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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第34話 流星雨のルール
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2

 青天にぼさぼさの黒髪を揺らしながら、七山の大きな家を見下ろす小高い丘の上に立って、雄也は手の中の機械を無造作にポケットへとしまう。

「……ぽくじん」

 呼ぶと、どこからともなく彼の手による木工作品が自らの足で丘を登り『呼びましたカ』と応じた。雄也はぽくじんの目の高さにまで背を屈め、その黒い穴が開いているだけの目を見つめる。

「今夜、ガルンの彗星が近くまで来るそうだ」

 雄也の言葉にぽくじんは黙って少しだけ首を動かした。

『感傷ですカ』

「何も被害がなければいいと思っている。いや」

 雄也はふるりと一度首を振り、その青灰色の目を険しく細めながらぽくじんへと告げる。

「何かあれば俺が守る」

『ユール』

 ぽくじんが溜め息のような声を出し、雄也は彼から目を逸らして立ち上がりながらふと空を仰ぐ。幸い、時間はまだたっぷりとありそうだった。


   *   *   *


 りーんりん、りんりりん

 涼しげな音色が風に吹かれて夜の縁側に夏の風情をもたらしている。昨日まではなかったはずのそれは不思議な金属光沢を持つガラス製で、透明な外見と透明な音色の両方を併せ持っていた。安物ではなさそうだな、と一般庶民である修威の感覚がついつい値段の方へと興味を引かれてしまう。

「ニュースでは夜の8時ごろがピークっていっていたから、もうちょっとだね」

 梶野がそう言いながら修威のいる縁側にやってきて、何やらいい香りのする線香を座敷と縁側の間に置く。何ですかと尋ねると虫除けのお香だと返ってきた。

「七山先輩の家って、なんか思っていたより和風っすね」

「そうかな。まあ、古い家だから結構昔の造りとか、習慣も残っているのかも」

「ですよね。うちは基本お盆に墓参りとかもしないし」

「そうなんだ?」

「そうなんすよ」

 梶野は不規則な灰色のボーダー柄の入った襟付きのシャツと薄手のパンツという、軽装ながらもそのまま街に出られそうな格好で修威の隣に腰を下ろす。修威は最早寝間着と区別のないオレンジ色のTシャツとオリーブグリーンの短パンで板張りの床の上に胡坐をかいている。肌を出していると虫に刺されるよ、と梶野が言う。修威は彼の気遣いには特に反応せず、代わりに全く別のことを口に出した。

「七山先輩の家族の人、今日は帰ってこないんですか」

 梶野の両親と明生は墓参りに行くと言って出掛けたまま、すっかり日が落ちた今になってもまだ帰る気配がない。梶野も特にそれを心配している様子はなく、予定通りらしいことは修威にも何となく分かっていた。案の定梶野はこくりと頷きながら答える。

「毎年ね。お墓参りの後は明生さんがすごく疲れちゃうから、近くの温泉宿に一泊して帰るっていうのが恒例になっているんだ」

「へー……温泉っすか」

「しゅいちゃんも行きたかった?」

「温泉は割と好きっすよ。別に今行かなくたっていいけど」

 で、と修威は再び梶野に質問をする。

歳沖(としおき)部長はいつまで散歩してんですか。全然帰ってこないけど大丈夫なんすか?」

「雄也もここはもう3回目で、いい加減慣れているからね。好きに歩いているんだと思うよ」

 梶野の返事は早く、やはり特に心配した様子はない。修威はふうんと呟いてそれ以上何も問うことはしなかった。しかし何か腑に落ちない。

「七山先輩」

「あ、しゅいちゃんほら! 流れ星!」

 修威の呼び掛けを遮るように声を上げ、梶野が向こうの山際の空を指差す。修威も思わずつられてそちらに目をやった。紺色をした夜空にしゅっしゅっと二筋の光が短く灯ってすぐに消える。

「おお、ダブル」

「しゅいちゃん、お願いごとはした? 昔から言うじゃない、流れ星が消えるまでの間に願いごとを3回唱えると叶うって」

「それって流星群とかのサービスデーにも有効なんすか?」

「サービスデー?」

「必ず降るって分かってる星に願いごとしたって、そこまでご利益なさそうっていうか」

 そんなことを言う修威の視界でまた2つ、3つと星が降る。流れ星は珍しいからこそ願いをかける対象に選ばれたのだろう。なら、今夜のように星が雨のごとく降る夜ではやはり願いごとをしてもあまり意味がなさそうだ。ましてやこの流星群は軌道を描く彗星の通過によってもたらされるものなのだから。

 しかしそうはいうものの星そのものはとても綺麗だ。街のようにビルの明かりが邪魔をしないため、空を彩る小さな煌めきが本当によく見える。いいものだな、と修威は素直にそう思う。

「綺麗っすね」

「でしょ? よかった、喜んでもらえて。じゃあそういうことで今日くらいは僕のことを梶野お兄様と」

「分かりました、梶野の兄貴」

「全然分かってない!」

 意味は同じでしょうと修威が言うと、僕が求めているのは言葉の意味じゃないんだよと梶野が返す。

「お兄様と兄貴じゃ意味は同じでも込められているものが違いすぎるし、むしろ志を同じくする義兄弟みたいな雰囲気になっちゃう」

「特に志が同じだったりもしないですけど」

「そうだね、なおさら意味がないよね」

「そうっすね」

 がくり。身体中の力という力が全て抜けきったような勢いで肩を落とした梶野の隣に座りながら、修威は夏の夜空にそれを見た。

 銀の雨のような無数の流星の中、一際大きな輝きが青く空を照らす。次の瞬間、辺りがまるで昼のように明るくなった。「修威ちゃん」と梶野が呼ぶ声が聞こえ、修威はすぐさま「大丈夫です」と答える。何が大丈夫なのかはまったく分からないが、回らない脳が口に出させた言葉はただそれだけだったのだ。

 尾を引いて落ちるそれはやはり流れ星と同じものなのだろう。青白く眩しく光り輝いて、この星を包み込む大気と擦れ合って燃え果てていく。おそらくは彗星の大きな欠片なのだろう。隕石の落下はここ10年でもう珍しいものではなくなった。

 ただ、今まさに山へと落ちていく青い星の欠片はどういうわけか修威の胸をざわめかせる。正体の知れない感情が腹の中で渦を巻く。ずきり、と頭の奥が痛む。動悸がして、目の前がうっすらと暗くかげっていく。知らず、修威はぎゅっと両の手を握り締める。

「修威ちゃん」

 そっと梶野が修威の腕に触れた。修威は隕石から目を逸らすことができないまま、彼のひんやりとした手を感じる。ぎぎっ、と何かが軋む音がした。修威の頭上、少しだけ横に離れた場所に吊るされていた風鈴が小刻みに震え、風に揺られるときとは異なる音色を鳴らす。

 ちゃき、ちっ、ぎゃっぎゃりぎゃり!

「修威ちゃん!」

 梶野の手が修威の手を強く掴んだ。次の瞬間、軋んでいた風鈴が自ら砕け、粉々になったガラスの欠片が弾け飛ぶ。梶野は咄嗟に修威を庇い、修威はそれでもなお落ちていく星を見続ける。

「っ……今なら使えるのか。だったら……頼むよ雄也……!」

 修威の身体を支えるようにしながら梶野が呟いたそのとき、またも目の前の景色が大きく変わった。七山の家と山との間にある小高い丘の辺りから何か大きな影が音もなく広がり、青い光に照らされていた遠くの山に向けて飛び立つ。それはまるで翼を広げた巨大な鳥、あるいはおとぎ話の竜のような形をしていた。竜の影はめいっぱいに広げた翼で光を遮る。青い光が薄らぐと同時に修威はふと我に返った。

「えっ……何すか今の」

「……しゅいちゃん」

 梶野が少しだけ安心したように修威を呼んだ。それから少しして辺りは何事もなかったかのように静かになる。空にはまだ星が降り続いていたが、あの恐ろしいほどの強く青い光はもうどこにもない。砕けた風鈴だけが夜の静寂に不安の跡を残している。

「彗星が、落っこちた?」

 修威が呟くと梶野は「さすがにそれは」と首を振る。

「とても大きな欠片が落ちたんだと思うよ……3年前もそうだった」

「へえ……。すごい光でしたね、なんだか身体の中がおかしくなりそうだった」

「……あれだけのものを見たら、魅入られるのも無理はないよね」

 そう言って微笑みながら、梶野の視線は砕けた風鈴へと向けられている。ガラスはあまり遠くまで飛び散ってはいない。何故なら、それはまるで自らぎゅっと縮むようにして割れたからだ。急激に収縮したガラスは内側に溜まった圧力に耐え切れずに砕けて壊れてしまった。

「……まあ、いいか……」

 梶野がぽつりと言った、そのときを見計らったかのように彼のポケットから電子音が響く。電話だ、と言って梶野はポケットから取り出したスマートフォンを耳に当てた。

「はいもしもし。ああ、うん。こっちはまあ、大丈夫。ん? うん、平気。そっちは? ……そう。じゃあ気を付けて」

 気軽な調子で言葉を交わす相手は誰だろうか。修威には電話の向こうの声までは聞こえない。

「あ、ちょっと待って。……雄也、ありがとう」

 梶野はそう言って電話を切る。そしてスマートフォンをポケットにしまいながら修威の方を見て小さく笑った。

「雄也から。これから帰るって」

「……そっすか」

 やはり何か腑に落ちなかったが、修威は何も聞かないことにして再び夜空を流れる星々を眺める。銀の雨はもう、初めに見たときほど美しいものとは思えなかった。

執筆日2015/07/26

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