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甘いもので腹を満たして店を出た後はどこかルトの行きたいところへ行こうということになった。改めてどこへ行きたいかと問われ、ルトは青い目をきらきらさせながら迷わずに答える。
「アミューズメント・アーケイド!」
「……えーと、ゲーセン?」
「それ! クレーンマシーンで“ぺたれおん”のぬいぐるみを取りたいんだ!」
「ぺたれおん……?」
修威が首を傾げていると真奈貴がこれこれ、とルトの背負っているリュックサックにつけられた小さなぬいぐるみを指差す。それは黄緑とオレンジのまだら模様の布で作られていて、ぐるりと大きな目と渦を巻いた尻尾が特徴的だった。よく見ればカメレオンに見えないこともないが、それにしてはやけに脱力しているというか、潰れている。
「“ぺたれおん”は可愛いよ! ほかにも“やさぐろくま”や“みしりぱんだ”が人気なんだ!」
「ルトは昔からキャラクターものが好きだから」
「へ、へえ……」
子どものようにはしゃぐひとつ年上の先輩を前にわずかに引く修威。そんな修威に対して真奈貴は一応ルトをフォローするように言い添える。しかし当のルトは最早いとこのそんな様子を気にする気配さえない。
「修威、この施設にはゲーセンもあるんだよね!?」
「はいはいありますあります、あるし案内しますからちょっ、離れてください顔近ぇ!」
流れる水のような美しい髪も白い顔によく映える青色の瞳も、この勢いで近付けられては色々な意味で台無しなのだった。
“かぜらば”には建物一棟のワンフロアをまるまる使用した大きなアミューズメント施設がある。子どもに人気のアニメキャラクターを模したぬいぐるみやお菓子、もう少し上の年齢層をターゲットにしたインテリア小物などの景品を取ることができるプライズゲームの他、ビデオゲームや小型の体感型アミューズメントマシンも備えた本格的なゲームセンターだ。修威は時間を持て余した休日などにたまに訪れてはほどほどにお金を使って帰る。景品を手に入れられる日は稀だ。
アミューズメントフロアにやってくると、そこは休日の午後ということもあってたくさんの人で賑わっていた。ずらりと並んだゲームマシンから流れる音楽がフロアを満たし、それに負けじと喋る人々の声が重なってざわめきそのものが背景音楽であるかのように錯覚する。
ルトはその光景を前にして今にも踊り出しそうな足取りで目当てのぬいぐるみを扱うゲームマシンを探し始めた。修威と真奈貴はただその後についていくだけである。やがて大きな透明の箱の中に黄緑とオレンジのまだら模様をしたやる気のないカメレオンの特大ぬいぐるみを詰め込んだマシンを見付け、ルトが走り寄る。
「“ぺたれおん”! 真奈貴、やってもいい!?」
「いいけど、私はちょっとそこのベンチで休んでるね」
「分かった! 大丈夫、長くは待たせないよ」
「頑張って」
真奈貴は一応激励の言葉らしきものをかけた後でするりと人ごみを抜けてどこかへ行ってしまう。修威は追いかけようかどうか迷って、ルトの傍に残ることにした。見掛けに寄らず子どもっぽいところのあるルトは最早ゲームマシンに釘づけである。初めてここに来たルトをこの状態で1人にしておくのは危ないような気がした。真奈貴ならばきっとどこかもう少し静かなところで本を読んで時間を潰すのだろう。
そしてルトは早速ゲームマシンに硬貨を入れてボタンを操作している。ぐいん、と横に動いた白いアームがかくんと揺れて、それからわずかに奥へ。そして景品を掴むべく開いた爪がゆっくりとぬいぐるみの脇をかすめて、閉じた。
「オゥ!」
「本庄先輩、こういうのやったことあるんすか」
「いや、初めてだよ」
「初めてで獲るのは難しいっすよ」
大体にしてこの手のゲームはある程度金額を積まなければ景品を獲れないように設定されているものである。そしてそれを攻略するには技が必要になる。修威も決して得意なわけではないが、初めてだというルトよりはいくらか分かることもある。
ルトが獲ろうとしているぬいぐるみが入ったゲームマシンは3本の爪のついたアームで景品を持ち上げて落とし口まで運ぶタイプで、景品の大きさの割には獲りやすいように見える。しかしこれは意外と曲者で、たとえ爪で景品を掴むことができても落とし口まで辿り着く前に爪が緩んでしまって失敗することがよくある。それでは絶対に獲れないではないか、と思うが当然というべきか何というべきか獲れることもあるのだ。そうでなくては客が遊ばなくなる。つまりどういうことかというと、ある程度の金額をつぎ込めば景品が獲れるように設定された機械だということだ。
「……まあそうは言ってもまず掴めないんじゃ根本的に無理っすけど」
「オウ……世知辛いね。でも掴めばいつかは獲れるんだね?」
ルトはそう言って財布を取り出す。どうやら獲るまで諦める気はないらしい。こうなると修威もさすがに退屈なのでぐるりと辺りを見回してみる。何か面白い景品は入っていないかと物色しているとふと修威の視線を引きつける光景があった。
少し前に流行ったゲームのヒロインを模したフィギュアが景品になっている台で高校生らしき男子が2人、何やら楽しそうに話している。修威はなんとなくそれを見てそれからルトへと視線を戻そうとしたものの、気付いてもう一度2人へと目をやった。2人のうち片方は黒い帽子の下に見覚えのある淡い色の髪を覗かせ、もう片方は見慣れた灰色の髪の間に見える耳にいつぞや修威が選んだピアスをつけている。私服姿はあまり見たことがないとはいえ、こうも特徴のある外見をしていれば見間違えようもない。修威は少し考えてから、ひょいと2人の間に割って入った。
「珍しい組み合わせっすね」
「うわっ、なんだ!?」
「え、しゅいちゃん?」
突然現れた修威を前にのけぞった2人、梶野と舟雪は同時に声を上げる。それと同時に舟雪の手がゲームマシンのボタンを叩き、ひゅるひゅると下りた銀色のアームがフィギュアの箱の角を絶妙に突いた。がこん、と箱の落ちる音がした。
「あ、すげえ。ワンコ、取れたじゃん」
「ワンコって呼ぶんじゃねえ! って、マジか、落ちた!」
「ふなくんすごい」
梶野が拍手をし、舟雪はわずかに頬を赤くして興奮した様子で取り出し口に手を突っ込んでいる。修威も景品を獲る瞬間に立ち会うことは珍しいので素直に感心した。
「ワンコ、こういうゲームも得意なんだなー」
「いや、今のは結構運が良かった。……あんたはなんでここに?」
「真奈貴ちゃんと本庄先輩と遊びにきた。今本庄先輩が巨大ぬいぐるみゲットに挑戦中」
「本庄……ってあのときの」
獲得した景品を持っていたバッグに詰めた舟雪がそう言いながら少しだけ顔をしかめる。その口が小さく「土下座……」という音を発したとき、流れる水のような色をした髪が修威の目の前で跳ねた。
「修威っ! “ぺたれおん”獲れたよ!」
「うっわあ!?」
修威に続いて突然目の前に人が現れ、舟雪は景品の入ったバッグを取り落とす。横に移動していた梶野が苦笑しながらバッグを拾い、それを舟雪に手渡しながら修威に向かって尋ねた。
「しゅいちゃん、この子は?」
「あー、こないだ課外授業で会った真奈貴ちゃんのいとこで編入生の本庄先輩、2年生です」
「へえ。すごく綺麗な髪をしているんだね」
梶野はそう言ってルトを見ながら微笑む。するとルトはようやく梶野の存在に気付いた様子で青い目を彼へと向けた。獲得したばかりの大きなカメレオンのぬいぐるみを抱き上げたままのルトと、中に何枚かシャツを重ねた上に光沢のある黒い上着を着てネックレスを2重につけるというやや派手な格好をした梶野が向かい合う。梶野と視線を合わせたルトはふと口元に軽い笑みを浮かべながら確かめるように言う。
「きみと会うのは初めてじゃないね」
すると梶野はきょとん、とでも表現したくなるような無垢な顔をして首を傾げながら答えた。
「いや、初めましてだよ」
それを聞いたルトはにこりと笑ってそれ以上言い募ることはせず、ただ「じゃあ初めまして」と梶野に向かって右手を差し出す。梶野も笑顔で同じように右手を差し出し、握った。
「それにしてもワンコはともかく七山先輩がゲーセンにいるなんて意外っす」
「そう? 最近結構よくふなくんと来ているんだ」
「苗田とデートっすか……」
「しゅいちゃんそれはない」
真顔で否定する梶野に「えー?」と冷やかし混じりの笑みを投げ、修威は思わぬ遭遇を楽しむ。“かぜらば”はレーネ大和瀬高等学校の生徒が遊びにくるにはちょうどいい場所だ。だからここに来ると誰かに出会う確率は高い。ゲームの景品より面白いものが釣れたな、と修威は密かな満足感を覚える。そのときだった。
「ん?」
「どうしたの、しゅいちゃん」
「いや……なんか今、何かに見られてたような。ピリッとしたような」
ごく小さな雷が頬の下辺りで弾けたような、そんな感覚があった。しかしそれは本当に一瞬のことで、今はもうゲームセンターの光と音、人々の声に紛れてしまっている。気のせいか、と修威が呟くと梶野はどういうわけか何も言わずに修威の頭を軽く撫でた。
「え、なんすか」
「なんとなく」
「……とう」
仕返しとばかりに梶野の額にチョップをかまし、修威はルトを置いてその場からすたこらと逃げ出した。そして後から合流した真奈貴に怒られたのだが、自分はルトの保護者ではないと反論したのだった。
執筆日2015/12/19




