22:任務11 -親友の過去ー
「近づくなよ。疫病神」
ジェイミーは、ヘリフォードに戻り、数日が経っていた。
食堂で、昼食を食べていると、近くを通りかかったレッドチームの一人から、そう言われた。
「え……」
今言われたことが、よく理解できなかった。
「お前のせいで、バリーとバッカスとベンが死んだ。当然だろう」
その言葉には、侮蔑の感情がこめられていた。
「俺は…… その……」
事実であり、言い返すことができなかった。
この間、バッカスとベンの両親へ謝罪しようと、訪問の約束をしようとしたが、拒否されたばかりだった。
「だったら俺の視界に入ってくるな。どうしてもここに居たいなら、デスクワークでもしてな」
言いたい事言い終えると、そのチームメイトは、その場を去っていった。その言葉は、ジェイミーの精神を揺さぶっていた。
食堂にいる隊員達の目線が、気になってきた。
まるで、皆が自分を異分子扱いしていてるかのような感じだった。
その場の空気に耐え切れなくなり、ジェイミーは席を立った。
食器を返却口へ返し、廊下へ出た。
「おい。大丈夫か」
誰かに背後から話しかけられ、足を止めて振り返った。
「大佐……」
信頼できる上司とわかり、幾分緊張がやわらいだ。
「話がある。ついてきてくれ」
その場で手招きされ、エドガーの執務室へ向かった。
ヘリフォードの見慣れた建物の中を歩いているはずだ。
だが、今は何か知らない場所を歩いているようだった。
執務室へ到着し、エドガーは椅子へ座った。
手前には、大きなデスクがあり、報告書の山ができていた。
ジェイミーは、着席を促され、傍にあった椅子を引き寄せ、座った。
「さっきは、キツイ事を言われていたようだな」
図星だったようだ。ジェイミーは、視線をそらし、また戻した。
「はい。今、周りの人間全てが、自分を見ているような気がします」
この違和感は、ヘリフォードに戻ってきてから、感じ始めた。
そして、さっきの食堂での出来事で、はっきりと自覚した。
「それは、気のせいではない。以前言ったが、今お前の立場が危うい」
エドガーは、腕組みして、椅子をきしませた。
「上層部は、今回の件を重く見ている。お前を徹底的に締め上げて、事実確認をしろと指示がきている。だが、残念だがそれが無事に終わったとして、元のチームで仕事が出来るかと言われると」
エドガーは、椅子から立ち上がり、窓へ向かった。
「難しいだろうな。お前が感じている通り、ウワサがもう浸透している。仲間を死なせた奴と組みたくないと。だが、俺はここで、お前を生殺しにはしたくない。事情聴取は、明日だ。それが終わったら、今後の身の振り方の検討になる。通常であれば、デスクワークか武器倉庫管理だ。だが、お前は狙撃が得意だ。そのスキルを生かして、訓練教官候補に推薦しようと思っている。最初は、狙撃教官の下について、丁稚奉公してからになるが」
エドガーの言葉からは、ジェイミーを心配する気持ちがにじみ出ていた。だが、当のジェイミーは、話を聞きながらどこか上の空だった。
「どうした?俺の話を聞いているのか?」
様子がおかしいのに気づき、エドガーは声をかけた。
「大佐。お気遣いありがとうございます。でも、結構です」
エドガーは、その言葉を一瞬理解できなかった。
「何を言っているんだ? このままいけば、お前は」
「ここを辞めます」
ジェイミーは、はっきりとそう言った。
「なんだと? これからどうするんだ? お前の家庭状況は知っている。母親はどうする? 父親と二人三脚で、支えているんだろ?」
予想外の言葉にエドガーは、混乱していた。
「お気遣い、ありがとうございます。でも、この状況で皆にまた受け入れられるとは、到底思えません。作戦で失敗した男に狙撃を教えてもらおうと思う、酔狂な奴がここにいますか? いないでしょう? なら最初から期待せずに自分から去ったほうが、マシなのではと思っています」
淡々と自分の考えを語るジェイミーにエドガーは、黙って聞いていた。
「それに、まったくあてがないわけではありません。昔は、体育教師か、ボディガード、作家になるぐらいしか道はなかった。でも今は違う、PMC(民間軍事会社)に入る選択肢もある」
PMCという単語を聞いたエドガーは、眉をひそめた。
「最後の単語をあまり周りに言うなよ。奴らは、国民の血税をかすめ取るハイエナだ。そんな奴らの仲間になると豪語すれば、たちまち袋叩きにあうだろう」
エドガーの鋭い視線が、ジェイミーを貫いた。
「でも、最近では彼らと仲良く、共生関係が出来上がっているようじゃないですか。ブレコン・ビーコンズ(SASの選抜訓練に使用される丘)で、彼らの人員を訓練して、下請けとして、特定地域に派遣していると聞いていますよ。それに給料もいいから、ここのベテランが、ちらほら転職先にしている」
その瞬間、目の前の机が勢いよく叩かれ、緊張した空気に喝が入った。
「いいかげんにしろ! 俺をあおっているのか? 自分の立場をわかって発言しているのか? 奴らとよろしくやろうと決定したのは、上層部だ。俺はあまり良く思っていない。データ上の隊員の死傷者数を減らすため使っているが、結局は次世代を育てる弊害になっているのをわかっていないんだ!」
エドガーは、頭に血が上り、大声でまくしたてたが、気持ちを落ち着けるため、机上に置いてあった水差しから、コップに水を注ぎ、一気に飲み干した。
「で? お前はどうしたいんだ? さっき言った通り、俺としては最大限のフォローはするつもりだ」
最後通告である事は、明白だった。これを蹴れば、完全にフォローは無くなる事は、確実だった。
「辞めます」
もう一度、きっぱりとジェイミーは答えた。
「わかった。好きにしろ。上層部には伝えておく。明日の事情聴取が終わったら、もうここには来なくていい」
エドガーは、淡々と言った。
「わかりました。今までありがとうございました」
ジェイミーは、そのまま執務室のドアを開けて出ていこうとした。
「後悔するなよ。自分の選択だからな」
エドガーのせめてもの忠告だった。
「わかっています。大佐もお元気で」
執務室のドアが、静かに閉められた。
エドガーは、椅子に座ると眉間を押さえて揉んだ。
−−−あのバカが……
人を気遣う事は出来るが、本人の気持ちが定まらない事には、どうすることもできない。
ジェイミーの今後を思うと、あまり良い未来は想像できなかった。
事情聴取は、あっさりと終わった。
エドガーとの話の後、人事部に退職届を提出していた。
それがわかっていたのか、辞める人間に聞くことなど、ほとんどないとばかりに形式的な質問事項しか、聞かれなかったのだ。
すぐに基地の宿舎の自室へ行き、私物の荷物をまとめ始めた。
ここに来た時の事をふと思い出した。
あの時は、選抜試験に合格して、喜び半分、これからの仕事について不安半分だった。
−−−もう過去のことだな……
もう自分は、部外者なのだ。
見送りをしてくれる仲間もいなかった。
うかうかはしていられなかった。
すぐに職を探さないと、生活に影響がでる。
大きなボストンバッグを持ち上げ、自室を出た。
すぐさま、周囲の視線が突き刺さった。意識から締め出し、愛車のランエボに向かった。
助手席にボストンバッグを放り投げると、運転席に座った。
エンジンをかけると、気味良い起動音が、少し気分をやわらげた。
アクセルを踏み、ランエボを走らせ、ヘリフォードの正門から出た。
もうここに来ることは、金輪際ないだろう。
だが、這いあがってやる。
自分の人生だ。
切り開かなければ。
決意を胸にジェイミーは、アクセルをさらに踏み込んだ。




