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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第3話 寄り道のルール
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2

“内部変数を一時的に変化させる魔法について”

 ページの文頭に書かれたタイトルが修威の目に留まる。課外授業を受けるにあたって、高校では魔法の理論についても基礎的な授業が行われていた。さすがの修威も実技にかかわることであるからと頑張って寝ずに聞いていた。ただしその努力が功を奏したのは最初の20分だけだったが。

 世の中にあるすべてのものには数字や記号で表すことのできる値がある。鉛筆の芯の硬さやカードの強度もそうだ。そして勿論、鉛筆の長さや太さも計測して数値化することのできるものである。魔法理論において、それらは“物体固有の内部変数”と定義されている。本来であれば外力を加えでもしない限り変わらないはずのそれを、魔法を使って変えることは不可能ではない。

 梶野のサイコロを使った魔法というのもどうやらそのカテゴリに含まれるらしい。変動させる数値をサイコロを振って出た目で定義するのだろうか。修威には詳しいことは分からないのだが、結果としてただのプラスチック製のカードが木製の巨人を切り裂く強度を得ていることは確かだ。

 そのように物体固有の内部変数を変化させる魔法はそもそも比較的珍しいのだと、今修威が手に取っている本に書かれている。そしてその中でも実測値、つまり物の見かけの大きさや重さを変化させる魔法というものはほとんど確認されていないのだという。これには修威も少々驚いた。

「なんで珍しいんだ。一寸法師の打ち出の小槌とか昔話でも出てくるようなありふれたものだろ。ってか昔話のあれも実は魔法なんだろ」

 どういうわけか、改めて珍しいと言われると焦るものである。他人と同じであることがいいことだとは思わないし、修威としては多少珍しいくらいがちょうど気持ちのいい居場所だ。しかしほとんどないというほどの珍しさはむしろどこか恐ろしいので御免こうむりたいという心理も働く。この辺りは実に加減が難しい。修威が早口の独り言を呟きながらページをめくっていると、その背後から突然ぬっと差し出される手があった。

「ふぎゃっ!?」

「お客さん、商品なんであんまり乱暴に扱わないでもらえます」

 そう言うと声の主は修威の手からひょいと本を取り上げて元あった棚に戻してしまう。修威はむうと唸りながら店員らしき声の主を振り返った。そしてぎょっとした。

 声の主は修威とそう変わらない年頃の少年で、予想通り店のロゴがプリントされた青いエプロンを身に着けた店員である。しかし予想外だったのがその髪だ。思い切り色を抜いたと思われる灰色の髪がまとまりなくふわふわと店内の空調の風に揺れている。前髪の下から覗く目は客に対するそれとは思えない程に暗く鋭く、また髪の隙間にちらちらと見える耳には複数の銀色のピアスが光っていた。

 なんとまあ分かりやすい不良らしさだろうか。しかも修威の感覚ではふた昔程前の不良である。目立ちたいのか外れたいのかよく分からない若者がファッションとして髪の色を奇抜にしてみたり耳に穴をいくつも開けてみたりという妙な流行に乗ってそれらしい体を形作ってみました、という様相だ。ただし大型書店でアルバイトをしている不良というのも珍しいといえば珍しい。

 灰色の髪をした店員は修威の手から本を奪った後、近くの棚の空いたスペースに棚の下の引き出しから取り出した在庫を補充する作業へと移っている。修威はしばらくの間見るともなしにその灰色を見ていた。

「あ、ワンコインハゲ」

「お客さん、バイトの頭じろじろ見てんじゃねぇよ本買わないならとっとと帰ってください帰れ!」

「そんなに怒鳴ることもないだろ。別にハゲくらいいいじゃんか」

「オレは気にしてんだよ、つうかいきなりそれだけ呟くなびっくりするだろ!」

 まくし立てる灰色に、修威はどうどうと手の平を向ける。

「まぁ落ち着け。大丈夫だ人は誰でも弱みを持っているもんだ」

「分かった風な口きくな!」

「いや、俺も結構びっくりしてるからテンションが変になってんだよ。だってお前いきなり怒鳴るか普通? ワンコインハゲ」

「なんで繰り返すんだよ!」

 いつしか涙目になっている灰色を見ながら修威は彼に対する考えを改める。どうやらこの灰色、不良というにはあまりにも普通だ。反応が修威と大差なく、恐らく見た目から受ける印象ほどに凶悪な人間ではないらしい。そうなると修威もさほど彼に対して身構えなくなる。

「悪かったって。けどいきなり人の見ている本を取るなよ、乱暴だな」

「あんたの扱いの方が乱暴だったろうが」

「いやまぁ、あれはちょっと焦って。ていうか気になるからその本買おうかなーと思っていたりすんだけど駄目ですか店員さん」

「買うのかよ」

「悪いかよワンコ」

「略してんじゃねぇよ!!」

「インザハゲ」

「ザって何だよ!!」

 面白い、と修威はこらえきれずに吹き出した。灰色の少年はそんな修威を前にしてぶるぶると肩を震わせている。当たり前だがあちらは決して笑っているわけではない。

「お客さんコラ、買うならとっとと買ってオレの目の前から消えろマジで」

「いや、今日はやめとく。ていうか買いにくいよこの状況」

「誰のせいだよ!」

「お互い様じゃねぇの?」

 からからと笑う修威に灰色の少年は爆発寸前である。これはさすがにまずかろうと判断し、修威はさっさとその場から退却した。課外授業の木人相手にならば突撃玉砕もやむなしだが、街の書店で喧嘩をするほど修威も元気ではない。そのような元気はいらない。

 そうしてすたこらと書店から逃げ出し、修威は近くのバス停からバスに乗って学生寮へと帰ったのだった。


「何だったんだあの学生」

 アルバイトを終え、灰色の髪の少年はエプロンを畳んでロッカーにしまうと他の店員に挨拶をして店を出る。そしてふと思いついたように自分の頭に手をやり、そこにある小さなハゲの位置を確かめる。

「……くそっ」

 隠しきれない五百円玉大のハゲが今日も彼を悩ませているのである。


「修威ちゃん、それは失礼だよ」

 そして修威は寮に帰って真奈貴から説教を受けていた。軽い気持ちで書店での出来事を話したところ、思った以上に真剣に怒られたのである。むう、と唸る修威には今一つ真奈貴の指摘が理解できていない。

「別に馬鹿にするつもりで言ったわけじゃないよ。ただ最初は見付けたからつい言っちゃっただけでさ」

「それは修威ちゃんの悪い癖」

「そうなのかなぁ」

「そうだよ」

 はあ、と真奈貴は呆れたように溜め息をつく。修威はむーっと大きく唸ってソファの背もたれから後ろへと首を逸らした。

 ここは学生寮の1階にある共用ホールで、ゆったりとしたソファと誰でも勝手に読むことのできる新聞や少しの雑誌、寄付された古い本や辞書などが置かれているくつろぎとおしゃべりの空間である。また、このホールと奥の食堂だけが学生寮で男子生徒と女子生徒の両方が利用できる場所となっている。それぞれの個室のある棟は異性の立ち入りが禁じられている。

「気にするこたぁないと思うんだけどねぇ、ハゲくらい」

 修威がぼそりと呟いたそのとき、何か重いものが落ちるどさりという音がした。びくりとして飛び上がった修威が振り返るとそこにはどこかで見た覚えのある特徴的な灰色の髪をした少年が、足元に雑誌の入った手提げ袋を落としてわなわなと震えている。

「あれ? お前本屋のワ」

「それ以上言ったらマジで殴る!」

 がうっ、と犬のように吠えた少年を見て修威は「やっぱりこいつのことはワンコって呼ぼう」と密かに決意したのだった。

執筆日2014/11/09

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