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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第29話 魔法区域のルール
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2

 結果からいえば、その獣は寧子が連続した蹴りを叩き込んで一瞬のうちに仕留めてしまった。あまりにも呆気ない幕切れに修威は持て余した竹串槍を頭上でぐるりと回す。危ねぇな、と言いながら舟雪がゲーム画面で辺りに他の獣がいないことを確認した。寧子は少しばかりつまらなそうに笑顔で口先を尖らせる。

「仕掛けがワンちゃんだけだったら、あたし張り合いがないわ」

「雛摘先輩が強すぎるだけじゃないんすか。てか、その蹴りの威力は魔法なんすか?」

何の気なしに問い掛けた修威に対して寧子は「あら」と少し驚いたような反応を示す。

「ただ蹴っているだけよ、魔法じゃないわ」

「えっ」

「あたしの魔法はここでは意味がないから使っていないわ。だってそうでしょう? ここにいる子達はみんなあたしの正体を知っているんだもの。フェリシア・ルビィの出番はないの」

 寧子は学校の平和を守る変身ヒロイン、フェリシア・ルビィである。本人がそう自称しているだけだが彼女の行動は確かに修威達を救ってくれた。服装こそアニメの中から出てきたようで冗談じみているものの、寧子はあくまで真剣なのだろう。

「あたしの魔法は戦うためにあるのではないのよ」

 そう言って寧子は刺激的な赤色をしたハイヒールブーツを見せびらかすかのようにその場でくるりと回ってみせる。短いスカートの裾が軽々と翻り、しかし少女はそれを気にするそぶりもみせない。ただ楽しそうに笑って、天真爛漫そのものの表情で再び山道を駆けていく。

「なんか、不思議な人だな」

 舟雪が言って、修威もただ頷く。そして2人は寧子に置いていかれまいと急いで山道を進まなければならないのだった。

 ところがいくらも歩かないうちに今度は何本もの倒木が行く手を塞いでいた。さすがの寧子も困った様子で頬に手を当て、首を傾げる。倒木はちょうど登山道に対して直角に、そして飛び越えることのできない程度の高さで積み重なっている。自然にそうなったとは考えにくい状況に舟雪が溜め息をつく。

「これは絶対先生達の仕業だな」

「ワンコ、お前の力でどかせられるか?」

「腕力で? 無理」

「貧弱な……」

「あんたは直径50センチメートルはありそうなでかい木を腕力でどうにかできる男をお求めですか。いねぇよそんな奴」

「むう」

 舟雪の言うことは分かっている。修威も初めから期待はしていない。

「どうしたもんかねぇ」

 そう言って修威はふひっと口元から笑い声を漏らす。どうするもこうするも、この手の障害物に関しては修威の魔法が最も有効ではないか。舟雪もその気になればゲーム機を使って倒木を移動させられるのだろう。しかしそのためにソフトを起動し、倒木の位置や大きさをゲームに読み込ませるのは少々手間がかかりそうだ。であれば修威が手を下せばいい。

「そういや、できそうでやったことなかったかもなぁ、この手の使い方」

「……明園?」

「こんなもん、ちっさくしちまえばただの小枝だろ?」

 ひっひっ。修威は笑みと共に軽く倒木を指先で弾く。ただそれだけの動作で太い幹を持つ木はまるで小枝のように細く短くなり、その場にぱらぱらと散らばった。寧子の足が落ちた小枝をぱきりと踏み折る。

「随分簡単なものね」

「バリケードなんざ所詮この程度っすよ」

「頼もしいわ、しゅーいくん」

 じゃんけんで決まったこの組み合わせだが、意外と相性はいいようだ。周辺の索敵には舟雪が適任だし、物理攻撃なら寧子に任せればいい。そして障害物があればよほど面倒な物でない限りは修威がなんとでもできる。山を下りればそうはいかないと分かっていても、修威はどこか浮足立つ心を抑えきれない。自分にできることが増えたような錯覚に囚われる。それがたとえ魔法区域の中だけの能力であったとしても、自分の手が道を切り拓く快感に少しだけ酔いたくなるのだ。

「四六時中魔法が使えるってなったら、人生観変わりそうだなー」

 山道を歩きながら修威はぽつりとそう呟く。レーネ大和瀬(やまとぜ)高等学校に入学するまで、魔法とは一握りの許された者だけに与えられた特権であるように感じていた。高校に入り課外授業に参加するようになって、修威自身もその“許された者”の1人になった。しかしそれもチャイムが鳴れば終わる、ほんの一時の魔法に過ぎなかった。街で魔法が使えたのもほんの束の間のことだ。そしてこの山もまた同じである。山を下りて魔法区域を一歩出れば修威は自分の歩く道を塞ぐ何かを除ける術など持たない非力な学生にすぎない。

 修威はふと考える。10年前に魔法が使えるようになって、確かにこの国は随分と大きく変わったのだろう。しかし本当に大きな変化が訪れるのだとすれば、それはきっと“四六時中どこでも魔法が使える”ようになったときなのだ。課外授業やその他の制約で魔法を縛られている限り、人は魔法を使うことのできない生活に根差して生きていくことになるのだろう。魔法はあくまで特別な場合のみに使うことのできるもので、人生の全てを助けてくれるわけではない。

“その先に何があるのか”

 ふと脳裏に蘇る声があった。魔法を学んだ先に何があるのか、問い掛けたのは確か梶野だ。授業で教えている魔法、課外授業で学んでいるそれがサバイバルじみているのは、魔法が生きるための技能であるから。そう教えてくれたのは真奈貴だった。

 青かった空がにわかに暗い灰色へと変わる。たとえばいつか修威達の身に大きな災害か何かが降りかかってきたとき、魔法はその中で修威達が生き延びるための役に立つのだろうか。そのような不安な可能性のために、魔法は“生きるための技能”と定義づけられたのだろうか。それならまだ観測に基づく災害予知の方が現実的だろうに。

「明園、何か聞こえねぇか?」

 不意に舟雪がそう言って立ち止まった。ぼんやりと歩いていた修威も気付いて立ち止まる。寧子も笑顔ながら不思議そうに首を傾げて足を止めた。視界が急速に暗さを増す。

「……また、か?」

 修威の耳にも遠い雷のような音が届いている。嗅いだことのない匂いの混じった風が山の上の方から吹いてきて、その風はどこか生ぬるい。昨日この山に来て初めて山守のヤマヒロと出会ったあのときとよく似ている。そしてあれも教師によるひとつのテストだったのだ。

 そのうちに遠かった音が轟音となって迫ってくる。ハッと顔を上げた寧子が修威達に向かって叫ぶ。

「木の下に。なるべく葉っぱの茂った木の下に隠れて!」

「へっ?」

 修威が口をぽかんと開けて寧子を見た、まさにそのとき2人の間に猛烈な速度でもって大きな石が落ちてくる。ふああ! と声を上げてその場から飛び退いた修威は地面の凹凸に足を取られて転んだ。そこへ焦った顔の舟雪がすかさず手を伸ばす。

「明園、早く!」

「うっく……なんだこれ、落石……?」

 小石が次々と降ってくる。寧子の指示通りに大きな葉を茂らせた木の下に入ると小石に当たることはない。しかし先程のような大きな石は葉を突き破って修威達の頭上に届く。

「あっ、あっぶね!」

 舟雪がゲーム機のボタンを押し、それに反応するように大きな石がひとつかくんと軌道を変えて修威の足元に落ちた。そのままの勢いで落ちていたならきっと舟雪の頭に当たっていただろうそれを見て修威は背筋を凍らせる。薄く湯気を立てるその石がただの落石などでないことはもう修威にも分かっていた。

「これもこの山の記憶、なのか? それとも今本当に……噴火しているってのか?」

 そう、空から降ってきているのは火山の噴火に伴って噴き上げられた地中の石、つまり噴石だ。勢いよく落下してくるそれに当たれば命の保障はない。

「生きるための技能、ね……ここが魔法区域じゃなけりゃ何にもできないだろうに」

「でもここが魔法区域なのは火山の噴火があったからなのよね。一体どちらが先なのかしら」

 修威のぼやきに答えるように寧子が言う。さあ、と返して修威は竹串槍を手に顔を歪める。

「それは後から先生に聞きゃあいいんじゃねぇっすか」

「あら、まるで勤勉な学生みたいよしゅーいくん」

「っておいあんたら! 来るぞ!」

 舟雪がゲーム機を構えて空を睨む。襲い来る噴石を睨み、修威は竹串槍を振り上げた。

執筆日2015/05/09

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