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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第30話 硝子の靴のルール
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「それにしても、この山で高校生の合宿をしようとは、また大変なことを考えたものです」

 山小屋の裏手に出した椅子に腰掛けてヤマヒロが穏やかに笑いながら言う。彼の向かいに座ってチーズをかじっていたジョージが「そうですか?」と片眉を上げた。

「生きるための技能を鍛えるにはぴったりだと思いますが、ねぇ」

 ジョージは缶ビールを片手にそう言い、ヤマヒロが今度は明らかに苦笑しながら自分の水筒から水を飲む。

「ああ、やっぱり山の水は美味い」

「よければご相伴に与りたいところですな」

「山を下りたいのならばおすすめはいたしませんよ。それとも、平気なくちでございましょうか」

「さあ」

 にやり。ジョージは歪めた口元についていた泡を軽く舌で舐め取ると、またチーズをつまむ。

武野澤(たけのさわ)先生は本気だ。本気で、教え子達に魔法を使ってこの世を生き抜く術を身につけさせようとしているんでしょう。だからわざわざこの山を、この山の魔法区域を合宿場所として選んだ。無論あなたとのご縁があったからというのも大きな理由なのでしょうが」

「……たけっちゃんは今も毎年山に来てくれますからな」

 ヤマヒロは再び水を口に含むと、それをこくりと飲み下す。流れた透明な液体が彼の日に焼けた肌を透かして喉に落ちていく。ジョージは缶ビールをくいと飲み干し、青い目を閉じる。

「俺もね、願っているんですよ。あの子達が魔法を自分達の人生にどうにかうまく役立てていってほしいってね。人生つまずいたときにちょっとばかりの助けになるような技能として身につけてくれれば、それで俺は本望なんですよ」

「それは私も是非そうあってほしいと願いたい」

 ヤマヒロが青い空を仰ぐ。ジョージがその空と同じ色をした瞳でヤマヒロを見ると、ヤマヒロは少しだけ寂しそうに微笑んだ。


  *  *  *


 噴石が次々と降り注ぐ。修威(しゅうい)は頭上に見える黒い石を睨み、それを小石程度の大きさにまで縮める。これなら当たったところで少々の怪我で済むだろう。しかし噴石の数は多く、とても全てを魔法で小さくできるものではない。

明園(あけぞの)、オレが逸らしきれなかったやつだけ縮めてくれ!」

「おお、それならまだ何とかなるか。じゃー頼んだぞワンコ!」

「ああもうこの際今はワンコでも何でもいいから頑張れよ!?」

 舟雪(ふなゆき)がそう叫びながらゲーム機を操作する。いいのかよ、と修威はこっそり呟いて苦笑した。頭上にかざした手に力を込める。噴石は未だに降り続いているが、その数は舟雪がゲームによって軌道を逸らしたために大分減った。これなら修威の魔法で何とか被害を防ぐことができるだろう。

「すごいわ、2人共」

 噴石に対処する修威達を黙って見ていた寧子(ねいこ)が不意にそう場違いなほどに明るい感嘆の声をあげた。そして彼女は片手を頬に当て、困ったように首を傾げる。

「すごいけれど、いつまでもこうしていたらただ疲れてしまうだけね。これが本当の噴火でなく魔法区域が見せている幻なら、きっとそれを破る方がいいわ」

「そりゃそうっすけど、どうやって? 俺らこっちで手一杯です」

 修威が正直に言うと、横で舟雪も無言のまま頷く。寧子は「そうね」とさらりとした調子で言い、それからじゃあと何でもないことのように提案する。

「あたしが見てくるわ。ええと、戻るまでは何とか2人で頑張ってね」

「え、ちょ、雛摘(ひなづみ)先輩?」

「じゃあ、気を付けてね」

「それは先輩の方……」

 呆気に取られる修威達を置いて寧子は未だに石が襲い来る登山道へと駆け出していく。かと思えば次の瞬間には驚くべき身のこなしで地面を蹴り、森の中へと消えていった。後には彼女の赤みがかった髪と赤いハイヒールブーツが残した残像らしき赤がわずかに見えるのみである。

「やっぱりあれ、魔法なんじゃねぇの……?」

 とても人間の動きとは思えなかった。一流の体操選手ですら、この土と草に覆われた地面の上であのような跳躍を演じることはできないだろう。もしくは遥か昔のこの国にいたとかいないとか言われる忍者という人々ならばあのような人間離れした動きもできるものなのかもしれないが、それもこの時代には魔法とさして変わらないか、魔法よりずっと現実味の薄い半ば空想のものに過ぎない。修威は考えることを諦めた。

「んー、まあいいや」

「おい明園! 何ぼーっとしてんだ、まだ石は降ってきてんだぞ!」

 舟雪が怒鳴り、修威は分かってるよと溜め息混じりに魔法を使う。

「ワンコ、そんな焦んなよ。とりあえず石だって無限じゃねぇだろ」

「そりゃあそうかも知れねぇけど、こっちの魔法だって無限ってわけにはいかねぇだろ。集中切らしたら終わりだ」

「ゲーマーならそこんとこは得意なんじゃねぇの? 集中」

「ゲームと一緒にすんな」

 舟雪の声が一段低くなり、修威はん? と首を傾げる。その修威の目の前に大きな噴石がひとつ、目にも留まらない速さで落下した。寸でのところでそれを避けた修威はうおおうと慄きを声に出す。その様子を横目で見ていた舟雪が低く押し殺した声で言う。

「ゲームじゃねぇ。直撃したらマジで死ぬ」

「縁起でもねぇこと言うなよ……。魔法は生きるための技能、ってか」

「その通りだろ」

 眉をひそめ、空の石を睨み、舟雪はゲーム機のボタンを素早く操作していく。修威はそんな舟雪を小さく睨むように見ながら「ふっへっ」と笑いとも溜め息とも取れない息を吐き出す。

「洒落になんないなぁ。どうせならお前のハゲを何とかしてくれる魔法だったらよかったのにな」

「魔法はそういうもんじゃねぇ、って前に言ったのはあんただろ」

 そうだっけか、と修威は舟雪の言葉に曖昧な答えを返す。言ったような、言っていないような、記憶はとてもぼんやりとしていて確かなことは何も思い出せない。

「生きるため、生きるため……か。なーんか重たいねぇ」

 苦笑と共に魔法を使う。修威の魔法はただものを大きくしたり小さくしたりするだけのものだ。あまり複雑なものを対象にすることはできず、修威自身の反応が遅れればこの噴石さえ避けきれないだろう。生きるための技能というにはどうにも心許ない。

 舟雪がいっそ華麗というべき手さばきでゲーム機のボタンを連打する。すると空中で噴石同士が引かれ合って大きな塊となる。次の瞬間、塊となった噴石は蒸発するようにその場から掻き消えた。彼の魔法はゲームの中の事象を現実のものに置き換えることができる。彼にかかれば噴石も落ちものパズルゲームのブロックと同じだ。ゲームのルールに則ればそれはいとも簡単に軌道を変え、消え失せる。

 濃い灰色の雲を透かして遠くに青い空が見えた気がした。学校の課外授業とは異なる場で魔法を使うことに今更ながら違和感を覚える。修威の耳の奥が痛む。

「これが本当に本物の火山の噴火だったら、俺ら、どうなるんだろうな」

 2年前の噴火当時、ここはまだ魔法区域ではなかったはずだ。魔法はあっても使えないのであれば意味がない。余計なこと考えるなよ、と舟雪が言う。

「明園、あんたたまに現実じゃねぇもんを見てねぇか? 今、目の前に、やばいもんが降って来てるんだ。それを何とかすることに意識を向けろ。じゃねぇとまた怪我するぞ」

「……んん」

 現実ねぇ、と修威は頭の中で舟雪の言葉を繰り返す。これは果たして現実といっていいものなのだろうか。今あるこの景色が魔法区域によって見せられている過去の幻なら、それは修威達にとってどのような現実なのだろう。

「なんか、よく分からなくなってきた」

 ふにゃり、と修威の表情が崩れる。物体の大きさや重さそのものを変化させる魔法はかなり珍しいものらしいが、修威自身もきっとその魔法を持て余しているのだろう。鉛筆や竹串を大きくして振り回すことくらいしか思いつかないのだ。生きるための技能などと言われてもぴんとこない。

「俺の魔法って、何の意味があるんだろうな」

 舟雪に聞こえないようにそう呟いた修威の頭上に一際大きな噴石が迫る。修威は石を睨み、小さくなれと念じた。しかし、石は大きさを変えることなく。

「……え?」

 見る間に近付いてくる噴石を目にして、寝惚けていたような修威の思考が一気に覚醒した。

執筆日2015/05/20

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