私の、使役したい、アナタ
気楽~にご覧くださいませ。
私は今日も語りかける。
3階にある自室の窓から出て、すぐ下にある雨どいに。
雄々しく厳つい、屋敷の守り人のような雨どいは、私の理想の使い魔だった。
このような使い魔が持てたらいいな、と思う程度であるが。
「もうすぐ雨が降りそうね、私、雨が好きなの。 だってカッコいい貴方がみられるんだから」
初めて一目惚れしたのは10歳の時。
父の知り合いのパーティに呼ばれた帰り、大雨にあった。
急いで馬車を走らせ家路を急ぐ。ようやく家について扉が開くと、強い風が吹いた。
「あっ」
何を思ったのだろう。ふと、私は屋敷を見上げた。そこで、私は胸を締め付けられる。
子供心に恐怖すら感じた怪鳥を模した雨どいから、屋根から伝った大量の水が吐き出されている。ただそれだけなのに、変な高揚を覚えたのだ。
その感情がなんだったのかはわからない。すっかりずぶぬれになってしまった私を、父が抱き上げ屋敷に入れたからだ。その後、私は高熱を出して3日ほど床に臥せる。
それから、私は親のいない隙を見計らって、窓から屋根に降りた。晴れの日はただの装飾品なのだが、それはそれで好ましい。
「ねぇ聞いてよ、今日魔法の授業で使い魔の使役を習ったの。 でもね、私、使役できなくて補習決定なのよ。 あなたのせいなんだからね」
私は国家機関の魔法学校に通っている。そこでは座学から実践まで、さまざまな魔法について学べるのだ。そこを卒業したら、国家、または貴族の魔術師として活躍を期待される。
私は座学や実践で高評価を得ていた。使役術の授業でも、それは期待されたはずだった。けれど。
「クローディア・リントン」
「はい」
目の前には何もない床。そこに魔法陣をイメージし、魔物を召喚する。そして、使役術を用いて契約を結ぶ。それだけのことだ。
私は、呼吸を整え魔法陣を紡ぎあげ展開し、小物を召喚した。縛るにも屈服させるにもたやすいものだった。けれど。
「っ!!」
いやだ。 私が使役したいのはこんなんじゃない。 あの者じゃないとイヤ。
無意識に、私は呼び出した魔物を送還していた。周りが、私に注目する。
頭を振って気持ちを切り替える。妥協が出来る範囲で、私の好みの魔物を呼び出す。
魔法陣を紡ぎ直し、展開した瞬間、一瞬で悪寒がした。
これを呼び出したらダメだ。
「何をやっているの!」
「…………」
先ほどより大きな魔法陣から、顔を出しただけの魔物が、私をにらんでいる。
『そなた、我を呼び出すとはいい度胸だな』
生徒の悲鳴が聞こえるが、やけに魔物がシュールすぎて私はポカンとしてしまっていた。
『こんな中途半端な円陣ではなく大きくして我を出せ。 さすればそなたの使役術を試させてやってもよいぞ?』
「クローディア・リントン! はやくそこから逃げなさい!」
担当教師の声がしたが、私の体は動かない。頭だけの魔物が、にやりと笑った。
『我の魅了術にかかっておるか。 ならばいう事を聞け、人間の子供よ』
「違う、私が使役したいのは貴方じゃない」
出してしまったからには、送還しなければ。
私は淡々と送還術を紡いだ。頭だけの魔物がずぶずぶと戻されていく。
『面白い小娘だ……そなたの名前しかと覚えたぞ』
シュゥゥ、と白い煙を残して、元の地面に戻る。とたん、私はその場に座り込んだ。
私の周囲を黒く染めたその魔物は、教師曰くかなり高位の魔物だったそうだ。なぜ私ごときが召喚できたのかはわからないが、展開していた円陣が小さかったため助かったらしい。
もちろん、お説教の上後日補習決定だった。
「貴方を大雨の日に見てから、貴方しか見えないのよ。 どうしてくれるの」
長年雨ざらしにされていたためしっとりとしている石像に触れる。恋心にも似たこの感情は、いったい何なのだろう。いっそ人間ならよかったのに。そうしたら、会話ができる。
私は、小さくため息をついて部屋に戻った。
その夜、夢を見た。
まだ夜も深い部屋で、人ほどの背丈の怪鳥が傍にいた。私は嬉々として近寄り、その怪鳥に触れる。ほのかに暖かい感触が生々しく、こんな夢もあるものだと思った。
こうして触らせてくれるなら、使役してもいいのだろうか。
夢だから構わないだろう。私は、授業で習った通り使役術を唱えた。ふわりと首輪のようなものが宙に浮かぶ。
きっと跳ね返せるだろうに、怪鳥は抵抗せず首輪を受け入れた。
夢のようだ。夢だけど。私は、思わず怪鳥を抱きしめる。何かを言った気がしたが、私は覚醒していく意識の渦に巻かれ、聞けなかった。
●
今日も補習かと実習室へ向かう途中、学校中にけたたましいサイレンが鳴った。制服を着た生徒たちが、私の横を走り去っていく。いったい何があったのか。私は、少しだけだと生徒と逆方向へ向かった。
開けた校庭には、杖をかざした教師が、一人の人間を囲っている。いや、この感覚は人間ではない。
ここにいては教師の足手まといにしかならない。私は急いで立ち去ろうとした。
『そこにいたか、クローディア』
地を這い身震いすら起こさせる声は、先日聞いた声だ。逃げなければ。そう思い駈け出そうとして、何かにぶつかる。
すみません、と謝って顔を上げ、体が固まった。そこには、遠くにいたはずの魔物が面白いものを見るように私を見下ろしている。
「あ……」
『さあ、あの時の続きと行こう。 送還術など、興ざめなことはせんよな?』
魔法陣を展開するため開いた手をつかみ、魔物が笑う。背中に見える羽が雨どいの怪鳥に見えるが、全く違うものだ。
『うまくいけば、魔国第3位の我が手に入る。 嬉しいだろう?』
魔国第3位。一体、なんてモノを召喚してしまったのだ。まだ学生の私には荷が重すぎる。否、この世界の誰が使役できるだろう。仮に使役できたとしても、この国にはいられない。
「で……できなければ?」
『縊るだけだ。 だが恩情もやろう。 惜しい所までいけば、我の花嫁として連れて帰る』
うまく行っても行かなくても、嬉しくない。困り果て後ろにいるだろう教師を見る。教師たちは、頷いて結界を展開した。
やれってことなの?!
逃げようにも、手を握られて逃げられない。
私は、気持ちを整えるため大きく深呼吸をした。
「判りました、精神統一したいので手を放していただけますか、ヴァイリアス卿」
そう言うと、魔物は片眉を上げ、面白そうにクツクツと笑った。
『我の名が読めるか、面白い小娘だ』
まず、使役できるかどうかは、対する魔物の真の名前が見えなければ不可能だ。見えて初めて互角、もしくはそれ以上となる。
いつの間に、私はこれほど高位魔物の名前が読めるようになったのだろう。先日呼び出したときには、全く見えなかったのに。無理だと判断して強制送還させるほどに。
魔物は、私の手を放した。
やるしかない。ここで逃げたら学校がどうなるか。
じっと魔物を睨みつけ、威嚇するように私は使役の術式を紡ぐ。
使役するのは、貴方が良かった。こんなことにならなければ、こんな高位魔物使役したいなんて思わない。けれど、やるしかないのだ。
夢で見た、首輪のような輪が浮かんでいる。それは、ふよふよと魔物の首元に降りて行った。
「我がものとなれ」
『ほう?』
定着すれば完了だ。だがしかし、魔物は楽しげに鼻で笑うと、首輪を指先で引きちぎった。
破られた。ダメだった。今さらながら足元が震えて、私はその場に座り込む。
『……………無理だったなぁ?』
その瞳は、捕食者の色をしていた。殺される。
魔物が、私の頬に触れた。なんとか抵抗しなくてはいけないのに、目の前がぼやけて見えない。
『……………………』
嬉々とした魔物が何かを言っているが、私の耳には何も入ってこなかった。
顔が近づいてくる。食べられる。嫌だ、私はまだ、貴方を使役していないのに。
『名を呼べ、クローディア』
目の前の魔物とは違う声がする。これは誰の声?迷う、けれど私の中には初めから一人しかいなかった。
どうかあの夢が現実でありますように。
「クローディア・リントンの名において命ずる、いでよガーゴイル! 私を、助けて!」
希望を込めて、私は叫ぶ。すると、私の周りに一陣の風が吹いた。風がやみ、見上げると夢で見た黒い翼がそこにあった。
『………雨どい、とは酷くないか、クローディア?』
「え………あ、ごめんなさい。 それしか浮かばなくて」
『まぁよいとしようか』
ニィ、と人型をした怪鳥が笑うと、魔物がその場に跪いた。
『さて、我の主をどうするつもりだったか、申し開きを聞いてやろうか、ヴァイリアス卿』
『…………無礼をお詫びいたします、先々代陛下』
『ほぉ、我が在位の際はまだ小さかったのに、よく覚えておるな』
『稀代の王でおられますゆえ』
『はっはっは、それでも今は勇者に敗れた、ただの雨どいよ』
一体、どういう事なのだろう。先々代陛下。魔物にとっての陛下となれば。
「え………ガーゴイル…陛下、なの?」
立ち上がれず座ったまま問うと、怪鳥は私に視線を合わせてきた。怪鳥の姿しか知らないが、人型になるととても凛々しい。別人を見ているようで、私は一瞬で真っ赤になる。
『いかにも。 我はそなたの祖先で勇者だった、マクシミリアン・リントンに敗れ封印されて雨どいにされていた魔王だ』
「………先祖が、勇者?」
『ああ、そなたにも勇者の血が流れておる。 ゆえに、我もそなたに応えた』
よりによって雨どいにするって、ご先祖様鬼畜!!
『雨どいという形状ではあるが、体のいい守護獣扱いだな。 屋敷に攻め入ったものを追い払っておる。 初めは契約だったが、だんだんと勇者と気が合っての。 勇者が死してのちも、屋敷を守護しておった。 まぁ、おそのいきさつも知る者もなくなり、ぼんやりと余生を過ごそうとしておったのだが、そなたがあまりにしつこいから絆されてしまったわ』
カラカラと、首元の使役の証を見せながら、怪鳥が笑う。やはり、あれは夢じゃなかったのか。
「……そうなのね、貴方を妥協したものを呼び出そうとしたからこの人が出てきたのか」
『妥協!! ヴァイリアス卿ほどのが妥協!!』
『妥協とは無礼な………まぁいい、今日は一度引き下がるが、まだ我の花嫁にすることは諦めておらぬからな』
魔物は、さっと私の手の甲に唇を触れさせると、離れて霧のように消えて行った。
「は……はは」
『クローディア、どうやら笑っておられぬようだぞ?』
教師たちが、じりじりと遠巻きに近づいてくる。それらから守るために、怪鳥は立ち上がった。
「クローディア・リントン。後日、国家審議にかけると心しておくように」
「国家審議……」
国家審議にかけられるのは、国家反逆罪やそれに比類する大罪を犯した者だ。ただ使役にしたかったのが魔王だっただけで、身を破滅に追い込んでしまった。
『解除するか? 人の子よ』
怪鳥が、使役の証に触れて問いかける。けれど、私は首を横に振って立ち上がった。
「念願かなって貴方を手に入れられたのだもの、解除などしないわ」
『………ああ』
その日はその場で早退させられ、私は後日王宮に呼び出されることとなった。
●
王宮、王の間。
前の王座には、国王が座っている。
私の手には手枷。怪鳥は連れてきていない。いざとなれば王宮の結界くらい壊せると言っていたから安心していいだろう。
左右から、私の扱いについて審議が飛び交っている。その全てが処刑であり、私はこの国にいられないと確信した。
あの魔物の花嫁コースも悪くないかもしれないな。
そう身の振り方を考えていたら、不意に目の前が暗くなる。
「クローディア・リントン。 伝説の英雄マクシミリアン・リントンの子孫にて、魔法学校では優秀な成績を収め、卒業後は国家魔術師に推薦されている。 それに相違ないか」
ご先祖様が勇者で英雄はこの間知ったばかりだが、私個人の事は相違ない。
「はい、相違ございません」
「魔王は、そなたに従順であるか?」
従順であるかはわからないが、きっと私の嫌がることはしないだろう。
「従順であるかはわかりかねますが、祖先の友人であったと本人から聞いております。 きっと子孫である私の嫌がることはしないでしょう」
「そなたは、国の民であることを望むか」
告げられた言葉に、息をのむ。良くて国外追放だと思っていたからだ。
「……はい、望みます」
「ならば、不問に処す」
国王の言葉に、方々から非難の声が上がる。正直、私も驚くしかない。
「なぜですか」
「魔王を従えた英雄を迎えた先祖と同じことをしたまでだ」
そう、魔王を倒した祖先を、時の国王はねぎらいを持って迎えた。確か、褒美として美女と名高い姫を降嫁させたのだったか。絵本にそう書いてあった。
「………恩情、痛み入ります」
「ついでに、王子も連れていくか?」
「それは遠慮いたします」
いくらなんでも、王子を子爵にさせるのは心苦しい。あと、もしかするとまたあの魔物がやってくるかもしれないから。
「これにて閉会とする」
そう言い切り、国王は王の間を去って行った。過去の決定を踏襲するとなれば、異議を唱える者も何も言えず、審議の場は解散となった。
●
私は、今日も屋敷でのんびりとしている。元々の成績が良く、唯一の欠点だった使役術を最高の形で完了させた私は、早々に学院を卒業し、国家魔術師として辺境へ派遣させることに決まった。
辺境と言っても栄えた町で、私の名前が知れ渡った今では私がいるだけで侵略する気力を削ぐのだそうだ。そんな使われ方をするのは、悪くない。
『残念だったの。 もし追放されればすぐにでも国へ帰ったものの』
『そうですね、さすればすぐに婚儀を挙げましたものを』
「ヒドイことをおっしゃるのですね」
先々代魔王陛下、魔国第3位、そして私の三人でお茶をする機会も増えた。魔物は私に言い寄っては怪鳥に追い払われるというのを、こりずに続けている。けれど、そんな生活も悪くないなと思った今日この頃。
「ヴァイリアス卿、5年だけ待ってくれる? そしたら、お嫁さんになってあげてもいいわ」
『はっ、5年など容易いものよ。 その言葉、ゆめゆめ忘れるでないぞ?』
『なら、その前に我を倒してから行くんだな、ヴァイリアス卿』
怪鳥と魔物が一瞬で姿を消す。怪鳥は、どうやらなまった体を訓練するのにからかっているようだ。
はたして、怪鳥を超えることが出来るのか。私は、少し浮き立つ心を抑えながら、紅茶に口をつけた。
(終わり)
お読みいただきありがとうございます。
テーマは「ガーゴイル」です。ちょうど聞いていた曲のタイトルが「ガーゴイル」でして、「ガーゴイルってよく聞くけど意味はなに?」とググったら実は「怪鳥や魔物を模した雨どい」って!(笑)
その写真を見ていると、雨どいが動いたら面白いよねって思ってこんな話になりました。
雨どいと少女の主従話だけで始まったのに、いつの間にか先祖が勇者で、雨どいが魔王だったとか設定が付いたのは、何故か自分でもよくわかりません。
きっととある魔王様がベリキューツだったり、最近買った勇者と侍女の小説にはまってしまってるから書いてみたくなったのかもしれません。真夜中テンションこえぇええ。
ちなみに、魔王と勇者は夕日の河川敷でなぐり合って友情を深める類の性格をしていると思われます。力の封印はしても、石化だけは解いて毎晩酒盛りとかしてそうだなぁ。




