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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第4話 ぽくじんのルール
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2

 名乗った。木人が自ら名乗った。それは修威にとって決して軽くない衝撃的な出来事だった。

「……人間の明園修威です」

 つられて、というべきか何というべきか、とにかく修威も名乗ってみた。木人、いや木人のぽくじんは大きな木人の陰からちょこちょこと歩み出て修威を見上げる。

『初めまして、こんにちハ。アケゾノ』

「そのノリで苗字呼び捨てかよ」

『気に食わないならシュイチャンと呼びますカ』

「七山先輩!?」

『フフフ、カジノから話は聞いていまス』

 つぶらな目、いや目に見立てたただの穴を修威へと向けながら、ぽくじんはそんなことを言う。修威はぽくじんを睨みながら、ふと思いついてその場に腰を下ろした。それでようやっとぽくじんと視線の高さが合う。

「お前……何なんだ。電池でも入ってんの? それとも充電式? 太陽光?」

 課外授業の時間外に木人が動いているということは、何か魔法以外の動力で動かしているに違いない。つまりこれは木人でありながら、修威達が普段相手にしているものとは異なるのだ。ぽくじんは修威の質問に対して小首を傾げて腕組みをし、短い腕では思うように組めなかったようでそれを所在なさそうに振りながら少しばかり困った様子で答える。

『せっかくワタシに興味を持ってもらって恐縮なのですが、その質問には答えられませン。何故ならそれはとても重大な秘密だからでス』

「おおそうか、まぁいいや」

『流されると少し寂しいでス』

「そっか」

 ひひ、と修威は面白がるように笑った。するとぽくじんはそんな修威の反応こそが面白いといった様子でフフ、と笑い声を立てる。口はどこにも見当たらない。ぽくじんの声はその木でできた身体全体を震わせるようにして発せられている。

 機械的な人工音声とは違うようだ。今はこの部屋に置かれている階段の番人もそうだが、木人が声を発するときは不思議な程に人間と同じような喋り方をする。入学したてでまだ木人の仕組みもよく分かっていなかった頃、修威は中に人間が入っているのではないかと疑っていた。そしてそのせいで木人に槍を突き立てることをためらった。

「ぽくじんはぽくじんくん? ぽくじんちゃん?」

『性別があるように見えますカ』

「いやあ、なさそうだな」

『その通りでス。くんでもちゃんでもどちらでも好きな方で呼んでくださイ』

「ふーむ、んじゃぽくじんで」

『呼び捨てですカ』

「おう。だからお前も俺のことは明園でいいよ。修威でもいい」

『分かりましタ、シュウイ』

 そう答えてぽくじんはまたフフ、と笑い声を立てる。表情のない木の顔で、穴が開いているだけの目で、それでもぽくじんは声音で感情らしきものを伝えてきているようだ。修威は興味を持ってぽくじんを見る。

「面白いな。お前もあれか、歳沖(としおき)部長が作った子なの?」

 修威がそう言いながら右手を伸ばすと、ぽくじんはおずおずと、あるいはのろのろと巨木人の傍を離れて修威の手に自分の手を触れさせる。温かくも冷たくもない、ただ不思議と触り心地のいい木の感触が修威の手に伝わってくる。

『ユー……ユーヤはワタシを作った人でス。とても器用なのでス』

「いやほんとにな。こっちのでっかい木人にしたってお前にしたって、普通高校生がひょいと作れるレベルじゃないだろ。もしかして魔法で作ってる部分もあんの?」

『いいえ、この身体は全部ユーヤの手で作られていまス。魔法が使えるのは課外授業の時間だけという制約がありますシ、それも1日1時間までと法律で決められているものでス。1時間では魔法を使っても木人を完成させるのは難しいでしょウ。地道な手作業しかありませン』

「ほー……ますますすげぇなぁ」

 修威はぽくじんの手を撫で、そのすべすべとした触り心地を楽しみながら笑う。ぽくじんは大人しくされるがままになっていたが、そのうち不意にぽつりと呟くように尋ねた。

『ところでシュウイ、今朝はどうしたんですカ。こんな朝早くにこの部屋に来て、1人で本を読みながら何か悩んでいるように見えましタ』

「おう?」

 見えました、ということはぽくじんはやはり技術室にいた修威を見ていたのだろうか。しかしぽくじんは自分は出ていけないからとわざわざ修威をこの準備室まで呼んだのだ。見ていたとは考えにくい。

 修威の疑問を見透かしたようなタイミングでぽくじんが再び言葉を発する。

『ワタシはここと、技術室で起きていることの全部を見ることができるのでス。だからシュウイが昨日ここに来て、ユーヤやカジノと話していたことも知っていまス。勿論、木人部の新しい部員であるということも知っていますヨ』

「高性能だな!」

『フフ。それで、何かあったんですカ。よければ聞かせてくれませんカ』

「しかも気が利くとな。すごいねぇ……お前がすごいのか、それとも歳沖部長がすごいのか?」

 ふーむ、と唸って修威は少しだけ姿勢を変える。床に胡坐をかいて座り直すと、その膝にちょこんとぽくじんが乗った。木の重みだけを感じながら、修威は今朝から考えていたことを言葉にしていく。

「名前がね、思い出せないんだ。昨日知り合った奴なんだけど」

『名前ですカ。なかなか一度では覚えられないかもしれませんネ』

「んー。ただ俺はそいつをあだ名で呼びたいんだ。拒否されたけど」

『どんなあだ名ですカ』

「ワンコインザハゲ。略してワンコ」

 ぽくじんはしばらく黙った。そして言う。

『由来に問題がありそうですネ』

「らしいな。俺は別に気にすることでもねぇと思うんだけど、どうやら向こうはそうじゃないらしい。でもってその辺をこう、つっついたら友達にそれは失礼だって言われた。よく分かんねぇ」

 言葉にしたからってハゲが増えるわけでもないし、黙っていたからって消えるわけでもないのに。修威の言い草にぽくじんは少しの間うーんと唸る。

『他人の気持ちや考えを察するのは難しいでス。シュウイは人と話すときに相手の顔をよく見る方ですカ』

「んー? いや、あんまり見てないかな」

 現に修威はぽくじんを膝に乗せ、その表情が見えない姿勢で話をしている。もっともぽくじんが相手ではどのみち表情など分からないのでただその言葉を聞いていればいい。ぽくじんもそのことを分かっているのか、感情らしきものをいちいち言葉に乗せて伝えてくる。楽だな、と修威は不意に感じる。

『人は顔色や目つきで、心の内に隠している思いや考えを示していまス。シュウイがもしそれを少しなりと読み取りたいと思うのなら、相手の顔を見た方がいいでしょウ。そうすればもしかすると、相手を怒らせたり失礼だと指摘されることも少なくなるかもしれませン』

「なるほどなぁ……だけどさ、ぽくじん」

『はイ』

「俺多分そういうのすっげー苦手」

 にひゃひゃひゃ。修威は奇妙な笑い声を立てながらぽくじんの頭を撫でた。よくやすりをかけてあるのだろう。滑らかな表面にはわずかの毛羽立ちもなく、ささくれ立った木の筋が修威の手を傷付けることはない。ぽくじんは何も言わず、修威にされるがままになっていた。やがてがらりと技術室のドアが開く音がする。誰か来たのか、と修威が技術室へと通じるドアへと顔を向けたところでちょうど相手がそこに顔を覗かせた。

 ぼさぼさの黒髪に青灰色の目、そして特徴的な紺色の作業服に身を包んだ少年を見てぽくじんが声を上げる。

『ユーヤ、おはようございまス』

「おはよーございやっす、部長」

 続けて挨拶をした修威を見て雄也は少しだけ驚いた顔をした。修威の目は先程の会話の流れで自然とその瞳へと引き付けられる。青い目の奥で小さく揺れているのは何の感情だろうか。戸惑いと、呆れと、少しの驚きと、そしてどこか嫌悪の混じった警戒の色が見て取れる。修威はそっと目を伏せ、雄也の顔から視線を逸らした。おはよう、と雄也が返す。

「早いな、明園」

「ええまぁ」

「ぽくじんの相手をしてくれていたのか。ありがとう」

「……部長、すごいっすね」

 何がだ、と雄也は本当に分からないといった様子で首を傾げる。ぽくじんは空っぽの穴で雄也と、そして修威を見ている。きっとぽくじんには分かるのだろう。修威はふひっと苦笑を漏らした。

「何でもないです。俺そろそろ行きますね、また放課後に顔出します」

「ああ」

「じゃなー、ぽくじん」

『はイ、また。アケゾノ、居眠りは程々にしておいてくださイ』

「俺の個人情報どれだけ知ってんだよ!」

 そう捨て台詞めいた文句を吐いて、技術準備室を出る。机の上に開きっぱなしだった雑誌を手に取って修威は廊下に出た。まだ少しひんやりとする朝の廊下の空気に触れ、あ、と修威は呟く。

「思い出した。……ワンコ……苗田(なえだ)舟雪(ふなゆき)

 修威の記憶の奥で灰色の髪の少年が仏頂面で頷いた。

執筆日2014/11/15

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