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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第40話 鍵当番のルール
80/102

2

 階段にいる限り向こうから攻撃されることはないらしい。逆に言えば階段から1歩5階の床に踏み出せばまた突然襲われるのだろう。修威は片手で階段の手すりを握りながらもう片方の手で鉛筆槍を5階の空間へと突き出す。特に何も起こらないので次に顔の半分だけを壁から覗かせて5階廊下を見渡すと、辺りに人影はない。先程の男はどこかに隠れているのだろうか。

「真奈貴ちゃん、サポートお願い。ワンコ、やばそうだと思ったらさっきみたいに引っ張ってくれ」

 修威は2人にそう言うとだん、と勢いよく5階の床を鳴らして廊下の真ん中に躍り出る。そして大きな声で叫んだ。

「出てこいおらぁ! こそこそ隠れてんじゃねぇぞ!」

「威勢だけはいいよなあんた」

 ぼそりと呟かれた舟雪の言葉は修威の耳に入らなかった。すぐ近くでがちゃりとドアノブが回される音がしたからである。それが合図であったかのように先程とは違う教室から男が飛び出してくる。修威は人影が視界に入った瞬間に鉛筆槍を大きく振り回していた。

「当たれぇ!」

 がしっという手応えがあった。そうかと思うと一転、修威の身体が鉛筆槍に引きずられる。

「ぬわっ!?」

 見ると白黒を基調としたジャージ上下を着た長身の男が緑色をした鉛筆槍の尖っていない方の先端を片手で握っている。あ、と気付いたときにはすでに遅い。

 男が手に力を込めると修威の身体は呆気なく宙に浮く。咄嗟に鉛筆槍を手放した修威だったが勢いを殺しきることはできずに大きくバランスを崩した。舟雪がコントローラを操ると修威の上半身がぐいと持ち上げられ、おかげで何とか転倒だけは免れる。しかし武器を失った修威には男の拳が迫っていた。真奈貴が文庫本を開くが読み上げている時間はない。舟雪の操作も間に合わない。修威は口の端を引き上げて歯を食いしばる。負けか。

 しかし予想された衝撃はいつまで待ってもやってこない。代わりに誰かが修威の肩をとんと軽く突きながら横をすり抜けていく。ばちん、と大きく空気の爆ぜる音がした。修威の頬がぞわりと粟立つ。

 大柄な背中、学生服ではなくベージュのニットを羽織ったそれが修威の視界を塞いだ。辺りでばちばちと青い火花が散って、すぐに収まる。わずかに焦げた臭いが鼻をつく中で修威の目の前に立つ背中がとてもぶっきらぼうに口を開いた。

「随分隙だらけだな、明園修威」

 ベージュのニットの上で三つ編みにされた髪束が軽く跳ねる。黒い瞳を細めて呆れたように修威を振り返ったその口元に目立つホクロ。見覚えがある、と修威はそのホクロを見つめる。

「何呆けてんだよ。そんなに殴られたかったのか」

「あー……自治会のカツアゲ先輩」

「人聞きの悪いあだ名つけんじゃねぇ」

 それは夏休み前に出会った2年生の男子生徒で、修威を気絶させて自治会室に連れて行ったというなかなかの無茶をやってくれた人物だった。存在は忘れようもないが名前までは覚えていないのが修威である。そもそも顔もホクロ以外ほとんど忘れていた。相手が大柄なせいで目元まではよく見えないのである。見上げるのは首が痛くなるので苦手だ。

 一方修威達に攻撃を仕掛けてきた男は突然の妨害に驚いたのか、その場でひとまず様子を見るように身構えていた。おかげでやっと修威達もその姿をきちんと捉えることができる。この場にいる誰よりも大きくがっしりとした体躯に短く刈り込んだ黒い髪。色白の顔の中で最も目立つはずの緑色の瞳は薄く色のついた眼鏡によって少しだけ隠されている。そしてその瞳は冷たく、修威がそっと窺ってみてもそこから何の感情も読み取ることができないのだった。誰だ、と修威は声に出して呟く。答えは意外な方向から返ってきた。

「彼はラファエル=ソルダート先生。2年の情報学を担当しているとても真面目で生徒思いの先生だ」

「……自治会長さん」

 修威達の後ろから、つまり4階からの階段を上ってやってきたのは学生服の袖を通さずにマントのようにして肩に掛け、ワイシャツの首元に朱色のネクタイを結んだ黒縁眼鏡の男子生徒である。修威が呼んだ通り、彼はこのレーネ大和瀬高等学校の生徒達の中で学校運営から完全に独立した生徒のための組織である自治会の長をしている。名前は金北誉(かなきたほまれ)というが、残念ながら修威はこちらもまだ覚えていない。

「情報学の先生?」

 舟雪が首を傾げながら誉を睨み、誉はその視線を涼やかに受け流しながら頷く。

「そうだよ。ただし今は課外授業の時間だ。だからラファエル先生は情報学を教えるためにここにいるわけじゃない。彼の右腕をよく見てみたまえ」

「右腕?」

 言われた通りに目をやると、ラファエルという名の教師の着込んだジャージの右上腕に紺色の太い腕章が巻かれているのが分かる。そこには銀色の糸ででかでかと“鍵当番”という文字が刺繍してあるのだった。

「鍵、当番?」

 舟雪が不審感を隠すことなく顔をしかめ、修威もまた鍵当番という単語と襲撃とをうまく結び付けて考えることができずにぽかんと口を開ける。真奈貴が静かな調子で誉へと問い掛ける。

「鍵当番って何ですか、金北先輩」

「冷静だねぇ、大和瀬サン。鍵当番というのは読んで字のごとく鍵を預かる番に当たった人間のことだ。つまりラファエル先生は今、鍵を持っていることになるね」

「鍵っていうのは、何の? どこの鍵ですか」

「それはキミ、自分で明らかにしてみたまえ」

「……そういうことですか」

 真奈貴が少しばかり面倒くさそうに溜め息をついたのを見て修威はふと疑問に思う。さて、真奈貴と誉の間に面識はあっただろうか。あったような気もするしないような気もする。修威の記憶は定かでない。

 ラファエル教諭はじっと黙って修威達の会話を聞いているようにも見える。実際は彼の前に大柄な男子生徒ことカツアゲ先輩こと自治会書記の好諒太郎(よしみりょうたろう)が立ちはだかって威嚇をしているために様子を窺っているというのが正しいのだろう。緑色をしたその眼光はいやに鋭く、誉のいうような“とても真面目で生徒思いの先生”とは程遠い印象だ。

「先生なら生徒からの質問とかって受け付けてくれるんすか」

 諒太郎の後ろから顔を出し、修威はラファエル教諭に対してそう問い掛ける。駄目で元々の質問だったのだが意外にもすぐに返事があった。

「ああ、私で答えられるものであれば答えよう」

 低く静かな声だった。目つきの鋭さと襲い掛かってきた勢いを考えれば不釣り合いなほどに落ち着いた、柔らかな響きさえ持ち合わせている声だ。修威は少なからず驚きながらも言葉を続ける。

「じゃあ質問っす。先生が生徒を攻撃するのはその鍵当番ってのが理由ですか」

「そうだ」

「この間の課外授業のときに襲ってきたのは先生じゃないですよね?」

「ああ、そうだ」

「でもあれも鍵当番だったんすか」

「その通りだ」

 ふうん、と頷く修威の前で諒太郎が「おい」と低く修威に呼び掛ける。

「いつまで人を盾にしてんだよ、調子に乗ってんじゃねぇぞ」

「カツアゲ誘拐先輩はちょっと黙っててください」

「っ」

 それだけの言葉で素直に沈黙するということは、どうやら諒太郎も夏の一件についてはそれなりに悪かったと思っているようだ。あるいは周りにいる真奈貴や舟雪、そしてラファエル教諭の目を気にしたのかもしれない。事実舟雪は諒太郎に負けず劣らずの目つきの悪さで彼を睨みつけているし、ラファエル教諭もまた色のついたレンズの向こう側でわずかに目を細めている。どうやらもう少し時間を稼ぐことができそうだ、と修威は頭の中で次の質問を考え始めた。

 あまりにも情報が足りない。3階では階段を塞ぐ巨木人という分かりやすい相手がいたので課題の内容について深く考える必要はなかった。4階でははじめこそ戸惑ったものの、梶野や天口教諭との会話で課題を見付けることができた。どちらにしろ階段を上ることがクリアの条件だったのだからそう難しいことはなかったのだ。

 しかしここ5階でその考え方は通用しない。何故ならば、この校舎は5階までしかないからである。上の階へと進む階段はもうない。いや。

「先生、鍵当番の鍵ってもしかしてあれっすか。屋上の鍵?」

 正解だ、とラファエル教諭は初めて笑顔らしきものを頬に浮かべて頷いた。

執筆日2016/01/24

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