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「待たせたな」
雄也が店のロゴが入った小さな紙袋を手に修威達の元へとやってきたのは、それから数分後のことだった。大丈夫と梶野が言い、何を買ったのかと尋ねる。雄也は少し考えてから自分の首元を指差した。
「チョーカーだ。色は黒で、フリルレースと小さな花がついている」
「へえ、おしゃれだね。そういえば前もチョーカーじゃなかった?」
「ああ。雛摘はこれが好きなんだ」
満足そうに言う雄也の頬は仄かに赤くなっている。以前修威は梶野を介して雄也と寧子との関係を探ってみたことがあったが、結局今でもまだ2人の関係には謎が多い。仲がいいことは疑いようもなく、課外授業のときに見せる息の合った連係も互いの信頼あってのものだろう。寧子が好みそうな土産を手に入れることができて嬉しそうにしている雄也を眺めていると、そういった関係も悪くないようだと思えてくる。
「雄也、まだ時間もあるし他の店も回ってみよう。しゅいちゃんが真奈貴ちゃんにお土産買いたいんだって」
梶野が言うと雄也はすぐにいつもの無表情に戻って「ああ」と短く頷く。悪いっすね、と修威が声を掛けると「いや」とやはり短い否定だけが返ってきた。基本的に雄也は無口だ。
この街に関して一番よく知っているのは当然ながら梶野である。彼が修威達を案内したのは商店街から少し離れた場所にある商業ビルだった。中に入ってみるとテナントスペースには空きが目立つ。あんまりお客も来ないからね、と苦笑する梶野はそれでも戸惑う様子なくエスカレーターを使って修威達をある店へと案内した。
「ここ、僕のおすすめの店なんだ」
「……うおう、こりゃまたなんていうかすげー」
笑顔の梶野に対して修威は思わず店に踏み入ることをためらう。それというのも店は入り口に光を遮る黒い布が掛けられ、外向きのショーケースの中には何やら怪しげな人形や水晶玉、妙な形をした帽子や奇妙な絵柄のカードなどがずらりと並べられているのだ。店構えを見た雄也が一言、「見世物屋か?」と梶野に問う。当然梶野はそれを否定した。
「入るのにちょっと勇気がいるけど、中は割と普通だよ。アンティークの小物とかパワーストーンとか、ちょっと魔法じみたアクセサリーなんかも売っているんだ」
「魔法、なあ……。現実に魔法が使えるご時世に随分とまた古めかしい魔法っぽさですな」
修威はそう呟くように言って、とにかく店の中に入ってみることにする。梶野の説明した通り中は外と比べると普通で、小さな棚と壁掛けのラックにこまごまとした商品が整然と並べられているのだった。奥では白髪混じりの長い髪をした女性がひとり、客である修威達を一瞥して小さく頭を下げる。修威は思わず会釈を返しながら真奈貴に贈るための品物を探すことにした。
結果からいえば、梶野おすすめのこの店は修威にとってなかなかに魅力的だった。書棚を模したラックに並べられた小さなノートが修威の目を惹きつけ、少しの思案の後で修威はその中から青色の表紙をした1冊を手に取って会計を済ませる。それはまるで古い物語に出てくる魔法書のような不思議な紋様を浮かび上がらせたとても凝った造りをしていて、実用的かどうかはともかく贈り物としてはなかなか面白いように思えた。
真奈貴への土産を選び終えた修威を出迎えながら、梶野がふと思いついたようにくるりと店を見渡して言う。
「僕もふなくんに何か買っていってあげようかな。1人だけ何もないんじゃ可哀想だから」
「はあ。ワンコなら食い物でいいんじゃねっすか」
「しゅいちゃん色気ない……。それはまた別にみんなの分を買うとして、やっぱりちょっと記念になるようなものをね」
梶野はそう言って店の中を移動する。修威は何とはなしにその後を追って、そこでふと立ち止まった梶野に問い掛けられる。
「ねえ、ふなくんが好みそうなものって何か知ってる?」
「ゲームと飯」
「それは僕も知ってる」
修威の即答に梶野はやんわりと、しかしやはりすぐさま返す。ふふうむ、と唸って修威は少しだけ考え、それから「ああ」とあることを思い出した。
「ピアス?」
舟雪は両耳に結構な数のピアスをつけている。初めて彼を見たときにはその灰色の髪と見え隠れする銀のピアスにいささかたじろいだものだ。不良のようだ、というその第一印象はものの数分で消えることになったのだったが。
梶野も思い当たることがあったのか、なるほどねと言って装飾品を並べたラックのある方へと歩いていく。妙に品ぞろえの豊富なこの店は男物としても違和感のないシンプルでやや無骨なピアスもそれなりの数を取り扱っていた。並ぶ銀色やガンメタリックのピアスを見て梶野はうーんと唸る。
「ふなくんにはどういうのが似合うかな。いつもはシンプルなシルバーだよね」
「学校用らしっすよ。休日用は多少派手でもいいみたいなこと言ってた気がする。いつだったっけかなー」
「そっか。じゃあ……」
ああでもない、こうでもない。髑髏なんかはふなくんには似合わないよね、羽根もなんか違うな。クロスって柄でもないし、ねえしゅいちゃんはどれがいいと思う? 梶野はひとしきり呟いて商品を眺めた後で修威にそう意見を求めた。ええー、と修威はあからさまに面倒くさいという顔をする。
「なんで俺が考えないとなんねすか。さっき真奈貴ちゃんの選ぶので俺もう使い果たしましたよ」
「何を? ええとね、でもやっぱりふなくんと一番仲がいいのはしゅいちゃんだと思うし。しゅいちゃんが一番彼の好みを知っているだろうなって」
「ゲームと飯以外の好みは知らないっす」
「もう、ふなくんが聞いたら悲しむよ?」
「はあ」
修威は梶野の言葉に生返事をしながらラックに飾られたピアスの群れをひとつひとつ見ていく。舟雪の好みは正直なところ本当に分からない。春の終わり頃に出会ってしばらく経つが、仲がいいと言われるほどの付き合いはない。彼がアルバイトをしている本屋で偶然に出会い、緊急避難訓練で行動を共にし、いつの間にか同じ木人部に所属することになって課外授業でもチームを組んだ。こうして並べてみると関わりは浅くないというのに、修威は彼の私生活に興味を持っていない。
そもそも修威のそれは何も舟雪相手に限ったことではないのだ。たとえば修威は真奈貴の中学校時代の話を知らない。寮の部屋では大抵読書をして過ごしているという彼女が実家ではどのように生活しているのかを知らない。真奈貴から言わない限り、修威は彼女のことを知ろうとすることがない。
「こんなことならなんかのついでに好みくらい聞いておけばよかった」
むすっとしながら修威が言えば、梶野が隣で苦笑する。君は他人の事情を尋ねることをしないもんね。そんな言葉を聞きながら、修威は並べられたピアスのひとつを手に取った。小さな銀色のキューブが2つ、わずかに異なる色合いで溶け合うようにひとつの立体を形作っているという少し変わったデザインだ。修威は選んだピアスを梶野に見せながら、彼の顔を見ることなく口を開く。
「七山先輩、そんなら一個聞いていいですか。なんで里帰りに俺も誘ったんですか」
質問の文句は思っていたよりずっと簡単に声になった。梶野はピアスのラックを見つめたまま修威の方を見ようとはせず、ただ「ん」と小さく息を吐く。それから一度口を開いて何かを言いかけ、「やめた」と呟いて笑う。
「修威ちゃんが寮で1人退屈な日々を過ごすことのないように、って建前だったけど。それを答えにするのはやめたよ」
「あー……それはそれで、割と楽しかったんすけど」
「そう? ありがとう。でも僕は僕のために君を呼んだだけだよ」
情けない話だけどね、と言って梶野はくすくすと笑みを漏らす。笑っていないと話すことができないとでもいうかのように。
「1年生の夏に雄也を誘ったのも同じ理由だった。僕は1人であの家に帰るのが少し怖い。だから誰かを連れていくことにした。……本当はただそれだけなんだ」
梶野の言葉を聞きながら修威は彼の実家のある風景を思い出す。庭と広い湿地を眺めることのできる縁側に生えた立派な葉桜。見えない花を綺麗だと言って微笑む、梶野とよく似た顔立ちの女性。遠く山に星が落ちて、輝いた空に紛れて風鈴は割れてしまった。
「ああ、そういうことだったんですね」
言葉はするりと修威の胸の奥から流れ出た。
「それなら分かります」
「そうなんだ?」
「でも俺はたとえ七山先輩とか、真奈貴ちゃんが一緒でも帰れないな」
軽い頭痛が修威の顔をしかめさせ、それを見た梶野がぽんぽんと修威の肩を軽く叩いた。いいよ、と彼がわずかに明るい声で言う。
「帰らなくていいよ」
「はい」
「来年もおいでよ」
「七山先輩、来年は卒業してるんじゃ」
「それでもおいでよ。僕はいつでも歓迎するから」
ね、と楽しそうに笑う梶野に修威は行くとも行かないとも答えず、ただ小さく肩をすくめてみせた。そのときほんの少しだけ、修威自身も気付かない程度に口の端が上がってにやけた表情が立ち現れる。それから結局、修威はくしゃっと笑顔になった。
「ありがとっす、七山先輩」
こちらこそ、と微笑んで梶野は修威が選んだピアスを手の中に受け取った。
執筆日2015/08/31




