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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第34話 流星雨のルール
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1

 目覚めは甘ったるいお菓子を口に放り込む夢だった。まるで雪のようなふうわりと白いそれを指ですくって口に運んだら、頭の上からたしなめる声がした。名前を呼ばれて我に返る。

 ああ、これはきっと違う声だ。

「あ、起きた? おはよう、修威(しゅうい)ちゃん。いやぁ、豪快な寝相だねぇ」

「……うお、はようございま……」

 夏布団を蹴飛ばして畳の上に転がりながら寝ていた修威は何ともいえない気分で半身を起こす。修威を起こしにきてくれた梶野の母親は息子と似ていない顔で楽しそうに笑った。悪くない朝だった。


 梶野の両親と明生(あきお)が墓参りに行くと言って家を出たため、修威は梶野、雄也と共に家の中で留守番をすることにする。そうはいうものの特にすることはなく、夏休みの課題として出された問題集などは一式まとめて寮の部屋に置いてきたので勉強をする必要もない。いや、それは単に修威がわざとそうしただけのことなのだが。「きっと退屈すると思うから課題を持ってくるといいよ、教えてあげる」と梶野から事前に言われてはいたのだが、修威は生返事をしただけでその厚意をさらりと流した。確かに梶野や雄也に頼めば1人では手のかかる課題も丁寧に教えてもらえるに違いない。そう思える程度には修威も彼らを信用している。しかしだからといってわざわざ他人の家に面倒なものを持ち込む気にもなれなかった。課題などできなければそれでも構わない。修威にとってはその程度のことなのである。

 七山家のリビングでは大きめのテレビが朝のニュース番組を流していた。休日にも関わらずやや緊張感のあるアナウンサーの声に修威がふと画面を見ると、真っ黒な背景に何か小さく光る点のようなものが映し出されている。画面の下には“観測衛星が捉えた彗星の映像”とテロップが表示されていた。

「彗星の軌道が少しずれているみたいなんだって」

 梶野の声に振り返ると、廊下からリビングへと繋がるドアを開けて彼が今まさに部屋に入ってくるところだった。そうなんすか、と応じた修威に彼は「アイス食べる?」とキッチンの方を指差す。今はいいです、と答えると彼は「そう」と頷いて自分はキッチンへ行き、棒状のアイスを2本持って戻ってきた。

「今日は流星群が見られる日だよ。この彗星が3年に一度、この星に近付くんだ。そのときに彗星の塵がたくさんこっちに引っ張られて落ちてくる」

 梶野は修威が聞いてもいないことを喋り、所望してもいないアイスを差し出してくる。少し酸味の強い苺味のそれを受け取り、修威は礼の言葉を告げるために開けた口の中にそのままアイスを突っ込んだ。それから2人は特に示し合せるでもなくテレビの前のソファに腰を下ろす。

「しゅいちゃんは、苺より柑橘系の方がよかった?」

「え? いや、別に。どっちも好きっすよ」

「そう、よかった」

 梶野は白いアイスをかじりながらホッとしたように微笑む。修威は口の中で生まれた冷たさが徐々に耳の方まで広がっていくのを感じながらテレビの方へと視線を戻した。

 3年に一度の周期でやってくるというガルン流星群を少しでもいい条件で観測しようと各地の山や高原、天体望遠鏡のある施設に集まっている人々が画面の中で高揚した顔を見せている。流れ星ねぇ、と呟いて修威はまだ日が昇って数時間しか経っていない青空を見やった。10年程前から隕石の落下が頻繁に起こるようになったためか、人々の宇宙や天体に関する興味は昔より大きくなっているらしい。テレビでは月に一度程度の割合で特集を組んでいるし、同じく10年前から一般的になった魔法との抱き合わせで色々な学者が持論をぶつけ合う番組なども多くなっている。

「しゅいちゃんはさ、どう思う?」

「何がですか」

「宇宙人……異星人とかっていると思う?」

 修威は棒の根元近くに残っているアイスが溶けきる前にそれを口の中に収め、冷たさをなだめながら甘い液体を喉に流し込み、さらに頬の内側に残る甘みを舌で丹念に拭い取ってから答える。

「いるんじゃないですか」

 修威の答えに梶野は少しだけ驚きを顔に出した。

 異星人の存在についてはそれこそ大昔から様々な説が唱えられてきており、現在も議論に決着がつく見通しはない。宇宙にはこの星にとっての太陽系のような恒星系がいくつもあり、であれば太陽にとってのこの星のような惑星、つまり知的生命体が存在する世界がある可能性は高いともいわれる。しかし異星人との接触を示す確たる証拠がどこにもないために誰もそれを否定も肯定もできないのだ。

 当然、修威も異星人に会ったことがあるわけではない。ただその可能性があるなら、いると考えておこうかな、というくらいである。

「いてもいなくても分からないなら、いるでいいかなって」

「そういう考えね。そうだね、そうやってお互い無関心で不干渉であるなら、それで何も問題ないよね」

 ふっ、とどこか面白そうに梶野は微笑む。いつもはもう少し取り澄ました表情をしているように思える彼にしては珍しく少年のような横顔だった。修威はそれを横目にテレビから流れる天気予報を聞く。今夜はどうやら雲一つない快晴で、流星群の観測に最適の天気になるらしい。

 ぴりりりっ、ぴりりっ。短い電子音が鳴り、梶野が「ん」と小さく声を上げながら自身のズボンのポケットを探る。中から取り出したスマートフォンを確かめて彼は「先生」と呟いた。修威はちらりと梶野を見やる。

「先生?」

「うん、たけ先生からメール……何だろう?」

 そう言いながら梶野はスマートフォンの画面に指を滑らせる。カードを扱うときはとても流麗な指捌きを見せる彼だが、どういうわけかその手の中の小さな電子機器に対してはそっと様子を窺うような慎重さをもって触れている。主に右手の人差し指だけがそろりそろりと動いている。さてはこの先輩は電子機器の操作が苦手なのではないだろうかと、修威は彼の指先だけを眺めながらそんなことを思った。

 梶野はしばらくスマートフォンの画面に視線を落としていたが、やがて「ん……」と小さな溜め息をつく。それからもう一度スマートフォンを操作し、今度はそれを耳に当てた。

「……ああ、雄也。起きてた? 今どこにいるの。……散歩って、こんな朝早くから……いや、いいんだ。武野澤(たけのさわ)先生が部長にって連絡メールを送ってきたから、そっちに転送しておくね」

 それじゃ、と梶野は短い通話を終えて電話を切った。そして修威の方を向いて「電話を入れておかないと雄也はたまにメールに気付かないから」と尋ねてもいない電話の理由を口にする。修威は「はあ」と生返事だけをして頷いた。

 会話が途切れる。そもそも修威は人と長く会話を続けることが得意ではない。真奈貴(まなき)のように毎日顔を合わせている友人が相手でも、話の種が尽きれば互いに沈黙のまま時間を過ごすこともある。それができるからこそ真奈貴とはよい友人関係を築くことができているのかもしれない。くす、と梶野が笑う。

「しゅいちゃん」

「……なんすか」

「いつの間にか、僕がしゅいちゃんって呼んでも嫌がらなくなったね」

 梶野の目が細められ、妙に楽しそうにその口角が上がる。言われてみれば確かにそう呼ばれることに慣れてしまっていた。修威は何やら不覚を取ったような、しかしそもそも大して重要な問題でないと自分自身に言い訳をしたくなるような奇妙な気分に陥る。ちなみに同じく愛称に反発していた舟雪は頻度こそ少なくなったものの未だに「ワンコって呼ぶんじゃねぇ」を繰り返している。往生際が悪い、と修威は内心で思い浮かべた舟雪に対して意味もなく辛辣な評価を下した。一方、梶野はそんな修威の横顔を何やら楽しそうに眺め続けている。

「今夜はしゅいちゃんと一緒に流星群を見られるね。楽しみだなあ」

「あんまり遅いと俺多分寝ますよ」

「しゅいちゃんつれない」

 口先を尖らせながら、それでもやけに嬉しそうに梶野は言うのだった。

執筆日2015/07/26

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