から探している余裕はなかった。
他に侵入できる場所を探すしかなかった。
気を取り直し、左のドアに向かった。
また、異様な臭気が鼻を付いた。
ノブを回すとドアがわずかに開いた。
音を立てないようにドアの隙間から、身体を滑り込ませた。
月明かりが、窓から差し込み、ぼんやりと室内の様子が見えた。
遺体はなかったが、床や壁に血痕の跡が広がっていた。
被害者が爪で壁をひっかき、何か文字らしきものが刻まれていた。
悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。
ウォルターが苦心してそれを落とそうと清掃したようだ。
その努力も空しく、白い壁と、カーペットは変色していた。
右に視線を向けると、大きな引き戸があり、ベランダに面しているようだった。
フィンは、外の様子と引き戸近くを注意深く観察し、異常がない事を確認した。
ゆっくりと引き戸を開けた。
周囲からの視線を考慮し、前傾姿勢で歩き、ベランダの壁より下に体を位置させた。
少し前進して、すぐにドアがあった。
ノブに手をかけ少し回した。
カギはかかっていないようだった。
−−−罠か……
その可能性が頭をよぎった。
十分考えられた。
ウォルターは手傷を負っている。
不意打ちを狙うのは当然の行動だろう。
フィンは一度大きく深呼吸をして、ゆっくり息を吐き出した。
−−−よし……
気持ちを落ち着けて、コンバットナイフを握り直した。
月明かりが、フィンを照らした。
ドアをゆっくり開けて、中の様子を探った。
ドア周辺はかろうじて見えるが、奥のほうは暗がりが広がり、良く見えない。
フィンは、足音を立てないように歩き、室内へ入っていった。