20:任務9 -親友の過去ー
ジェイミーが意識を取り戻したのは、フォークランド諸島にあるマウント・プレザンド空軍基地内の病院だった。
回収ヘリは、ジャングルを出て、ブラジル空軍のカノアス空軍基地に着陸した。その後、輸送機に乗せ換えられ、ここまで来たのだ。
長期間の任務で、疲れ切っていた所を殴られ意識を失い、泥のように眠っているような状態だった。
意識を取り戻し、起き上がろうとすると、全身がだるくて所々が痛んだ。
「……クソ」
悪態をついても体は、休息を欲していた。
完全に回復するまで、しばらくかかるだろう。
その時、病室のドアが開けられる音が、聞こえた。
「具合はどうだ?」
ドアを開けて入ってきた人間がいた。
軍人の中では、小柄だが鍛えられた肉体を持つ人物が話しかけてきた。
「……大佐……どうしてここに」
大佐と呼ばれた男は、エドガーだった。
ジェイミーが所属するレッドチームの連隊長を務める男だ。
現役時代は、フォークランド紛争と湾岸戦争を経験し、隊員達からは厚い信頼を得ていた。
髪は灰色で、顔には激戦を潜り抜けた証拠のキズが、あちこちにあった。
「まあ、横になっていろ。今は休め」
何か含みのある表情で、こちらを見ていた。
「……」
何が言いたいのか、想像がつきジェイミーは黙り込んだ。
「落ち着いてよく聞くんだぞ。まず、バリーだが…… 死亡を確認した」
分かっていた事だが、改めて聞くとその言葉の重みを感じた。
「彼の葬式は、後日、本国で行われる。お前も出席しろ。辛いかもしれないが……」
エドガーの眉間に皺が寄り、普段の険しい顔がさらに強調された。
「どのツラ下げて、バリーの家族に会えば良いんだよ……」
ジェイミーは、両手で顔を押さえて、歯を食いしばった。
「俺が、もっとしっかりしていれば……」
任務の途中から、冷静さを徐々に失いつつあることは、自覚していた。
それに気づいたバリーは、フォローしてくれたのだ。
−−−俺は甘えていたのか……
後悔しても遅いが、悔やむ気持ちは振り払おうとしても無駄だった。
様子を見ていたエドガーは、少し間をおいて話を続けた。
「……それで、バッカスとベンの事だが…… 彼らも死亡が確認された。だが、こちらの方は少し厄介な事態になっている」
エドガーは、腕に持っていたノートパソコンをベッドの机上に置いた。
「先日、お前たちが偵察と狙撃を行った麻薬組織が、ネット上にある動画をアップした」
インターネットが立ち上がると、ある動画サイトが開かれた。
それはLiveLeakと呼ばれ、主にグロテスクな動画をアップする有名なサイトだった。
「二人の死体の動画だ」
ジェイミーは、一瞬何を言っているのか、理解できなかった。
だが、眼前のノートパソコンから目を離す事が、できなかった。
動画は、身長が低く猫背で、細い目のキツネ男が映るところから始まった。
話している言葉は、ポルトガル語だった。特殊部隊教育課程で習ったが、訛りが強くあまり理解できなかった。
だが、ご丁寧に英語字幕が、動画下部に表示されており、自分たちの主張を多くの人間にアピールしたい事は、明白だった。
「数日前、我々の縄張りに無礼にも入ってきた輩がいた。しかも、相当の被害をこちら出して、迷惑この上ない」
細い目の男は、カメラに向かい口角を釣り上げ、不気味な笑みを浮かべた。
彼の眼前には、コンクリートの床にブルーシートをかけられた物体が、寝かせてあった。
野戦服を来た男二人が出てきて、ブルーシートを剥がした。
そこには、見たことのある装備一式と一緒に変わり果てた姿で、バッカスとベンがあおむけに転がされていた。
「だが、我々も黙って指をくわえているつもりはない。今回の件に関わった者たちすべてに伝える。一週間以内に我々に連絡をよこせ。さもなくば、この血の詰まった袋にくっついている頭を切断する実況動画をアップする」
ジェイミーの頭に血がのぼり、体中の毛が逆立つ感覚が襲った。
仲間が死んでからも愚弄される姿を見て、細い目の男への殺意が沸き上がった。
「このクソ野郎」
ジェイミーは、歯を食いしばり、握りこぶしを作り、顔面に怒りをあらわにしていた。
「問題は、彼らの遺体を回収可能か、否かだ」
エドガーは、動画を一時停止して、渋い表情を崩さず話した。
「それを行うだけの理由が必要になってくる」
ジェイミーは、すぐさま回答した。
「当然回収すべきだ。仲間を見捨てるなど、我々の意に反している」
本当は、今すぐにでも現場に行き、彼らに報復を行いたいのをどうにか抑えているのだ。
「だが、証拠の写真がない」
エドガーの冷静な言葉が、ジェイミーの耳に入った。
「今回の作戦は、ブラジル政府には伝えてあった。しかし、協力する条件として、目標のホセを殺した証拠の提示を求められていた。言っている意味はわかるな」
ジェイミーは、突き付けられた現実を認めようにも、認められなかった。
「写真を撮影していたのは、バッカスだ。だが、もうこの世にはいない。それと同時に撮影に使われたカメラも奴らの手元にある」
エドガーは動画をまた再生し始めた。
キツネ男が、嘲るような表情で、またしゃべり始めた。
「ああ、そうそう言い忘れていた。我々の手元にこいつらが持っていたカメラがある。それはそれは、我々にとっては心痛極まりない写真が写っていた」
望遠レンズ付きのカメラを手で弄びながら、わざと悲しそうに振る舞う態度が腹立たしかった。
「これが欲しい輩が、いるかどうかはわからない。だが、行動するなら早めが良いと思うがね? クッ…… クククク」
そこで、動画は暗転し終了した。
「すでにこの動画は、多くの人間に再生され、世間ではSASの作戦失敗のウワサが流れ始めている」
エドガーは、さらに話を続けた。
「残念だが、そんなウワサが流れ、証拠が奴らに握られているのでは、対処が難しい。よって、遺体とカメラの回収は断念する事となった」
断念という言葉が、聞こえた瞬間、ジェイミーは怒声を出した。
「何を言っているんだ! こんな事をされて黙っていられるかよ!」
すぐにベッドから起き上がろうとして、エドガーに引き留められた。
「何か忘れていないか? 今回の作戦のリーダーはお前だ」
それを聞いた途端、ジェイミーの顔面に影が落ちた。
「もちろん最終的な責任は俺が負う。だが、今はお前の立場が危うい」
その通りだった。バリーの家族だけでなく、バッカスやベンの家族にも影響が及んでいるのだ。
その原因を作ったのは誰だとなった時、ジェイミーは矢面に立たされるのは間違いない。
エドガーより上の幹部連中は、激しい追及をジェイミーにするだろう。
「とにかく、冷静になれ。お前自身、そんな事をしている暇がない事は、よくわかっているだろう?」
この状況を飲み込み、次の行動に移らなくてはいけなかった。
「……」
なんとも言えない、複雑な表情を浮かべ、ジェイミーはうなだれてベッドを見つめていた。
「すでにバリーの遺体は、カノアス空軍基地から、輸送機を使って本国へ送られている。明日、ブライズノートン空軍基地まで飛ぶ輸送機がある。お前も俺もそれに乗って後を追うぞ。」
対してジェイミーは、聞いているのか疑問な状態だった。
「わかったか?」
「ええ、わかりました」
エドガーは、ノートパソコンをしまい、病室を出ていった。
ジェイミーは、ベッドから出て、窓際へ向かった。
窓を開けて、風を入れると冷風が、頬を叩き、混乱している気持ちを少し引き締めた。
−−−とにかくイギリスへ戻ろう……
帰った先でも多くの事が待ち構えているだろう。
ジェイミーは、それに備えて、準備を整えようと、ベッド脇に置いてあった荷物の整理を始めた。




