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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第38話 新学期のルール
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 修威(しゅうい)の朝は早い。入学当初から続けている早朝登校は新学期になってもそのまま継続されている。皆が登校する時間のバスはひどく混み合い、それに乗ることを考えればとっとと校舎に入ってしまってどこかで暇を潰す方が修威にとってはよほど楽だった。

 そうして今日も一番に自分の教室へとやってきた修威はすぐに違和感を覚える。昨日の掃除当番が綺麗に並べたのだろう机の列に乱れはない。黒板も掲示物も、掃除用具の入ったロッカーもいつもと変わりない。教室の前と後ろにそれぞれあるドアも、転落防止用に手すりが設けられた窓も、天井も床も昨日最後に見たときと何ら変わった様子はなかった。ただ、並んだ机のひとつが強烈な異彩を放っている。

 修威は小さく溜め息をつくとほんの少しだけ口の端を持ち上げた。そしてわざと大きく靴音を鳴らしながらその机へと近付く。いつも修威の枕代わりとしてその頭を支えてくれている健気な机の天板には修威には見覚えのない黒々とした線がいくつも走っていた。へえ、と口から自然と声が漏れる。こういうことするんだあ。

「ったく、高校生にもなってくだらねぇ。……つうかこれ俺が掃除するの? そらねぇよなあ? ぬふっふ、ひっひっひ」

 誰もいない教室で大きな独り言を言いながら、修威は無惨な有様になった机をよっこいせと持ち上げて廊下へと出る。やはり誰の姿も見当たらないそこに机を放置すると、近くの空き教室から余っている机をひとつ運んできて元々机のあった場所に据え直した。そうしてこれでよしとばかりに席に着くと途端に強烈な眠気が修威を襲う。

「……ひひっ……俺は寝るぜ」

 最後にそれだけを呟き、修威は朝一番の居眠りに突入したのだった。


“お前みたいに不真面目な人は学校に来ないでください”


 そうね、と修威は微睡みの中で頷く。机の落書きは誰かの大声だった。

 一昨日の始業式後に行われた課外授業で4階の課題を突破した修威は翌日、つまり昨日の魔法理論の時間に例によって魔法資格の新たな段位認定を受けた。高校入学から半年も経たない修威が七段という段位を取得したことは誇るべきことだと、やはり例によって授業に顔を出していたジョージが言っていたのを覚えている。しかし修威は内心、手渡された認定証を持て余していた。

 確かに魔法を使うことに関しては修威自身もいくらかの自信をつけてきている。夏休みに行われた木人部の合宿といい、実際に魔法を使う機会が訪れる度に自分がそれを用いて何をすることができるかと考えながら過ごしてきた。魔法という技能そのものを鍛えているという自覚は修威にもある。

 しかし同時に修威は自分がとても不真面目な学生であることも知っていた。座学の授業は決して好きではないし、好きでもないものに対して一生懸命に取り組むことができるほどにできた人間でもない。ましてや真面目に授業を聞いているふりをすることなどできるはずもなかった。自然と落ちてくる瞼の重さに抗うことはできない。

 もぞ、と身じろぎをすると嗅ぎ慣れた学生服の匂いが修威の鼻腔をくすぐる。少し伸びた前髪が額に触れて、わずらわしさを感じながらもそれに勝る眠気が修威をさらなる深い眠りへと引きずり込んでいく。

 修威は不真面目な学生だ。それでも魔法資格の仕組み上、課外授業でいい成績を残せば段位は上がっていく。紙の試験が赤点でも、魔法資格は公的な資格としてある意味では高校の試験よりよほど社会に通用する威力を具えている。その極端に偏った修威の状態が周りからどう思われているかくらい、修威だって分かっているのだ。

 頭の中でもやもやとした綿のようなものがうごめいている。いいよいいよ、と修威は苦笑しながらそれを撫でる。気にしていないよ、だからそんなにわだかまらなくていいよ。

 小さく小さくなってしまえばいいんだよ。

 違和感が怒りや悲しみに変わる前に、感じたものを自分でもどこにいったか見失うくらいに小さくしてしまえば。そうすれば負の感情を意識することはなくなる。そうして修威は夢も見ない眠りの中へ完全に沈み込んだ。


 次に修威が目を覚ましたとき、教室内はそれなりに騒がしかった。薄く目を開いて、しかし身体を起こすことはせずに周りの様子を窺う。一体今は何時だろうか。

 聞こえてくる声が修威の脳で意味をなすまでにはややしばらくの時間を要した。ひとまず教師の声は混じっていない。ざわざわと取り留めもなく続き、あるいはどこかしらで不意に新しく始まる話題に秩序らしきものは見当たらず、そこまで考えてやっと修威は今が休み時間であるらしいと理解して身体を起こした。

 そのままぼうっと目の前を見れば、黒板には直前の授業内容らしき英文が残されている。はて今日は何時間目に英語の授業があったかと考えて、そもそも時間割をほとんど覚えていないことを思い出して考えるのをやめた。横を見れば真奈貴(まなき)がいつものように静かに本を読んでいる。

「真奈貴ちゃんー、今いつ?」

「あ、起きた。おはよう修威ちゃん」

「ぅおはようー」

「まだ寝てる? 起こそうか?」

 机の上にあった英語の教科書を振り上げつつ言う真奈貴はどうやら少しばかり苛立っているようだ。おおう、と修威は内心で冷や汗をかきつつ改めてしゃんと身を起こす。

「いやいやいやいや起きました。……で、ごめん今いつ?」

「2時間目が終わったところ」

「あ、すっげー寝た気してたけどそんなでもなかっ、たぁ!?」

 ばしん、とそれなりにいい音がして修威は危うく舌を噛みそうになる。真奈貴が実力行使に出ることはそう多くない。

「ま、真奈貴ちゃん……俺何しました……?」

「いや、修威ちゃんのせいじゃない」

「はあ」

「ただ朝の騒ぎも何も知らないで平和な顔をして今まで寝ていたのが少ーしだけ腹立たしかったの」

「よく分からんけどすんません」

「うん」

 叩かれた脳天をさすりつつ、修威はなるほどねえと独りごちる。教室の中の空気はわずかに澱んでいて、目覚めてみれば随分と居心地が悪い。どこから、と特定することのできない視線が修威へと向けられていて、それは勿論好意的なものではない。

「ごめんよ、真奈貴ちゃん。ま、元はといえば俺のせいだ」

「……うまく流す方法を身につけた方が賢いと思うよ」

「そうだねえ。それができりゃいいんだけんども」

 そうできないからこそ修威はここに、レーネ大和瀬(やまとぜ)高等学校というS・S・R指定校に通っているのだ。真奈貴の言う通り、嫌なことを受け流すことができるのであればきっと、そもそも修威に魔法など必要なかった。

「ふわぅあ……真奈貴ちゃんー、俺水飲んでくるー」

「いってらっしゃーい」

「ういー」

 がたん、と修威が席を立つと教室内の空気が一瞬ぴたりと鎮まった。何もそこまで過剰に反応しなくてもいいものを、と思いながら修威は並んだ机の間を抜けて教室の前方にあるドアを目指す。修威が歩みを進めるうちにざわめきは戻り、いくつかの視線が追い掛けてくることを感じながら修威は敢えて気付かないふりをしながら歩き続けた。

 そして教卓の角に思い切り膝をぶつけてずっこけた。

「ぶこわっ!?」

 激しい音と妙な悲鳴が再び教室の時間の流れを止める。寝起きでまだ身体が目覚めきっていなかった上に他のことに気を取られていた修威の失態だ。真奈貴がこっそりと頭を抱えているのを横目に見ながら修威はぶつけた膝を抱えてうずくまる。痛い。

「わあ! 修威、大丈夫? 立てるかい?」

 声は修威の頭の上から降ってきた。ぴんと張った高い声はわずかな言葉だけで教室中の注目を集める。まだ俯いていた修威の視界の端に流れる水のような銀とも青ともつかない不思議な色の髪の束がするりと音もなく落ちてきた。ああ、と修威はさすがにすぐに思い当たって相手の名前を口にする。

本庄(ほんじょう)先輩」

 修威が顔を上げるとそこには先日の課外授業で出会ったルト、こと本庄ルトが心配そうな顔をして身を屈めている。ルトが何者であるかは初めて会った日のうちに真奈貴から聞いた。曰く、修威達より1つ年上の真奈貴のいとこであり長く海外で暮らしていたのだが、この2学期からレーネ大和瀬に編入してきたらしい。真奈貴の説明によれば、性格その他については自分が話すよりルト本人と関わった方が理解が早いだろうとのことだった。

「修威」

 にこりと微笑みながら修威に手を貸してくれるルトは紳士的で、その笑顔はどこか真奈貴に似ている。もっとも、真奈貴は修威に対してこれほど他意のない笑みを向けてくれたことはないが。差し出された手を拒むとルトが困りそうなので修威はありがたくその手を取って立ち上がった。

執筆日2015/11/28

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